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【ヴァサラ戦記二次創作】ウキグモ外伝①ー空と雲と夢ー

 サルビアの街で生まれ育ったウキグモには、幼馴染であり、唯一無二ともいえる親友がいた。その名をソラトと言った。
 お互いに裕福といえる暮らしではなかったが、2人はよく遊び、学び、時には喧嘩もすれど、唯一無二の親友ともいえる関係を築いていた。

 「――この試合、ウキグモの勝ちッ!」
ここは街の剣道場。10歳の頃から、ウキグモは剣道場に通い始めた。親に『身を守る術を身につけなさい』と言いつけられたからで、自分から通い始めた訳ではなかった。けど、運動は別に嫌いではなく、好きな部類だ。拒む理由も特に無かった為にそのまま通い始めた。
 しかも、ウキグモには剣の才があったようで、実力を伸ばし、メキメキと頭角を現していた。今も剣道場の先輩から一本取ったところだ。周りの剣道場の生徒たちがワッと驚くような歓声が上がり、あとから拍手喝采の嵐が場内を包んだ。

 「わぁ……。すごいな、ウキグモ」
優しげな丸い青い瞳を輝かせた銀髪の少年がソラト。床に体育座りをしながら、拍手を送っている。
「へへ、今日もやってやったぜ」
拍手を浴びた上、道場内でも腕が良いとと言われていた先輩が俯いて歯噛みをする顔が目に入り、さらに気を良くしながら、ソラトの隣にドカッと座る。
「僕は、そんなに運動が得意じゃないからなあ。この剣道場だって、親が『家の中でガラクタばっかり弄ってないで、少しは体を鍛えてこい』って無理矢理入れさせられたようなもんだし……」
ため息をつき、自嘲気味に笑みを浮かべながら、ソラトは防具の準備を始める。
「ガラクタなんてひでぇな。お前の作るおもちゃ、俺好きなのによ」

 ソラトは、ウキグモとは対照的にインドア派だ。読書をしたり、周りに落ちているガラクタなどを寄せ集めて新しいおもちゃを作ったり、物を直したりなど、物作りが得意だ。チャンバラごっこで使う剣に見立てた木の棒を、本物の剣のように削って加工したり、近所の女の子の壊れたブローチを直してあげたりと、手先が器用だ。特におもちゃは好評で、ソラトの周りには、同年代の子供が多く集う。
「ありがとう。……じゃ、行ってくる」

 子供達の人気者という称号が相応しい、そんな彼の表情は、重く暗いものだった。運動だけはからっきしで、剣道場に入ってからも一度も試合で勝ったことがないからだ。先ほど、ソラト本人が語った通り、運動神経が悪いことと、無理矢理入れさせられたことも合わさった結果なのか、さほど腕前が伸びることはなかった。
 ――そして、今日の試合も同年代の子供にコテンパンにされてしまうのであった。

 そんな日常が繰り返されていたある日の事だった。
「あれ? ソラト来てねぇのか?」
剣道場が始まる時間だというのに、どこを見渡してもソラトの姿は無かった。今日も寺子屋で一緒に授業は受けたので病欠ということは考えにくいが。
「あー、来てないみたいだな」
「じゃ、俺探しに行ってくる」
誰かに何を言われるまでもなく、ウキグモは軽い足取りで探しに出かけた。

 (ついに嫌気でも差したかな)
運動が苦手であることも、剣道場通いに乗り気でないことも知っていた。そして、本人の腕前が思うように上がっていないことも。
 ソラトは自分のことより他人を優先することがある。自分がしたい遊びよりも、友達がしたい遊びをする。いつも笑顔で、文句も言わずに。
 人は彼のことを『優しい』というが、ウキグモに言わせてみれば『お人好し』の一言だ。もちろん、他人を思いやる気持ちは素敵だと思うし、ソラトの取り柄のひとつだ。
 けれど、ウキグモは知っている。時折、ソラトが見せる、少し寂しげな表情を。それを見ると『たまには自分の意見も通せよな』 とウキグモは思うのだ。

 街の外れにある小高い丘にソラトはいた。この場所は、ウキグモとソラトだけの秘密の場所だ。この丘からは遠くにそびえ立つ山々とサルビアの街一帯が望める。空は鮮やかなオレンジ色に染まり、日は西へと傾いていた。
 ソラトは、木を背もたれにしながら、何かを作っている。
「やっぱりここにいた。……お前さ、本当は道場に通いたくねぇんじゃねーの」
ウキグモは、ソラトの隣に胡座をかく。木片を削ってナイフらしき物を作っている。チャンバラで使う物で、怪我をしないように先端を丸くするようにヤスリがけされている。それ以外にも、柄に細かい装飾や紋様が彫られている。大人から見ればただのチャンバラごっこで使用する物にしては、無駄に豪華だ、大袈裟だなどと一蹴されるであろうが、子どもからすれば、装飾一つでも豪華に見え、心做しか気分も高揚し、おとぎ話のような世界を救う勇者にでもなった気分になれる。大事なパーツなのだ。
「……僕は、さ。本当は、こうやって何か作ってる方が好きなんだ」
「ああ、知ってる」
「けど、ガラクタなんか作ってないで身体を鍛えろ、って。親の言い分も、分かる、けどさ……」
 昨今、高まっていく戦争の気運――のような、不安を煽る記事が載った瓦版を大人たちが読んでいるのを見たことがある。ソラトの親も、ウキグモの親も、身近に危険が迫ってくるような時代を予感して、『自分の身は自分で守らなければいけない』という思いの元、剣道場に通わせたのだろう。
……とはいえ、人には得手不得手があるものだ。幸いにもウキグモは剣の才を見出すことが出来たが、ソラトとしては運動が苦手で身を守る術を身につけるのは時間が掛かりそうだ。

 「ウキグモ、お前はいいよな。あっという間に剣の才能伸ばしてさ。僕とは大違いだ」
羨ましげな目線を隣に座るウキグモへ向ける。ウキグモは、よせよと苦笑いを浮かべた。
「お前には、そうやって物作る才能があるじゃねぇか。お前がなんか面白いモン作る度、すげぇなって思うんだ。充分才能だろ、それも」

 ソラトが新しいおもちゃを作る度に、子どもが集まりワイワイとそれで遊び始める。娯楽が少なく、ましてやおもちゃという嗜好品には、簡単に手を出せない経済事情の家が多い。次々に新しいおもちゃを生み出したソラトは、人気者でヒーローのような存在だ。
「……そうかな。でも、お前にそう言ってもらえて嬉しいよ。僕、いつしか本物の剣が作れる鍛冶師になりたいな、って思うんだ」
ヤスリがけを終えたナイフを手に持ち、検分するように手首をひねりながら呟く。
「だから、剣道場はやめて、鍛冶師の勉強がしたいんだ。そんで、誰かの役に立ちたい」
「良いじゃねえか! お前なら、絶対良い鍛冶師になれるよ」
「でも、親が許してくれるかな」
ウキグモの上擦った声とは裏腹に、ソラトは自信がなさそうに夢を仕舞い込もうとしていた。
「許すも何も、お前の夢だろ? 夢叶えんのに、許可とか要るのかよ」
ソラトが珍しく自分の意思を伝えた。いつも、他人を優先してしまう彼だから、自分の夢くらいは叶えてほしい。その一心から出た言葉だった。
「……確かに、な。僕の夢は僕だけのものだ。僕は鍛冶師になる!」
「その意気だぞ、ソラト!」
自分が作った小さなナイフをグッと天に掲げて、夢を叫んだ。……後は、親を説得出来るかどうかだ。

 数日後。ソラトが剣道場を辞めた。同時に新たな夢への一歩を踏み出した日でもあった。
 澄み切った青空の下、小高い丘で2人は話していた。
「父さんも母さんも驚いてたよ。僕、あまり自分がやりたい事って言ってきてなかったから。」
たまには外で遊んで来いよとは言ってたけど、と笑いながら付け足す。自分の夢に向かって走り出したソラトは、今日の青空のようなすっきりした表情だ。
「まあ、でも良かったな。お前が本当にやりたいことに突き進めて」
「ああ。……そういや、ウキグモは何かやりたい事とか夢とかないのか?」
「夢か……」
散々他人の夢は応援してきたが、自分はというと、ソラトのようにハッキリとやりたいことが決まっているわけではなかった。自分の得意な事が活かせたらなとは、ぼんやりと思っていた。
「うーん。せっかく剣道場に通えてるし……。なんか剣を使った仕事とかねぇのかな?」
「それなら、兵士とか傭兵とか……かな? そうだ、僕が一人前の鍛冶師になったら、ウキグモにとっておきの剣を打ってプレゼントするよ!」
夢を夢のままで仕舞い込まずに、走り出せるきっかけを与えてくれた友にせめての礼をしたくて、パッと思いついたようなことを口走る。
「えっ、いいのか!? なら、俺もその剣を持つのにふさわしい一人前の剣士にならねぇとな。どっちが先に一人前になれるか競争だ」
ウキグモは握りしめた拳をソラトへと突き出す。
「いいね、臨むところだよ!」
ソラトもまた、握りしめた拳をコツンと当てた。
 2人の夢を追いかける旅は始まったばかりだ。


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