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【ヴァサラ戦記二次創作】ヨモギ外伝③-2 ―再会と守る力―

 ヨモギは人に剣を向けるのが初めてだった。心臓の鼓動がやけに耳につく。冷や汗がツーッと頬を伝って落ちていった。自分の背後に隠した少女には、不安を悟らせまいと、とにかく正面の男から目を逸らさないように、じっと見据えた。

「もう、お兄ちゃん! お姉ちゃんはわたしを助けてくれた恩人なの! 剣を向けるなんて失礼でしょ!」
 緊迫した空気を変えたのは、背後にいた少女だった。少女はヨモギの前に躍り出て、「戦わないで」と言わんばかりに精一杯両腕を広げ、正面の男に向かって遠慮なく叱りつけているではないか。
「な……まさか、そう言えって言われたのか!? おい、今すぐ離れろ!」
しかし、正面の男は疑いの態度を崩すことはなく、引き続き、ヨモギに剣を向けている。
(えっ……お兄ちゃん? この二人は兄妹だべか……?)
ヨモギは密かに、少女と男を見比べた。プラチナシルバーの髪色はもちろんのことだが、青い瞳も一致している。少女はくりくりとした大きな瞳で、男の方は切れ長の鋭い目付きをしている。「お兄ちゃん」や「妹」などの呼称、ずけずけと男を叱りつけた少女の態度からして身内なのは、ほぼ確実だろう。
(なら、誤解を解かないと……でも、どうすればいいんだべ)

「なにやってんだ、テメーら」
皆が一斉に声のした方角を見ると、林の方からセトが歩いてきているのが見えた。何やら揉めているヨモギ達の様子に、呆れの感情を含んだため息をつく。
「セ、セト隊長!」
「あっ、緑のお兄ちゃん! お兄ちゃんも助けてくれてありがとう!」
ヨモギは良いタイミングで助け舟が現れたと安堵の表情を見せ、少女はセトに向かって笑顔を向けながら手を振っている。一方の男はというと、顔からどんどん血の気が失せていき、口をパクパクさせている。
「ま、ま、まさか……! あ、あんたは、ヴァサラ軍九番隊隊長『風神』セト……!?」
男は、目の前の相手がヴァサラ軍十二神将の一人と分かると、慌てて剣を収める。
「じゃ、じゃあ……、あんたもヴァサラ軍ってこと、だよな……」
ヨモギも剣を収めながら、こくりと頷く。すると、男は勢いよく地面に這いつくばり、土下座の姿勢を取る。
「す、すんませんでした!! 妹を助けてもらった恩人に、俺は失礼なことを!!」
あまりの態度の変わりように、セトもヨモギも呆気に取られる。
「は? お前、こいつを誘拐犯と間違えてたのか? ついこないだまで農民だった女だぞ……」
(セト隊長が来た途端、この変わりよう……。やっぱり十二神将ってすんげぇんだなぁ……)
ヴァサラ十二神将は、一国を担えるほどの実力を持った傑物揃いだ。その事実をヨモギも知ってはいたが、こうして目の当たりにするとより実感が湧く。
「まったく、もう! お兄ちゃんは人の話をちゃんと聞かないとダメだよ! お姉ちゃんは最初からヴァサラ軍って名乗ってたでしょ!」
少女は、土下座をする情けない男に対して叱っていた。
「いや、お前は人を簡単に信じすぎだ。本当にヴァサラ軍だったから良かったものの、正義の味方を名乗って騙すやつなんて、いくらでもいるんだぞ」
土下座から復帰して、男は妹と思われる少女に反論する。
「そもそも、何で勝手に外に出たんだ。今は誘拐犯がうろついてるというのに」
「ちゃんと机にメモ残したもん! 『食材に使える野草を探してくるね』って」
「メモを残したからって、外に出ていい口実にはならないだろ」
「ま、まあまあ……。こんな所で喧嘩はやめようべ。あたしももう疑われたことは気にしてねぇし、この子も無事だったから良かったって思おうべ」
ヨモギは間に入り、剣呑な雰囲気になりそうな二人を仲裁する。口論になったところで進展はないし、何より喋りたそうなセトがこちらを睨んでいて少し怖いからでもある。

「……痴話喧嘩は終わったか? 倒した男から地図を手に入れた。ここで話すのは面倒だし、街まで案内してもらえねぇか」
セトはポケットから紙を見せる。敵のアジトの地図であろうか。
「ああ、それならうちに来てくれないか。妹を助けてくれた礼と詫びを兼ねてさ。……あ、紹介もまだだったな。俺はアマネ。こっちは妹のカスミだ」
「三番隊隊員のヨモギだべ」
「セトだ。……悠長なことをしてる暇はねぇ。家でも何でも、落ち着いて話せる場所がありゃいい」
各自、自己紹介を手短に済ませるとサルビアの街に向けて歩き出した。


 サルビアの街は、かつて戦争に巻き込まれ一度は焼け野原になった街だ。しかし、そこに生きる人々が団結し、復興を進めてきた。人々の活気も溢れ、明るい街だ。だが、復興途上ということもあり、特に生活の安全面においてはまだ課題を残している。最近では、例の誘拐事件が多発しており自警団の頭を悩ませている。

 サルビアの街、北側の住宅区の一角にアマネ達の家はあった。
「ま、何もねぇけど適当にくつろいでくれ」
「簡単なものだけど、ご飯作るね」
カスミは家のキッチンへと駆けて、食材や道具を用意し始める。
「カスミちゃんが作るべか? あたしも手伝うべ」
「俺も手伝おうか? 手を切ったら危ないし」
長子コンビが心配そうにキッチンへと押しかけていく。
「ヨモギお姉ちゃんは座ってていいよ、お客さんなんだから! あ、お兄ちゃんも座ってて。お兄ちゃんの料理、とんでもないから」
ヨモギに対しては、にこやかに優しく対応していたが、兄のアマネに対しては厳しめの塩対応をしていた。
「『とんでもない』……? アマネはどんな料理を作るべか?」
「え? 至って普通だぞ? あいつ、たまに表現が大袈裟なんだよなあ」
アマネはやれやれと肩を竦めて、ダイニングの自分の席と思しき椅子に腰掛ける。
(『普通』なら、あそこまで拒絶はせんと思うけど……)
カスミの拒絶ぶりを見る限り、アマネが料理に関わるとロクな事がないのだろう。
お昼ご飯を作るだけで、やいやいと騒がしい様子にセトは呑気なものだと呆れながら、椅子にドカッと腰掛ける。
「……ったく、どこでもうるせぇ奴らだな」

 突如、家のドアが開く。セトは何の気なしにそちらを見ると、予想外の人物に目を見開いた。
「ただいまー。……おっと? やけに騒がしいなぁ、客か?」
「……! あんたは!」
次に気づいたアマネが扉を開けた人物を出迎える。
「ウキグモさん、おかえり」
「ウキグモおじちゃん、おかえり! ご飯作ってるから、待ってて!」
カスミもキッチンで料理をこなしながら、出迎えの言葉を投げかける。同時に食欲をそそる良い匂いが、漂ってきていた。
「あれ? セト隊長、お知り合いだべか?」
目を見張ったままのセトが口を開く。
「あんた、軍を辞めたと思ったら、こんなとこで何してんだ?」
「お? お前さん、セトの坊主か!? 久しぶりだなぁ。ちっこかったガキが隊長やってるなんてなぁ……。俺ぁ、今はここの自警団の頭をやってんだ」
ボサッとした藍色の髪を後ろで適当に括り、無精髭を生やしたウキグモと呼ばれた男性は、セトのことを見るなり、目を細めて懐かしむような表情を見せる。
「ウキグモおじちゃんはね、わたしたちのお父さんみたいな人だよ! あとは、自警団の団長さん! 街を守ってくれてるんだよ」
「それから、俺の剣の師匠でもあるんだ」
兄妹は揃って誇らしげにウキグモについて説明をする。参ったな、と言わんばかりに照れくさそうな表情をウキグモは見せる。
「はは、まあ、そういう訳だ。……ところで、ヴァサラ軍が、こんな田舎の街まで観光ってわけじゃねぇんだろ?」
「それは……」
ふっと真剣な眼差しになり、セトも話が早いと口火を切ろうとする。その刹那、食欲をそそる匂いが奥から距離を詰めてやってきた。
「ご飯できたよ! 卵のスープと野菜炒め!」
「……ま、積もる話はこれを食いながらでもすっか。飯は温かいうちに食うもんだからな」

 まだ年端もいかないカスミの料理は、簡単な料理ではあるものの味付けもちょうどよく、腹を満たし、英気を養うには充分なものだった。
「へぇ、ウキグモさんは九番隊の副隊長を辞めてまで、アマネ達を育てたべか……。恩人なんだべな」
「ああ、ウキグモさんは元々父さんの友達で、身寄りを無くした俺たちを引き取ってくれたんだ」
アマネは育ててくれた恩人を感謝の眼差しを向ける。
「まあ、そんな感じさ。……ところで、セトの坊主、地図ってのは一体何なんだ?」
感謝の眼差しに、照れくさくなったのか誤魔化すように茶を啜り、話をセトに振りながら、誘拐事件の話題に切り替える。
「ああ、これっス」
セトは地図をポケットから取り出す。ウキグモはそれを検分し、ほぉと関心したように息を吐く。
「これは、でかしたな。こいつぁ、アジトの内部地図だ」
「アジトの内部? なんでそんなことが分かるべか?」
「実はな、自警団の調べで誘拐犯のアジトはこの街の北にある遺跡と、見当がついてんだ」
「遺跡が……アジト?」
一発でアジトの地図だと判明したり、遺跡が誘拐犯に拠点にされているなど、ヨモギにとっては未知の世界の連続で首を傾げ、質問を連発させる。
「おう、本当は街が管理しなきゃならねぇ遺跡なんだが……戦争の混乱で、遺跡に関する資料が無くなったり、盗まれたりとかで管理自体もいい加減になっててな。メンバーに配っておいて、内部を把握させるために配ったんじゃねぇかな」
「そんな近くに……。さっさとぶっ潰しゃ……って言いてぇとこだが、そうはいかねぇ面倒な理由があんだろ?」
セトの指摘に、ご名答とウキグモは人差し指を立てて続ける。
「遺跡内部が複雑な構造になってるんだ。闇雲に突入しても返り討ちに遭う。正直、手詰まりだった……そこで、この地図の登場だ」
「なら、これがありゃ、誘拐事件を解決出来るんだな! 早速、行こうぜ」
「まあ、待て。俺たちもただ手をこまねいてる訳じゃねぇんだ。耳寄りな情報があるんだ」
今にも飛び出していきそうなアマネを制して、ウキグモはさらに情報があるとほのめかす。
「なんだよ、勿体ぶらねぇでさっさと話せよ」
「実はな、アジトを調査するうちに街の地下水道から遺跡内部に繋がる道が見つかったんだ。内部の地図、地下水道からの侵入……この二つが合わさりゃ、拐われた人の救出とアジト壊滅が一気にできるかも知れねぇ」
「そ、それは凄いべ……!」
終始、ウキグモやセトの話を聞いているだけのヨモギはただ感心するばかりだった。人を助けるということは、そればかりに執心していればいい訳ではなく、仲間と連携すること、情報を使ってこちらの戦況をなるべく有利に戦うことが大事なのだと。
(その道のベテランが居ると心強ぇなぁ)
「じゃ、アジト潜入組と街での待機組に別れるぞ」
「街? みんなでアジト行くんじゃないんべか?」
キョトンとするヨモギに、セトがため息をついて突っ込む。
「考えてもみろ。相手は“ 地図”っていう道具を奪われてんだ。アジトにそのまま留まってたら、俺たちに速攻潰される。あの手この手使って、抵抗してくるはずだ」
「そこで、待機組の出番だ。ヨモギ嬢ちゃんとアマネはこの街に来る奴らとの戦いに備えておけ。アマネは特にカスミの傍から離れんな」
「分かったよ、師匠」
アマネは頷き、食器の片付けをしてくれているカスミの方を見る。きっと、大丈夫だとか精一杯背伸びをしてくるとは思うが、彼女は先程、拐われそうになったばかりだ。兄である自分が守るのが適任だろう。
「んで、オレとウキグモがアジト潜入組ってことだな」
「ああ、もしヤッコさんが出てきても『雲の極み』で撹乱して、戦いも最低限に抑える。被害者の救助が優先だ」
ウキグモは、腰に佩いた鞘を大事そうに撫でた。
「よし、決まりだ。明朝には出発する。ウキグモは自警団にも連絡取って、協力を頼んでほしい」
(いよいよ、明日は本番……。緊張するけど、カスミちゃんや街を守る為だべ!)


 明日の作戦を立て、皆が寝静まり、辺りは草木が揺れる風の音が時折響くだけとなった。セトはアマネ家の裏へと向かっていた。というのも、ドアが開く音がして誰かが出ていくような足音が聴こえたからである。
(こんな時間に誰だよ……ったく)

 外に出た人物を追うと、アマネが一人剣を素振りしていた。剣を真っ直ぐに振り下ろしたり、横に薙いでみたり、自分の剣のフォームを確かめている様子だった。自分の力を真っ直ぐに込めた剣筋を描いている。身体の軸もブレることなく、安定したフォームだとセトは直感した。
「剣の鍛錬か?」
「あっ、セトさん!? はい、毎日欠かさずに……」
背後にいた事は気づいてなかったのか、アマネは驚きつつも質問には答えていた。
「毎日、か。一日でも休もうとか思わねぇのか?」
「そんなの……思ったこともなかったな。守る力を手に入れる為なら、こんなの苦でもない。たった一人の家族なんだ、妹を守る為なら何だってする」
アマネはそれをするのが当然だと言うように断言した。――妹を守る為なら何だってする。それは同じく妹を持つ、セトにも当てはまることであった。妹のルトを守るためなら、極みを会得することはもちろん、ファンファンから課される地獄の特訓にも耐えることが出来たからだ。
(こいつも……ただ、守りてぇだけなんだな)
だからこそ、昼間に誘拐犯と勘違いしてヨモギに剣を向けることも厭わなかったのだろう。妹のこととなると視野が狭くなるのは欠点かもしれないが、剣のフォームや真っ直ぐな剣筋を見れば、毎日鍛錬を重ねているのは嘘でないことは分かるし、何より、『守りたい』というその気持ちがあれば、充分な戦力となりうるだろう。
「……今日は早めに寝ろ。朝も早ぇんだから、戦えねぇ奴がいると困る。……てめぇも戦力のうちなんだからよ」
セトは振り返って家の中へと戻っていった。言葉の最後の方は、風に掻き消されてしまっていた。
「……ありがとう、セトさん。今日はこんくらいにしておくか」
それでも、何か励まされたような気がして、アマネは家の中へと戻るセトの背に礼を言った。


 同時刻。
「はぁ?! 地図を奪われただと!? 持ち出すなってあれほど言っただろ、タコが!!」
遺跡内部、元々権力者の棺や権威を示すための副葬品があった広々とした部屋にアジトリーダーの怒声が響いた。
「す、すんませんッ!! アイツ、ヴァサラ軍の十二神将で全然歯が立たなくて……」
次にセトに打ち倒された男がその怒声に縮こまって平謝りする声が情けなく響く。
「チッ、ヴァサラ軍め……。遂に嗅ぎつけてきやがったか……」
オマケに地図まで奪われた。複雑な内部構造の遺跡だが、陥落するのは時間の問題であった。
(しかも、月々のノルマも満たせてねぇ……。これじゃ、ボスに何と言われるか)
「おい、お前が狙ったのは銀髪の女で間違いねぇんだな?」
「は、はい……! すげー綺麗な髪で、長さはこんくらいの……、かなり若そうな奴でした」
男は、肩に手をやって髪の長さを表し、特徴を説明する。
「ふん、それなら上等だ」
アジトリーダーは、遺跡の玉座のような椅子から立ち上がった。
「聞け、朝より銀髪の女を全力で奪う! 周りのヤツらはどうなっても構わねぇ……。女は傷つけずに持ち帰るぞ!」
周りの部下もおおーっと拳を上げる。切羽詰まった表情で駆け出し、各々準備を始めた。
(見てろ……。十二神将といえど、タダじゃすまねぇってことを見せてやる)
不気味に薄ら笑いを浮かべながら、リーダーもいそいそと明日に向けて仕込みを始めるのであった。

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