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【ヴァサラ戦記二次創作】旅立つ君に幸多からんことを。

 「あの日、死ぬべきだったのはボクの方だったんだ。ボクが死ねば良かったんだ!!」

 最愛の兄を最悪の形で失い、絶望に沈んでいた。
兄の反対を押し切ってまでヴァサラ軍に入り、ママンであるマルルからは隊長の座を引き継いだ。
だが、極みの力は制御が効かず、挙句の果てにはライチョウの攻撃から庇われる形で兄を喪った。

 こんなことの為に軍に入ったんじゃない――。
兄一人守れなければ、仲間や民など到底守れるはずもない。自分の大切な人一人も守れない自分に生きている価値などない。

そんなルトの悲痛な叫びにヴァサラは諭すように語りかける。

「良いかルト坊。この世に生まれて死ぬべき人間なんて誰一人もおらんのだ。セトが命を張って紡いだ"お前"という存在を何故、自分自身で蔑ろにする。そんなことの為に、お前を生かしたのか?」

木々を揺らし、葉を散らす風が吹いていた。

「過ぎ去った過去を嘆き悲しむことを、セトは望まんじゃろう。未来を強く生きることを――お前の兄は望んだはずじゃ」

 その風が一段と強くなるのを感じる。
ルトはその風を感じながら、在りし日のことを思い出していた。

 ルトが戦場で女だと舐められると考え、男として生きると宣言したあの日のことだ。

「あぁ? めんどくせェな! 男だとか、女だとか……んなもんどっちだっていいッ! テメーの在り方はテメーで決めろ」
「お兄ちゃん……」
真っ直ぐ前を見据えたままセトは立ち上がって力強く語った。
「いいかルト! たとえどんな時代に生まれようと――自分が何者かは自分が決めることだ。他人は関係ねェ!」
そして、その後に大きく逞しい掌がルトの頭に優しく添えられる。
「分かったな?」
「うんッ!」

 軍に入ることには反対だったセトが、最終的にはルトの意志を尊重して、自分の生きる道を肯定してくれたのだ。

 それなのに今ここで『あの日、死ぬべきはボクの方だったんだ』などと喚いている自分はどうだろうか。自分の力の無さを悔いてばかりだ。仮にここで死ねば、兄の遺志はどうなってしまうだろうか。

「亡きものを思うなら我々がすべきことは――其奴らの分まで強くなることじゃ……! 良いな? ルト……!」

 生きる道を肯定してくれた兄、命を張ってまで守ってくれた兄の遺志をここで途切れさせてはいけない。

「もっと強くしてくださぁい!!」

 涙ながらにルトは心からそう叫んだ。お兄ちゃんの分まで強くなるんだ――!

 それからどれだけの月日が経っただろうか。ヴァサラやビャクエンとの修行、火剣軍襲来時にジンやヒルヒルと共闘したことも糧となり、極みのコントロールが少しずつ出来るようになってきている。

 けれど、まだ足りない。
ヴァサラ軍は今かつてない窮地に追い込まれている。裏切り、行方不明、そして戦死による戦力の低下が起きている。

 自分にもっと力があれば……と嘆き、立ち止まりそうになることもある。だけど、立ち止まっている暇なんかない。ここで隊員を強くし、自分も強くなる。
兄やヴァサラ、隊長達や仲間が守ってきたこの場所を、今度は自分が守らなければ。

 「よし……今日もビシバシ鍛えるぞ! ママン、パパン。行ってきます!」
ルトは髪を結い直し、トレードマークの帽子を被って、意気揚々と歩き出した。

 「今日も力強く、そして逞しいねぇ」
「ええ、あの頃よりもずっとね……」
ロポポとマルルが我が子の成長に感動し、密かに瞳を潤ませていた。

 (見守っててね、セト兄ちゃん。ボク、絶対に強くなるから……!)

 明るい太陽に照らされた道を歩き、ルトは仲間たちの元へ向かっていったのだった。

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