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【ヴァサラ戦記二次創作】お料理教室のクリスマス

 「くりすます? って何だべか?」
定期的に開催しているお料理教室がひと段落し、おやつの団子をメンバーで食べている時だった。

 「先生? クリスマスがどうかしたの?」
あまりに唐突な質問だったから、イネスもやや戸惑い気味に首を傾げている。
「最近、軍の中でチラチラそういう言葉を聞くようになったからだべ。新しい食べ物か何かだべか?」
クスリと笑いながら、イバンが説明を始める。
「師範。クリスマスというのは、元々外国の宗教のお祭りなのです。まあ、この近辺では、特別なごちそうを食べたり、各々プレゼントを交換したり、そういった行事のことを指すようですが」
「そういえば、ジャンニが言ってたわ。元々は神様の子の誕生をお祝いする特別な日なんだって」
「へー、それがくりすます、だべか? うちの村にはそんなのなかったなあ……。ごちそうに、プレゼント……」
そこで、ハッとした顔になり、パンと手を合わせる。
「お料理教室でも、くりすますやってみるのはどうだべか!?」
「ごちそうとかプレゼントとか用意するの? いいアイデアね、先生!」
イネスは、ヨモギの提案に顔を明るくする。
「ゴチソウ……? オイシソウ」
「いいじゃねーか、クリスマス会! ごちそうももちろんアタシちゃん達で作るんだろ? イバン、具体的に何食うのか教えてくれよ」
"ご馳走"という言葉に目を輝かせるコンチュエや既に乗り気なライクは身を乗り出そうとする勢いで尋ねる。
「そうですね……。私もあまりこういう機会は経験したことがないので、知識だけになりますが」

 話し合いの末、クリスマス会にはケーキと七面鳥の丸焼きがメインディッシュで据えられ、プレゼント交換をすることでクリスマス会の開催が決定した。


 (プレゼントって何を選べば喜んでもらえるべか?)
ケーキの材料を調達しに市場まで来たついでに、プレゼントを選びにたまたま見かけた雑貨店に立ち寄っていた。
 ヴァサラが革命を成し遂げて以降、鎖国政策は終わり、外国の文化も入ってくるようになってきたが、その文化は山奥のワカバ村に届くことはなく、当然クリスマスの文化も知らずに育ってきた。その為、どういうプレゼントが相場なのか分からず、ああでもないこうでもないと店内をぐるぐると回っていた。
(どうすればいいだべかー!?)
「あれ、先生? こんなところでどうしたの?」
「あ、イネスちゃん……! クリスマスプレゼントって、何を選べばいいだべか!?」
イネスもプレゼントを選びに立ち寄ったのだろうか。クリスマスの文化を知っていそうな、イネスなら的確なアドバイスをくれるかもしれない。偶然とはいえ、助け舟が現れ、藁にもすがる思いで、尋ねた。
「ええっ!? それ、わたしに聞いちゃうの?」
「だって、クリスマスとか初めてで……何を選んだらいいか分からないんだべ……」
しばらく目を丸くして、キョトンとしていたイネスだが、やがてふふと笑みをこぼしながら答えた。
「大丈夫よ、先生。それだけ悩んで選んでくれたプレゼントなら、お料理教室のみんなも喜んでくれると思うわ。きっと、"何をあげる"のかは、重要じゃないと思う」
「そういうモンだべか……?」
「ええ! わたしも先生の選んでくれたプレゼント、楽しみにしてるもの! もちろん、皆のもね」
「そっか……。うん、ありがとイネスちゃん。絶対楽しいクリスマス会にしようべ」
屈託のない笑顔で出された答えに悩みが晴れたのか、ヨモギは意気揚々と歩き出していく。
(少しは先生の力になれたかしら)


 某国のとある森。静かなこの森の中で、とある作戦が行われていた――。
「A地点のライク。目標を捕捉したぜ」
「B地点、イバン。目標はこちらに気づいていません。コンチュエさん、いつでもいけますよ」
「ン……收到(※了解の意)」

 コンチュエは樹の裏手から、目標である七面鳥の前に現れた。予想だにしていなかった襲撃に七面鳥は面食らい、自身の身体を大きく膨らませて威嚇の鳴き声をあげる。
「七面鳥ってこんな声で鳴くんだな! でも、アタシちゃんの超神術に耐えられるかぁ!?」
ライクは耳栓とヘッドホンを装着し、エレキギターに酷似した斧風の武器を構えた。
「行くぜ! 音の超神術『ガンズ・アンド・ローゼズ』!」
彼女から発せられる音の波が一気に増幅し、その波の衝撃から七面鳥の動きが止まる。
「スキアリ……」
動きの止まった七面鳥にコンチュエの渾身の一撃がクリティカルヒットし、続けざまに自分の身の丈はあろうかという斧を持ったイバンの一撃が七面鳥に叩き込まれる――。
「『大蛇の牙』(ザンナ・セルペンテ)――ッ!」

 「ふう、七面鳥を手に入れるミッションはこれでクリアですね」
捌いた七面鳥を担いで、イバンはやりきったとばかりに息をつく。
「七面鳥手に入れんのに、ここまでする必要あんのか!? 普通に市場とかでも仕入れられるだろ……」
「ライク……ノリノリダッタ……」
「ま、まあ……ちょっとでも良いモン仕入れた方がきっとロックだろうしな……」
コンチュエのツッコミに、照れくさそうに顔を背ける。
「さあ、可愛い妹達の元へ戻りましょうか」
「おうよ」
「ン、ワカッタ」


 クリスマス当日。
「こんな大きな七面鳥がいたべか!?」
「凄い……!」
「へへん、こいつを捕まえるのちょっと苦労したんだぜ」
目を輝かせるヨモギやイネスに、ライクは誇らしげに胸を張るが、
「ラクショウ……」
「まあ、私たちにかかればこんなものです」
「お、お前ら……。まあ……この2人も居たし、何よりサイコーなクリスマス会にしたかったからな! これくらいは朝飯前ってやつ?」
澄ました顔のコンチュエとイバンに出鼻をくじかれてしまうが、気を取り直して再度ライクは胸を張る。
「ありがとうだべ。メスティンさんに調理の仕方をバッチリ学んできたから、七面鳥は任せるべ!」
「ケーキも頑張って作りましょう!」
かくして、クリスマス会に向けて調理が始まった。


 「あら……スポンジが上手く膨らまないわ」
七面鳥は下処理や大きさから加熱に時間が掛かるのみで何とか完成には向かっている一方、ケーキは肝心のスポンジが何度やっても膨らまず、ダメになったスポンジが量産され、時間だけが経過し、日が落ち始めていた。
「うーん……どうやっても上手くいかないべ」
普段作らないジャンルのお菓子に、料理に自信があったヨモギもお手上げ状態であった。
「師範でも難しいとは……。困りましたね」
「ケーキってクリスマスの定番なんだろ? それがねえのはロックじゃねえが……さすがに材料も尽きてきたし……」
「ケーキ……ナイ……、サミシイ」
途方に暮れていたその時であった。
「諦めるのはまだ早いわ!!」
「その声は……!!」

 お料理教室に颯爽と現れたのは、ヴァサラ軍給仕係のメスティンだった。
「メスティンさん!?」
「料(ちょうり)の極み『絶品調理(フルコース)』:賞味再生(フード・リバイヴ)」
極みを発動させるとダメになったスポンジは瞬く間に調理する前の材料へと姿を変えた。
「大丈夫、私の指示通りに作れば美味しい物ができるわ! 素敵なクリスマス会にしたいんでしょう?」
「うん……! みんな諦めちゃダメだべ!」

 その後、メスティンの的確な指示の元、綺麗に膨らんだスポンジケーキが出来上がるのであった。
「ありがとう、メスティンさん。どうしてここに?」
「七面鳥の焼き方を聞きに来た時にお料理教室メンバーで、クリスマス会をやるって言ってたでしょう? ……どうしてもちょっと不安でね」
メスティンはイバンやコンチュエの方角にチラッと視線をやる。視線を感じた二人はキョトンとした表情をし、メスティンは思わず肩をすくめる。
「まあ、今回は不慣れな洋菓子作りに苦戦してただけみたいだったけど……様子を見に来て正解だったわね」
「本当に助かりました、メスティンさん。流石はヴァサラ軍の給仕係」
パチパチとイバンは拍手をする。それに倣うかのようにコンチュエも拍手をする。
「褒めても何も出ないわ。それじゃ、私はこれで……」
「えっ、食べてかないんですか?」
「そうだべ、ちょっとだけでもいいから……」
まさかのヒーローの退場にヨモギとイネスは寂しそうに引き止める。
「ピンチを救って、自分はサラッと去っていく……。それもまたロックだが、せっかくの誘いを断るってのは、ロックじゃねーぞ?」
「お誘いは嬉しいのだけど、軍のご飯も作らなきゃならない時間で……。でも、そうね……せっかく出来上がった物をちょっとは食べてみたい、かな?」
「じゃ、メスティンさんの分も取り分けて後で持っていくべ! 本当にありがとうだべ!」
折衷案をのむと、また明るい顔に戻って再び礼を告げる。
「素敵なクリスマス会にしてね。それじゃあね」
クリスマス会の救世主、もといメスティンは軽く手を振って去っていった。
「あたしもまだまだだべなー。今度は上手く作れるようになりたいべ」
「師範なら、大丈夫。今度は上手くいきますよ。さあ、ケーキを飾りつけましょうか」
「よっし、ロックなケーキにしてやるぜ! ……おい、コンチュエ。イチゴつまみ食いすんなよ」
「バレタ……」


 「では、素敵なクリスマスに乾杯だべ!」
『乾杯ー!』
無事、クリスマスメニューが完成しクリスマス会がスタートした。こんがりと焼けた七面鳥とそれを引き立てる香草の香りとケーキの甘い匂いと少々酸っぱめのイチゴの匂いが辺りを満たしていた。
「やー、一時はどうなるかと思ったな。メスティン、だっけ? アイツがいなけりゃどうなってたか」
「メスティン様様だべ……」
「でも、先生も七面鳥、ちゃんと焼けたじゃない?」
イネスはそう言って、七面鳥を切り分けた物を口に入れる。カリッとした鶏皮とほとばしる肉汁に思わず顔がほころんでいる。
「初めてだったけんど、アレもメスティンさんに習ったから……。本当あの人がいなかったら大変だったかもしれんべ」
「彼女は、さしずめ陰の功労者といったところでしょうか」
「確かに……。でも、皆も今日の為にたくさん用意してくれたべ。いきなりクリスマス会したいって言ってから、準備たくさんしてくれて……本当に今日はありがとう」
 今日という日の為に、自分も含めたお料理教室のメンバーが一丸となり、パーティを作り上げた――その事実にヨモギは心から感謝の言葉を紡いでいた。
「こちらこそ」
「妹達のために、頑張んのはあたりめーだろ!」
「先生もありがとう」
「謝謝……タソセンセイ」


 クリスマス会は他愛のない話を繰り広げながら、お互いにプレゼント交換して終わりを告げた。

 三番隊隊舎に戻ってからお料理教室のメンバーから貰ったクリスマスプレゼントを机に広げて眺めてみた。

 「先生はお料理もそうだけど、畑仕事とかで手仕事も多いし……手が荒れないように保湿クリームかなって! あまりベタつかないし、匂いがないタイプなのよ」と言って手渡してくれた保湿クリーム。匂いがあるタイプもあったとの事だが、料理する時に気になるからと事情を汲んで選んでくれていた。世話好きで人をよく見ているイネスらしいな、と思わず微笑みを漏らす。

 「コレ……コキョウデノオマモリ……。センセイ、マモッテクレル。キット」
コンチュエが渡してくれたのは、彼女がいた国での古銭を赤い紐で五つ繋げたお守りだった。その国では、支配者が発行するお金には強大な力が秘められている縁起物で知られているのだという。これを持っているだけで、あのとても強い彼女を感じられるような気がして心強い。

 「アタシちゃんからは、コレ! リストバンドって言うんだぜ? ロックの舞台じゃ、身分証明代わりになったりするんだけど……。まあ、アタシちゃん達の場合、姉妹の証みてえなモノだな! 無くすんじゃねーぞ?」
 ライクを思わせる紫色のタオル地に緑色のハートが描かれている。ロックを愛し、自分を妹として接してくれるライクらしいプレゼントだった。

 「私からはクリスマスによく飾る花、ポインセチアです。花言葉は『幸運を祈る』だそうですよ。師範の幸せを心から祈っております」
イバンからはクリスマス定番の花を貰った。師範と慕ってくれるイバンだが、イバンもとても凛々しくかっこいい女性だと思っている。花をスマートに、しかも花言葉を添えながら渡せるのは彼女しかいないだろう。

 「クリスマスって良いモンなんだべな……」
プレゼントを渡された時のことを一つひとつ思い出しながら、今日のことについて思いを馳せる。一年の終わりに楽しいひとときを、仲間と過ごせたことは大切な思い出になった。
 家族と村を失ったことは、もちろん癒えることの無い悲しみだ。時折、それを思い出して足元がぐらついてしまう。けれど、ヴァサラ軍で出会えた仲間がそれを支えてくれている。一人じゃないと思い出すだけで、力が湧き上がってくるのだ。

そんな仲間たちにヨモギからは手編みのマフラーをプレゼントした。寒い冬を乗り切るために……仲間たちに少しでも力を分けられたら、そんな思いで任務が終わってからも編んで、クリスマス当日に間に合わせた。

 (また明日も頑張ろう)

 新たに出来た大切な思い出を胸に仕舞いながら、ヨモギは眠りにつくのであった。


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