見出し画像

豆腐怪談 69話:夜明けの手

年に2~3回ほど強制的に夜明け頃に起こされることがある。

それは何の前兆もなく不意にやってくる。疲労による浅い睡眠中だろうが、連休中の満ち足りたお気楽睡眠中だろうがお構いなしに起こしてくる。
季節も冬だったり初夏だったり特に法則性はない。


今まさに、強制的に起こされた。
違和感を覚え、まだ微睡む中、まず小鳥のさえずりが耳に入る。そして誰かが手に触れる感触を知覚した瞬間、完全に覚醒した。
ああ、またアレに起こされた。

自分は横向きに寝ていて、体の下から布団の外へ伸ばした右腕に誰かが触れている。自分の手首から手の甲を押さえつけるように、もしくは包むように冷えきった手が触れている。
そして体全体を押さえつけるかのように、またはロープで縛り付けられたかのように動けなくなった。いつものパターンだ。

こういう時はパニックにならないようにわざと意識して呼吸音を出し整えることにしている。
自分のわざとらしい呼吸音と小鳥のさえずりが重なる。体を押さえつける力が僅かに強くなった。呼吸を元に戻す。


起き上がることも声を出すことすら不可能になる、この迷惑なモーニングコールを自分は金縛りもどきと呼んでいる。これが10~30分ぐらい続いて、消える。
もどきなのは、体の一部は動かせることができるからだ。動かせる箇所はそれが起きるたびにランダムに変わっている。よくあるのが首から上だが、今回は左腕が動かせそうだった。
しかし動かせそうであっても、左腕も重りが付いたかのように重い。完全に動かせるわけでもなさそうだった。
体中を何かで巻き付けられたかのような今の状況で、左腕が動くというならば、やることはひとつだ。

いつもこの体中を抑えつけるような感触が不快で気になっていた。動けない自分の体がどのようになっているか全く見えないというのは、いつも怖かった。
今回はそれを見ることができそうだ。
重い左腕に意識を集中させ、布団を押し上げる。声にならないぐっ、という声が己の口から洩れた。
自分の体を見ようと目を思いっきり下へ体の方へ向けた。
見えた瞬間、動けない体がビクっと震えた

布団の中で自分の体が無数の白い手に巻きつかれていた。女の手、男の手、様々な手が布団の暗がりから生え、足から肩までを巻き抑えつけている。
「う……わ……っ!」
声にならない悲鳴に反応し、白い手たちは僅かに蠢き、巻き付けを強めた。

不意に背中に何かが押さえつけられる感触があった。
これは今までにはなかった。
「な……?」
これはヒトの頭か?
鼻と思われる感触を腰に感じる。
そしていきなり肩甲骨から肩にかけて背後から両手が抑えるように触れた。
背後の人の頭が背中に顔を押し付けたまま上へ移動し始めた。
背骨の上を誰かの額が這うように登り、悲鳴にならない声と悪寒がそれに続く。
「……………ッ!」

背後の頭の動きが止まった。自分の首から耳にかけて誰かの髪が触れて揺れている。視線を感じる。自分じゃない呼吸による空気の揺らぎが首に触れ、ゾクゾクと悪寒が首から体全体に伝わっていく。
誰かに背中からべっとりと貼り付かれている。感情が窺えないそいつは無言でじっと見ている。
恐怖で心臓がバクバクし、パニック寸前で涙目になっていた。

「…ああ、もう勘弁してください…」
そう思った瞬間、誰かが背後から離れ、体中を押さえつける手が消えた。
最後に右腕をを包み抑えていた手があやすようにひと撫でして消えた。


この迷惑な金縛りもどきは、いまでもまだランダムに起きている。
いまだに慣れることができないでいる。


【終】

※豆腐怪談シリーズはTwitter上でアップしたものを訂正&一部加筆修正などをしたものです。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?