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『浦島太郎』の語り手と登場人物が全員大阪弁だったら

 むかし、丹後の国水の江の浦に浦島太郎っちゅう漁師がおった。ある日、浦島太郎は釣りの帰り、途中で亀が子どもたちにいじめられとるのを見つけた。

「こら! お前ら何しとんねん! 亀が可哀想やろ」

 浦島太郎はそう言うて注意したけど、子どもたちは聞き入れようとせえへん。

「やかましいわ。部外者は引っ込んどけ」
「せやせや。あっちいけ」
「お前もしばいたろか」

 こいつら生意気やな、と浦島太郎は呆れつつ小銭を差し出して言うた。

「この金でその亀買うわ。早う離したれ」

 金の力は偉大や。子どもたちは生意気な口利いとったのが一転、手のひら返し。

「え、ホンマに? ありがとうございます」
「あんためっちゃええ人やん。ほら、お前も礼しとき」
「ありがとう……いや、おおきに」
「どっちでもええわ」

 浦島太郎はちゃんと礼をした子どもたちに少しだけ感心した。と同時に「世の中やっぱり金か」と悲しくなった。
 そんな浦島太郎は亀を受け取ると海まで歩いた。

「今度は捕まらんように気ぃ付けや」

 浦島太郎はそう言うて亀を放した。

 数日後、いつものように釣りをしとったら、後ろから「浦島さん、浦島さん」と自分を呼ぶ声が聞こえた。
 浦島太郎は振り返ったけど誰も人はおらん。せやけど亀がおった。まさか……。

「わしは先日あんたに助けていただいた亀です。今日はそのお礼に参りました」

 ほんまに喋りよった。どないして喋っとんねやこいつ。しかもなんで俺の名前知っとんねん。ツッコミたいことは山ほどあったけど浦島太郎は話を進めることを優先した。

「……わざわざ礼なんぞ言いに来るには及ばんのに」
「いやいや、あのときはホンマおおきに。ときに、浦島さん、あんた竜宮をご覧になったことはありまっか?」
「竜宮? 話には聞いてるけど、まだ見たことはないな」
「せやったら、お礼のしるしにわしが竜宮を見せてあげたい思うんやけど、どないします?」

 おもろそうな話やけど、聞いた話やと確か海の底にあるんやなかったやろか。どないして行くんや。……もしかして海の底まで泳げ言(ゆ)うつもりちゃうやろな。

「そない心配せんでもよろしいで。わしの背中に乗ってください」

 亀は言うて背中を出した。浦島太郎は気味悪いなぁ、と思いながら言われるがまま背中に乗り、亀は白い波を切って泳いで行った。
 気が付くと、そこらが明るなって向こうに立派な門が見えた。奥にはきらきら光って眼のくらみそうな金銀の甍(いらか)が高く聳えとった。
 
「さあ、浦島さん。ここが竜宮です」

 亀はそう言うて浦島太郎を背中から降ろすと、「しばらくお待ちください」と門の中に入っていった。浦島太郎は取り残されるんちゃうか、と一瞬危惧したけど杞憂やった。しばらくすると亀が出てきて「さあ、こちらへ」と浦島太郎を御殿の中へと案内した。

 奥へ進むと乙姫が大勢の腰元を連れて迎えに出てきた。やがて乙姫について、浦島太郎はさらに奥へと追って行った。
 やがて、いろいろの宝石をちりばめた大広間に通ると

「浦島さん、ようこそおいでくださいました。先日は亀の命を助けてくださいまして、ホンマにありがとうございます」

 乙姫はそう言うて丁寧なお辞儀をした。それからはもう大小いろいろの魚がご馳走を山と運んできて賑やかな酒盛りがはじまった。

「なんやこれ、まるで夢みたいやな」

 ホンマに夢やったら泣くわ。
 ご馳走を食べ終えると、浦島太郎は乙姫の案内で御殿の中を残らず見せてもろうた。どの部屋も珍しい宝石で飾り立てとるから、その美しさはとても言葉で表せるもんちゃうかった。全部買(こ)うたらえらい額になるやろな。

 それから浦島太郎は竜宮で遊んで暮らし、あっという間に三年が経った。さすがに三年も家内を放っといて何も思わへんわけがなく、浦島太郎は塞ぎこんどった。

「浦島さん、どないしたんです? ご気分が悪いんですか?」
「いや、実はそろそろ実家に帰りとうなって……」

 浦島太郎の言葉に乙姫はめっちゃがっかりした様子を見せた。

「まあ、それは残念。でも、浦島さんの顔を拝見した限りやと、ひきとめても無駄や思います」

 乙姫は言うて奥から宝石でかざった箱を持ってきた。これまた高そうな物(もん)や。

「これをお別れのしるしに差し上げます」
 
 ただし、と乙姫は前置きして

「浦島さん、あんたがもう一度竜宮へ帰って来たいと思うんやったら、どんなことがあっても、この箱を開けてはいけません」

 そう念を押して乙姫は浦島太郎に宝箱を渡した。

「わかった。絶対に開けへん」

 浦島太郎は箱を脇に抱えたまま竜宮の門を出ると、乙姫が大勢の腰元を連れて門の外まで見送りした。

「ほな、行きましょか」

 浦島太郎は外で待っとった亀の背中に乗って浜辺へと上がった。

「なんやここ。知らん奴しかおらんやんけ」 

 どないなっとんねん、と浦島太郎は独り言ちて記憶を頼りに自分の家を探した。せやけど、どこにも家は見当たらへん。
 
「……どないなっとんねん」

 不安になった浦島太郎は近くを通ってきたじいさんを引き留めて「浦島太郎っちゅう漁師を知らへんか」と訊いた。

「浦島言うたらえらい昔の漁師やで。確か三百年ぐらい前ちゃうかったかな。知らんけど」

 三百年? そんなアホなことがあるか。せやけど、そんだけ経っとったら知らん奴しかおらんかったのも、家が見当たらんのも納得できる。
 そう思うたら浦島太郎は急に悲しなってしもうた。嫁に愛想尽かされるどころの話やない。

「せや、この箱」

 生きる気力を失いかけた浦島太郎は、一縷(いちる)の望みをかけて箱のふたを開けようとした。せやけど、ここでふたを開けたら乙姫の約束を破ることにならへんやろか。それに、なんか開けたらえらいことになりそうな気がする。

「どないしたらええねん」

 浦島太郎は悶々としながら箱のふたを見続けた。

 

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