[読書]幻年時代

不思議な作品でした。
noteの読書の秋で課題図書に挙がっていたので、
作者のことも作品も何も知らず、手に取りました。

建築家、芸術家である著者の幼年時代が題材です。
小説とも自伝とも言い難い。
おそらく、ご自身の幼年時代の記憶を遡り、
その時感じたことを整理して並べて言語化し、
そして情景を正確に文章にすることを試みたのではないでしょうか?

小説を読んで、ほっこりしたり、ワクワクしたり、
伝記を読んで、感動したり、尊敬したり、
を期待する人にはお勧めできない本です。
でも、なんだか引き込まれるし、読み進めてしまう。
その理由を並べてみます。

まず幼少期の記憶、考えが冷静で興味深いこと。
三島由紀夫が仮面の告白で描いたように、
子供の頃の記憶が明瞭なひとは、
特別な才能を持っているのかもしれません。
社会や人が多面性を持っていることを、
4才前後の子が理解し、わきまえて行動するのが、
羨ましいです。
私は、「子供らしい子供」ではなく生意気で、
無邪気に質問や指摘を口にしては、叱られていました。
それをはるかに越える聡い子供の思考が辿れます。
なるほどなあ、と思いながら読み進めました。

2つ目は、地理や風景の描写が明確なこと。
主人公の移動経路が、スマホアプリの経路案内以上に
具体的で、一緒に歩いている感覚になります。
風景もそう。全てカメラで映したように文章化され、
松林の様子や、クラブハウス、主人公の家まで、
映像がくっきり目に浮かびます。
作者が建築家だからなのかな、と思います。
主人公が作図技術を身につける場面がありますが、
まだ見ぬ三次元の物体を紙に描いて伝えるのが、
建築家の仕事のひとつですから。
場面が立体的に浮かび上がってきて、
大げさに言うと映画のような印象です。

3つ目は、時代の共有です。
1970年代に産まれた人は思い出があるはず。
日本が第二次世界大戦の傷を越えて、
経済を支える仕組(企業中心の社会)が完成して、
会社の福利施設、社宅が充実し、団地がそこここに。
そして、郊外の建売住宅群。
昭和後期の典型的な風景で懐かしいです。
私も社宅で育ち、子供会やら清掃+焼き芋会を、
社宅内での人間関係と共に思い出しました。
そして一方ではまだおおらかなところがあって、
どぶ川とよばれた川辺りに降りて辿ったり、
近所の梅園に侵入して、雑草と遊んだり、
そういうことを思い出しました。

最後に、主人公の現在の人間関係と、
このはるかな過去が繋がって語られていること。
冒頭は大人になった主人公とご両親の風景で始まり、
合間にも現在の人々が登場し、
また最後は幼年期の家庭の話に戻っていきます。
小さい時のおぼろげな記憶と幼い思考での関係性と、
大人になってからの関係性とが繋がり、
対象は家族や近しい友人という単位ですが、
時間的には大きく拡がって見えました。

最初に書いたように、
わかりやすい伝記や小説の効能を求めると、
この作品はつまらないかもしれません。
でも、興味深い作品ではあると思います。

☆☆☆

著者 坂口恭平
刊行 幻冬舎
刊行年 2016年(文庫)
https://www.gentosha.co.jp/book/b10553.html

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