「あたいの夏休み」に物語の構造を見出す実験

 クイズです。その踊りを踊ると必ず雨が降る。それはどんな踊りでしょう?

 近隣に客をイメージしたカクテルを出してくれるバーがあるわけですが、「ねえ……夏の終わりのあたいってイメージのお酒作ってよ。そう、夕暮れ」などど言える胆力がわたしに備わっていたら、それはわたしではなく別の誰かでしょう。

「さっぱりめがいいですか」
「はい」
「キール入れていいですか」
「はい」
「炭酸は」
「入れて下さい」
「レモン絞ります? ライム?」
「……ライムで」

 それは何処でも飲めるジントニックと呼ばれるものでは? 去年、己に欠いたるところがあるのではないかと思い詰め、試行錯誤した結果お酒に溺れてみようとするも、それすらままならなかったと言う話です。

 今年はどんな年だったかと聞かれると「なんもわからん年でした」と答える他ないです。わたしたちは神羅万象なんもわからん。
 去年の今頃遅めの夏休みを頂き、短編を一編書いたつもりでいたのだけど、そもそも「物語」って何なんだとはたと足が止まってしまい、丸々一年間七転八倒していたのが今年の進捗です。

 忙しい忙しい言っていると顕著に人間の機能って壊れるもので、その一番がわたしの場合歌詞が頭に入ってこなくなることなのですが、ちょっと一息ついた際、中島みゆきの「あたいの夏休み」が非常に「物語」的だなあと感じられたので記する次第。歌い出しはこうです。

短パンを履いた付け焼き刃レディたちが
腕を組んでチンピラにぶら下がって歩く
ここは別荘地盛場じゃないのよと
レースのカーテンの陰囁く声

 うーん、このコンビニ感覚に他人をアバズレ扱いする時代の空気感。曲の構成で言うと、三番までありますが、これを序破急に当てはめてみます。

序: キャッチーな語り出し / 夏休みに旅行に行くも散々な目に遭う
破: 登場人物の平凡な属性が語られる / 序の逆転
急: 実はこの夏休みは他の年の夏休みとは違うという種明かし / どう特別か語られるも、結構大した事はないと序に戻る

 すごく拙く書くと、こんな感じ。「あたいはちょっと気になる男性がいる普通の事務員(恐らく、羽ぶりがいい方ではない)で、バーだと声をかけられない事もない程度なのだが、夏休みの待遇は散々だった」うむ、だからなんだとしか言いようがないですね(実のところ、業務文書はこの様に大から小、最初から最後へと文章が流れることを良しとされることが多いのですが)。

 ストーリーとしては大筋同じ何です。何を変えたかと言えば、語り口……と言うか語る順序です。大抵、「プロット」で調べると「筋書き」という語を当てはめるのが一般的ですが、笠井潔によると「物語」とは「モノ/ガタリ」であり、前者がストーリー、後者がプロットと呼べるとのこと。わたしはそれを支持したいです。
 何故なら、プロットを「筋書き」とするならば、わたしが思う最も短い大長編であるところの下記の一句に「筋書き」を認めなければならなくなる。短歌に筋書き? 本編より長いぞ。

ついにバベルの塔、水中に淡黄の燈をともし--若き大工は死せり

 さて。「その踊りを踊ると必ず雨が降る。それはどんな踊りでしょう?」の答えはこう、「雨が降るまで続く踊り」です(『物語は人生を救うのか』より)。設問に「因果関係」を読みましたね? これはただの「前後関係」です。

 「あたいはちょっと気になる男性がいる普通の事務員(恐らく、羽ぶりがいい方ではない)で、バーだと声をかけられない事もない程度なのだが、夏休みの待遇は散々だった」……という物語が面白くない、というかもっと言うと物語の様に見えないのはただストーリーを前後関係で語ったから、と考えるとプロットってすげえなってなりませんか? 韻文を見たら詩に見える様に、物語にとってストーリーとプロットって不可分な気がします(昔はプロットは付属物だと考えられていたらしい)。

あたいだって町じゃ捨てたもんじゃないのよと
慣れた酒を飲んで酔う十把一絡げ

 客をイメージしたカクテルを出してくれるバーでジントニックを出される、町でも産業廃棄物であるわたしが言うのも何なんですが、参考にした動画のリンクを最後に添付しておきます。何でこの映像でこの曲選んだんだ……。

https://www.youtube.com/watch?v=XmmiuMPu9LA

なんかくれ 文明とか https://www.amazon.jp/gp/registry/wishlist/Z4F2O05F23WJ