旅の入り口は「ひと」から。鹿児島県日置市の暮らしを体験する旅
旅に出かけると、ときたま「ここに住めるかも」と思う場所に出会う。そうして出会った「住みたいくらい好きな場所」が「この先何度も訪れたい」と思うような、ある種の運命を感じるのには何がポイントなのだろう。
きっとアクセスの便利さや居心地の良さ、おいしい食事だけでなく、気が合って頼れる人がいるかどうかが大きなポイントになるのではないだろうか。
よその人にも気さくに接してくれる、地域の案内人がいたら頼もしいはず。
もしこのnoteを読んでいる人が日置に行く機会があれば、この3人を訪ねてほしい。
古民家民宿を営む田仲夫妻
まずは、古民家民宿「manimani」を営む田仲 淳・素子夫妻。宿は日置市の中心地・伊集院駅から車で10分ほどのところに佇む。
築90年の古民家を改修し、2018年の夏にオープンした手作りの宿。一泊一組限定で、1人から最大13人まで宿泊できる。大きな木造の家はどこか安心感があって、おばあちゃんの家のように落ち着く。立派な縁側があって、大きな窓から入る光が気持ちいい。
宿を始める前、鹿児島出身のお二人は市内で働きながらも「田舎らしいゆったりとした暮らしがしたい」と思い続けていた。鹿児島県内で暮らす場所を探し、この家に巡りあって日置に根を下ろした。ゆっくりと話すご主人の淳さんとテキパキ動く奥さんの素子さんは、会った瞬間に「この人たちは味方だ!」と思わせてくれる、素朴で朗らかな雰囲気がある。
毎度食べ物の話で申し訳ないが、manimaniの食事には心を掴まれた。
初日は勢いづいてお昼から食べまくってしまい、夕飯が近づいているのにお腹がそこまで空いておらず「宿の夜ご飯は往々にして量が多いからどうしよう……」と思いながら宿に着いた。
そこに待ち構えていたのは、一汁一菜のシンプルな御膳。新生姜の炊き込みご飯、厚揚げのきのこあんかけ、おみそ汁。実にうれしい。「あぁ〜こういうご飯が食べたかった!」と静かに叫んだ。素材にこだわった食事は、どれも上品で疲れた身体に沁みわたった。
ご飯の後は、お風呂。この宿にはお風呂がついておらず、その代わりに近所の温泉施設までご主人が運転してくれるそう。なんていいシステム!
二日間ともご主人におすすめの温泉に連れて行ってもらった。地方ではよくあることなのかもしれないが、車でちょっと走れば温泉があるなんて生活レベルのベースが高すぎる。しかも一個じゃなくて何個もあるのだ。温泉付きの宿に泊まるのもいいけれど、地元の温泉施設に夜来るのもなかなかいい。
地方を旅するときには、値段も手頃でローカル情報が手に入りやすいゲストハウスに泊まるようにしている。でも、また行きたい!と思うようなところはなかなかない。ゲストハウスでの人との交流は、いささかむずかしいところがある。
楽しくも寂しいひとり旅には、付かず離れずの距離感で話せる人が待っていてくれる宿に泊まりたい。manimaniは、人も空間も食事もすべてがちょうどいい。また日置に来たときにも、私はここに泊まる。
街に根付く観光案内所の伊藤明子さん
3人目は、薩摩焼の窯元が集まる美山地区にある観光案内所「美山笑点」の伊藤明子さん。伊藤さんは生まれも育ちも東京。広告代理店でバリバリ働かれていたのだが、ご主人の「将来は故郷、鹿児島で暮らしたい」という夢を叶えるため、鹿児島移住計画主催の「2017移住ドラフト会議」にエントリーしたそう。なんと行動力のある奥さんなのだろう。
そこで日置市美山地区から1位指名されたことをきっかけに、2ヶ月ごとに東京から「美山の朝マルシェ」の手伝いに通い、ついに今年の夏、美山に移住したそうだ。
美山はもともと移住者の多い地区で、伊藤さんが移住について悩んでいたとき、地域の人が「あなたが悩んだり不安になったりする気持ちは良くわかる。必ず見守っているから、自分で乗り越えてください」と言われたことが忘れられないという。田舎暮らしのいいところばかりを見せるのではなく、すべてひっくるめて見てほしいと思ってくれている先輩たちがいることは、心強いことだろう。
伊藤さんが運営する美山笑点は、美山を訪れた人と地域が繋がる拠点として運営されている。営業時間は9時〜17時(火曜定休)で基本的には伊藤さんが在中しているので、薩摩焼の窯元めぐりや、オススメのカフェなどを知りたかったらぜひ訪れてみてほしい。滞在中、伊藤さんは私に二つ素敵な場所を案内してくださった。
400年以上続く薩摩焼を代表する窯元沈壽官窯
沈壽官(ちんじゅかん)窯は国の伝統的工芸品指定を受けているほど高い技術で知られていて、現役で使われている登り釜がある。成形・透し彫り・絵付けなどの工程ごとに分かれた職人たちが熱心に作業する姿が見学できる。
絵付けの細かさは言わずもがな素晴らしいのだが、手彫りしているとは思えないほど繊細な透し彫りの技に唸った。訪れた時間と終業の時間が重なって、作業を終えて片付けをする皆さんに私は思わず拍手をしてしまった。
放し飼い鶏農園の美山たまご王国
美山たまご王国はご夫婦で営む卵の養鶏所。とれたて卵の直売所でもあるが、人気で売り切れになることも多いらしい。ご夫婦に鶏舎まで案内してもらうと、そこら中を走り回る元気な鶏たちが!草をむしり食べ、気持ちよさそうに砂浴びをする鶏を初めて見て、生き物が生き物らしく過ごしている姿にうれしくなった。
廃鶏について尋ねると「うちは雛の状態で買ってきて育て、卵を産むようになったら卵をいただき、産まなくなったら参鶏湯にして直営のレストランや加工品で販売しています。鶏の一生を残すところなくいただいているんです」とおっしゃっていた。そしてこの参鶏湯を食べさせていただいたのだが、大人の鶏にしかない旨味が凝縮されていて本当においしかった。近々お取り寄せしたいと思っている。
最終日、久しぶりに見るオレンジの夕焼けを眺めながら「二つ目のふるさと」について考えた。たぶん、二つ目のふるさとになりうる場所は、日本各地に山ほどあるのだと思う。都心を離れれば自然が近くなるのは当たり前で、どの県にも郷土料理やご当地グルメがある。人が密集している都会に比べれば家賃は下がるだろうし、人も少ないから満員電車も乗らないですむだろう。
誰かにとってのセカンドふるさとは、その人が持っている縁や人生の流れによって出会うのだと思う。そして誰かが日置にたまたま訪れたとしたら、それはきっと幸運なこと。日置の魅力は一点突破の魅力ではなく、柔らかく輝く魅力がたくさんあるところだ。鹿児島市内からのアクセスの良さ、海と山の自然、穏やかな気候、豊かな食文化、圧倒的に新鮮な魚、そこら中にある温泉……東京の生活にちょっと疲れたとき、こういう場所でゆっくり過ごしたい。
地域の暮らしを味わうような滞在ができる場所は、“セカンド”と言いながら、いくつもあっていいのだ。これから先の人生、ずっと東京で生活するのは考えづらいいまの私にとって、いろんな場所に滞在しながらその土地の暮らしぶりを覗けるのはとても意味がある。どう人生が転んでも、自分の心地よいと思える場所に頼れる人がいることは心強い。そういう拠りどころがあれば、タフにしなやかに生きていける。
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このnoteは、「セカンドふるさとプロジェクト」の体験レポートとして、主催者の依頼により執筆しました。 #PR