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キューバのキッチンシリーズ Vol.5 仕出し料理屋を営む 元船舶料理人の女性の清貧なキッチン

この記事は2018年に私がキューバを旅して、6つの普通のお家のキッチンを取材した様子を「住まいマガジン びお」に掲載したものです。住まいマガジンびおの担当者のご厚意により、私のnoteにも転載させていただくことになりました。暮らしに関するおもしろい記事がたくさんありますので、ご興味ある方はびおさんものぞいてみてくださいね。

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近所の人たちのために作る料理

キューバで5件目に取材したのは、ハバナの旧市街で地域の人に向けた仕出し料理屋を営む女性、タマラ・サポティンさん。街の通りから一本入った細い道を進むと、彼女の家が見えてくる。

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細いアプローチを通り、家に上がらせてもらう。入り口すぐにL字のキッチンが併設された小さなリビングがあり、彼女は日々このキッチンで仕出し料理を作っている。言わば、家でありながら仕事場だ。

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使い込まれたキッチンは、ところどころに傷がありながらもとてもきれいに使われている。元料理人というだけあって、清潔さには人一倍気をつかっているようだ。
彼女はいま、息子と二人でこの家に住んでいる。取材を始める前に私が「タマラさんの料理が食べたい」とお願いすると、快く作ってくれた。

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彼女が旧市街で仕出し料理を始めたのは17年前になる。日々の仕事について聞いてみた。
「仕出しはお昼だけ営業していて、一日平均30食ほど作っています。お客さんはオビスポ通り(街のメイン通り)でお店を営んでいる人が多いですね。飲食店を営んでいたとしても、忙しくて昼食は私に頼む人も少なくありません。料金は一律1cuc(約110円 ※2018年4月時点)です。そのなかで工夫しながら毎日メニューを変えています。
仕出し料理を始める前は、キューバからアジアなどに行く輸出船の食堂で料理人をしていました。当時は乗組員200~300人分の料理を作っていたのですが、30食なのでだいぶ楽になりましたね。」

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タマラさんのある日の献立
・コングリ(黒豆とご飯を一緒に炊いたご飯)
・薄切り豚肉と玉ねぎのステーキ
・サラダ

「大事なことは、料理が好きなこと」

話をしている間にささっと一皿が完成した。素朴な味のコングリ、玉ねぎの甘みがよく合う豚ステーキ、口直しのサラダという完璧なバランス。薄味でしつこさがなく、手が止まらずにするすると食べきってしまった。私が「リコ!(rico:スペイン語でおいしいの意味)」と言うと、柔らかく微笑んでくれた。

タマラさんは船の料理人になるためにキューバのホテルで修行をしたそうだ。本格的に料理を学んだだけあって、今日のステーキには白ワインやビネガーなどで下味をつけるなど、玄人らしい繊細な技が効いている。そのほかにも食材と調味料の組み合わせでいくらでも味のバリエーションを出せることや、ロブスターなどキューバで獲れる食材のおいしい調理方法を教えてくれた。
料理について聞いてみると「料理はとても楽しいです。好きじゃないとこの仕事はできません。料理が好きじゃない人が作った料理は、食べればすぐにわかります。」と語ってくれた。彼女はホテル、船の上、キューバの街中と場所を変えながら料理の腕を磨き続けている。60歳になってもなお料理への好奇心に溢れていて、その姿が純粋にかっこ良いと思った。

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キューバ滞在最後の日、街で偶然タマラさんと再開した。私と目が合った瞬間、屈託ない笑顔でこちらにかけ寄って、強く抱きしめてくれた。タマラさんの愛情表現が豊かで、人との距離が近いからそうしてくれたのはもちろんなのだが、きっと私が彼女の料理を食べているのも関係していると思った。
料理を食べてもらうという行為は、愛情を受け取ってもらうこととかなり近い行為だと思う。料理を普段からよくする身としてそう思う。きっと彼女にとっての料理とは、地域の人たちを愛する方法なのだと腹に落ちた。

次回は、キューバの田舎町で民泊を営む夫婦のキッチンを紹介したい。ゲストが食事をする屋上テラスまでDIYしてしまう腕の持ち主。どうぞお楽しみに。

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