島ひるごはん vol.8 「棚田の新米ものがたり 2021」
今回の島びとは、稲作農家の大峯正敏さんです。
小豆島の中心に位置し、湯舟の名水を水源とする中山の千枚田では、今年も8月の下旬から稲刈りが始まりました。
「八日目の蝉」ほか映画やドラマのロケ地としても使用され、観光地としても人気の美しい棚田を収穫シーンを取材したい!
思い立ってしまったものの、米農家にとって最も忙しい時期に取材など迷惑千万のはず。
難しいことを承知で農林水産課に相談したところ、紹介頂いたのが中山湯船水利組合の組合長をされている大峯正敏さんでした。
緊張しながら取材を申し込みに行ったところ、意外なほどあっさりと了承を頂くことが出来ました。
小豆島は中山生まれの中山育ち。
幼少の頃から稲作を手伝い、クリーニング店や酒屋などとの兼業時代を経て、30年程前からは稲作に専念されている大峯さんの米作りのキャリアは60年以上。
日本の他の地域に漏れず、中山地区でも手間がかかり割りに合わない事も多い棚田での稲作を諦める農家は少なくありません。
そんな中、耕作放棄地になりかねない棚田の稲作を頼まれれば引き受け、一時は1人で棚田を含む3haもの稲田で米作りをされていたという大峯さん。
日本の風土に適し、太古から日本人の生命そのものを支えてきた米作りを誇り、“しんどい事は百も承知“で“誰かがしないといけない“稲作を続けられてきた小豆島を代表する稲作農家のひとりです。
平地の水田に比べ、機械が入りづらいことなどから要する労力が何倍にもなると言われる棚田での稲作作業。
実際に収穫作業に2日間密着させて頂いて、それが決して誇張でないことを実感しました。
化学肥料は極力使わない大峯さんの棚田では、雑草も多いことから稲刈りの前にはまず雑草取りを行います。
棚田一面雑草取りが終わってからようやく始まる稲刈り作業。
機械が入りづらい場所に位置する小さな棚田の場合は鎌による手作業で一面の稲をザクザクザク、と小気味いいテンポで刈り取られて行きます。
朝早くから始まった手作業での稲刈りに一区切りがつくと、いよいよお昼ごはんです。
忙しい時期には昼ごはんを抜かれる事も多いそうですが、時間がある際はご自宅でとられるとのことで、お邪魔させて頂きました。
現在一人暮らしの大峯さん。
台所でも棚田と同様、無駄のない所作でお昼ごはんを準備されていきます。
驚いたのが卵3つ!で作る卵焼き。大峯さんのお昼の定番メニューだそう。
味付けはシンプルに塩胡椒。
バターを敷いた卵焼き器を熱した後、卵液を流し入れ慣れた手付きであっという間に美味しそうな卵焼きが完成しました!
この日の大峯さんのお昼ごはんは、
どんぶり入り自家製新米のごはん(おかわり1回)
特製卵焼き
らっきょう酢
お味噌汁
たくあん
さらにデザートには頂き物だというマスカットまで。
一年のうち最も忙しい農作業の合間に手早く用意された食事とは思えないなかなかの充実ぶりではないでしょうか?!
たっぷりとエネルギーを補給し終えた頃、タイミングよく事前注文の新米を引き取りにお客様が訪ねて来られたことをきっかけに、午後の部のお仕事の開始です。
機械が入る場所であればもちろんバインダー(稲や麦の刈り取りと結束を行う農業機械)やコンバイン(稲や麦を収穫しながら脱穀を行う農業機械)を巧みに操作し、作業を進められていました。
元来の研究熱心さもあり、大抵の機械の故障であればたとえ必要な部品が廃盤になっていても、類似の代用品を取り寄せて自ら修理するという大峯さん。
島内の他の農家から農業機械の故障にについての相談を受けることも多いと言います。
さらに、大峯さん所有の倉庫にどっしりと鎮座している3台の大きな穀物乾燥機。
この乾燥機は年のうち収穫時期にあたる2ヶ月間フル稼働し続け20年以上。
島内の多くの米農家に頼りにされているようで、この時も他の米農家から依頼された米を、負担のかからない温度で通常より時間をかけて乾燥中でした。
ここ数年は調子が悪くなることも増えてきたこんな大型機械でさえ、「修理に出すより早い」と大峯さんは自ら不具合の箇所の見当をつけ、直してしまうことが多いそうです。
コンバイン運転時には基本着席することなく立ったまま。
詰まりの原因になる長い雑草を巻き込まないよう目の前を確認しつつ、不規則な地形での収穫を出来る限り効率的に安全に行う為に全体に注意を払い、さらには後方の脱穀や藁切りの調子にも気を配り、豊かに実ってくれた稲穂を無駄なく刈り取られていきます。
それまでの饒舌さは影をひそめ、あらゆる方面に意識を張り巡らしてコンバインを操作される大峯さんの表情は真剣そのもので、その緊張感が私にも伝わってくるようでした。
実は危険な職業でもある農業。
作業中の死亡率は、高所作業も伴い危険が多いイメージのある建設業の2倍とのこと。
お知り合いの中にも大事故に遭った方がいらっしゃる大峯さんの機械の扱いは無駄がないながら常に慎重です。
大峯さんの棚田は化学肥料が控え目だからでしょうか。
たくさんのバッタやコオロギをはじめ蛙やトカゲも、刈り取られた稲わらの間から元気に飛び出ていくのを目にしました。
仕事を終え倉庫隣接の休憩室に戻ると、経験豊富な大峯さんならではの様々なエピソートを話して下さいました。
江戸時代から続き、重要有形民族文化財指定の中山の歌舞伎舞台で奉納歌舞伎の主役を演じられた時の裏話。
地域の人々が楽しみにしてきたそんな農村歌舞伎を鑑賞しながら楽しんできた歴史のある特注の「割子弁当」にまつわる話。
お遍路さんを「おせったい」する為に、夜明け前から準備した大量のあんこ餅のこと。
「小豆島駅伝」に長年参加されて際には、子供の頃から坂の多い中山の新聞配達で鍛えた足で選手・監督両役で活躍された話、など。
大峯さんの小豆島愛・中山愛の強さを感じます。
2020年からはやむなく中止されているイベントや行事に関わるイキイキしたお話も多く、今年移住した私にとってもとても新鮮で、まだまだ知らない小豆島の顔の数々をいつか私も実際に見てみたい、という思いを強くしました。
南北朝時代からの歴史のある中山の棚田の景色が現在も守られている背景には、大峯さんをはじめとする多くの人々の想いと行動があります。
大峯さんたちベテラン農家に加え、この棚田を次の世代に繋げるための取組みに若い世代も参加し始めています。
今年、地域おこし協力隊として着任した中山棚田活性化推進員の小木曽裕紀さんもその1人。
棚田での作業を身を持って経験しながら気づいた課題をいかに解決に導けるか。これまで国際的なプロジェクトに関わってきた経験を生かしながら今後実行していく予定です。
大人気の大峯さんの新米を幸運にも分けていただけたので、土鍋で炊いてみました。
艶やかな見た目に勝る芳醇な美味しさで、これほど米の味をじっくりと味わったのは久しぶりです。
そのお米が育った場所もその作り手も知った上で安心して頂いた炊き立てのごはん。
食料自給率が低い今の日本で、そのひと口の食材の生まれも育ちも知ることはとても贅沢なことなのかも知れません。
作り手の苦労を取材を通して知った後では、「これからも是非この美しい棚田の景観が続いて欲しい」と簡単に言ってしまうのは少し無責任なような気もします。
これからも美味しい米を食べ続けたい、日本の棚田の美しい景色が今後も保たれて欲しい、と思う私自身も「米作り」についてせめてもう少し勉強し、できる形で今後も関わっていこうという思いを新たにしたのでした。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?