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【小説】 地震が予報できるようになった未来の話

 水曜暮れのオフィスに警報が響いた。吸い付くような音とともにスマホが震え出した。赤い警告文が画面いっぱいに広がる。気象庁の「地震予報」だった。はぁ〜という溜め息が部屋中を埋め尽くした。

 震度7の大震災が来るという。今週末の土日、つまり今から3日後に。時刻まではわからない。地震予報は傾向として早めの警戒を呼びかけるので、月曜までずれ込むこともあり得た。

「どうしましょうね、これ」
 という社員Kの声とともに、他の社員たちの視線がプロマネに注がれた。差し込む西日を背にしたプロマネは、カレンダーと進捗状況をしばらく見つめた後、いくらか芝居がかった声で、
「金曜に終わらせるぞ」
 とつぶやいた。

 重いオフィスの空気がさらに重たくなった気がした。納期は来週となっていたが、それほどの大震災が来るとなれば鉄道会社も計画運休するはずだ。仕事が回るはずもない。少なくともその想定で動かなければならない。地震予報を聞いておきながら、「交通網の混乱を想定していませんでした」というわけにはいかないのだ。

 JRのサイトを見ると、もう木曜・金曜の新幹線指定席は始発から終電まできれいに埋まっていた。面倒に巻き込まれないようにと、早めに被災地を避難する住民がそれだけ多くいるのだ。唐突に納期が早まった社員Kからすれば、悶えるほど羨ましい身分だった。

 地震はここ数年で予報精度が劇的に向上し、台風と同様「準備のできる災害」へと変わっていた。大深度地震計と陸域観測衛星コンステレーションによる地質情報の急増、それらを活用するAI技術がもたらした成果であった。

 ただ普段から防災など意識しない社員Kにとっては、地震予報は急なスケジュール再調整を要求する面倒の種、という印象だった。久々に土日をフルで休めそう、というのが地震予報で得られた唯一の良いニュースだった。

 オフィス内はすでに定時を過ぎていたが、部署の社員はほぼ全員居残り、あわただしく手を動かし、ホワイトボードの前で激論を交わしている。

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