任意の天ぷらを作ろう
キッチンの戸棚をあさっていたら賞味期限が近い(過去方向に)サラダ油が発見された。捨てるには忍びない量なので、消費のために任意の天ぷらを作ることにした。
一人暮らしに揚げ物はハードルが高いと思われがちだが、思想的にはごくシンプルだ。「茹でる」の水を油にしただけである。100℃で沸騰する水と違って、油は160〜180℃で食材を強熱することができる。つまり「弱火に対する強火」があるのと同じように「茹でに対する揚げ」が存在していると言える。
そう考えると、揚げ物がエビ鶏サツマイモ紫蘇など限定的な食材のみを対象にしているのは想像力の欠如というほかない。今回は思いつくままの食材を天ぷら衣につけて、人間の可能性を拡張することにしよう。
具材は上の写真のとおりである。この他にパイン缶を買ったが、自宅に缶切りがないことが発覚して断念。人間の可能性とは道具の使用であり、道具のない人類はチンパンジーよりも無力だ。
最近では「天ぷら粉」というものが市販されており、水に溶かすだけで氷も卵も使わずに衣が完成する。食品技術の進歩は素晴らしい。そのうち「吸っただけで天ぷらを食べたことになる粉」とかが発売するに違いない。
まずは無難に「まんじゅうの天ぷら」を作ろう。これは会津地方のご当地グルメとして知られており、すでに約束された勝利と言える。
普通にうまい。ふわふわのまんじゅうがカリッとした衣をまとうことで「外はしっかり、中はふわっと」という食感の黄金比が完成する。さらに衣とあんこの相性がたいへん良い。あんドーナツと違って内部に空気がほとんどないので、甘みと油の快感がよりストレートに脳に注入される。コンビニの商品開発部はただちにホットスナックへの導入を検討するべきである。
続いて「ゆで卵の天ぷら」を作る。茹でたものをさらに揚げるのは二度手間もいいところだが、手間を惜しんではイノベーションは生まれない。
外見はそれっぽくできたが、食感としては「普通のゆで卵 + 無関係な衣」だった。ぷりぷりのゆで卵の表面が衣とまったく噛み合わないのだ。唯一のメリットは「醤油がつけやすい」である。ゆで卵はその撥水性ゆえに塩派・マヨ派の対決が事実上の決勝戦となって久しいが、衣を纏わせることで醤油派による大番狂わせが可能になるかもしれない。
ノリが掴めてきたので次は「フルーツの天ぷら」を作る。ヨーグルトと蜂蜜をかければご機嫌な朝食になる構成だが、今回はこれに衣をつけて揚げていく。
まずバナナの天ぷらは無難にうまかった。まんじゅうの時点で証明されていたが、柔らかくて甘いものがカリッとした衣をまとうと人民の勝利が確定する。ただ少し味が単調である。シナモンパウダーがあれば良いアクセントになるだろう。ないのでコショウを振ってみたが全く変化がなかった。コショウをこんなにも「無」にできる食品ってあるんだ。
洋梨の天ぷらも柔らかくて甘いが、こちらは水気が多すぎるせいで、油の衣との相性がいまひとつだった。甘さが熱でいい具合に強調されていたが、これなら電子レンジで加熱したほうがよさそうだ。
続いて柿の天ぷら・リンゴの天ぷらである。こうした固めの果物も、加熱すればバナナ同様にフワフワになる(アップルパイを想像すればいい)。これがカリカリの衣と相性がいい。
ただ内部まで熱が通らず固い芯が残ってしまい、食感を損ねてしまっていた。フライドポテトのように細く切れば熱が通るだろうが、ガツガツ食べられる厚みがないのは寂しい。
しかし、ここで天ぷらならではの打開策が存在する。衣自体の粘着性を利用し、細切りした食材を接着させるのだ。俗にいうかき揚げである。普通に考えると今さっき食べた柿の天ぷらが「かき揚げ」のはずだが、そういう話はゆる言語学ラジオにでも振っていただきたい。
ということで余ったフルーツを細切りにして衣につける。このまま鍋に放り込むと崩れてしまうので、「かき揚げ 作り方」で検索し、(1)具材に片栗粉をまぶす → (2)木べらを鍋に突っ込んで油に浸す → (3)その上に食材を乗せる → (4)鍋に戻して固まるまで待つ → (5)木べらから滑り下ろす、という手順があると知る。初見じゃ絶対わからん。
完成。見た目はふつうの野菜かき揚げだが、さっそく食べてみよう。
うまっ。今日食べた中で一番うまい。優勝。
バナナの天ぷらも甘くてうまいが、味が単調という難点があった。このフルーツかき揚げはリンゴの酸味や柿の渋みがうまいこと相互に補完しあい、油と一体となってハーモニーを奏でている。もはや「フルーツミックス」と聞いてヨーグルトやジュースを想像するのは時代遅れだ。フルーツミックスかき揚げが新時代のスタンダードである、とここに宣言しよう。
ということで、胃もたれと引き換えに素晴らしい新メニューを獲得し、無事にサラダ油も使い切ることができた。なお、かき揚げで使った片栗粉も賞味期限が迫っていたため、次回は「任意のあんかけ」を作って新時代を築こうと思う。
【補遺】
ピーマンは冷蔵庫に余ってたので入れた。既知のおいしさだが箸休めに良かった。豆腐の天ぷらはゆで卵と同様で衣の意味があんまりなかった。アボカドは88円だったので買ったが、中身が天然痘患者の皮膚みたいになっていたので捨てた。食パンの天ぷらは余った衣を吸収するので後片付けには有用だが、油を同じ勢いで吸収して食用に適さない味になった。バターを表面にしか塗らない理由がよくわかった。
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