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序章 26年勤続していた保育園に行けなくなった私の話 4

退職への道 その4

※アメブロで2014年に書いた「自分史」を加筆・再考し掲載しています。


勤務時間中に保育園を出て
思わずそのまま車に乗りこんでしまった私。

耳元に聞こえる「なにかの声」が止まらなくなりました。

「このまま帰っちゃおうよ、もういいじゃん♪」

車に乗り込んでキーを刺しこもうとしたけど
手が震えてうまく差し込めない。

なんとか差し込んだキーを右にねじったら
ガタガタガタって車が言いました。

門番をしてくれている
ガードマンさんと目が合いました。


手が震えすぎておかしい
呼吸もしづらい。


バックミラーごしにみえる
事務所の大きな窓から園長の背中が見えました。


ああ・・・

もう
すべてがどうでもよくなりました。

「早く出ちゃおうよ、もういいじゃん!!」

またそんな声が聞こえて


気づいたら
わたしは夢中で車を出していました。

いつもは絶対に気を付けている
保育園の前のロータリーがうまくまわれず

でも早く立ち去りたいためのスピードがとめられなくて

キキキキーーーーーという音が響きました。

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今思っても、人生で一番危ない状態で運転したと思います。

そして

そのあと
帰宅した私はどうしたかというとね。

なにもなかったような様子で
そのまま次男の参観に出席しました。

(たぶん)笑顔で

(たぶん)いつもとおなじわたしで

なんの参観だったかも覚えていないけど
いつもとおなじように普段なかなか会えないママ友と雑談までして帰宅しました。

ママ友から
「今日は(仕事に)もどらなくていいん~?よかったね」
って声をかけられて。


・・・・あ、そやった( 'ェ')

「戻らないといけない」んだ。


・・・・


玄関までは戻ってきて
しばらくそこにそのまま立っていたのですが

靴も脱げない。

玄関先の板の間に
そのままばったり倒れてしまいました。

「もう、いや・・・・」
時計は3時をとうにすぎていました。


3時といえば
保育園のこどもたちが起きておやつを食べる時間。

戻らなくっちゃ・・・・・

また聞こえました。

「ううん。

もう二度ともどらなくていいよ」

4時をすぎました。


あのお母さんが子どものお迎えにやってくる時間です。

今朝のこと、謝らなきゃ・・・・

「もう何度も何日も謝ったよ。」

「これ以上なんで謝らなきゃいけないの?」

「謝ったってきっと許してくれないでしょ?」

「明日また、同じことの繰り返しだよね?」


5時をすぎました。

職員会議はじまってる・・・・

さすがに自分でも頭の中ではまずいと思いました。


でも
やっぱり聞こえました。


「もういいじゃん。そんなのどうだって」


6時

携帯の着信が響きました。

きっと保育園からだ。

・・・・

着信を見るどころか
携帯の画面をひらくことさえできませんでした。

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気付いたら夜の9時をまわってました。


わたしはまだ玄関先におりました。
転がったままです。

靴は半分脱げて
顔が痛いので板の間の跡がついてるんでしょう。


顔の下は濡れてました。
涙なのかよだれなのかもわかりません。


わずかに思考がうごきました。
どうしよう。

あたし、きっととんでもないことをしてる・・・・

でも、もう行けない。

一体どうなってるのか
身体がぜんぜん思い通りに動かなくなったわたしは

いつ帰ってくるかわからない旦那に
この姿をみられるのがいやで

ずりずりずり・・・・ずずずず
と寝たままの状態でひきづるように自分の部屋まで移動していきました。


ちなみに
この頃の私は90キロありました。
なのでその姿はまるでワニワニみたいだったと思います。

このワニさん、ズリズリ、ズズズ・・・・って移動します。

起きようと何度か試みました、が。
もう、骨盤が縦にならないんです。


トイレまでもズリズリズリ・・・・でいってました。

トイレにあがるときに体重をかけすぎて
便座を割りました。

ちなみに
わたしがそんな状態になっていても
息子たちは私がみえないかのようにまたいで歩いて通過していました。


それさえも
わたしにはもうどうでもいいことでした。

誰からもみえなくなってもいいわ。
くらいに思っていました。


ということで。
こうして


大人になってはじめての『保育士でないわたし』になる日々が
スタートしたわけです。

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