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たいち君の場合(8)

深夜いつもの「遊び相手」を探していたとき、偶然にも、あの時の相手を見つけた。たまたま彼も、近くに引っ越していたらしい。話は早かった。今度は逆に、僕が彼の部屋に行くことになった。僕のマンションからは少し距離があった。歩調を強めて歩いた。相手にたいち君を重ね合わせ、あの冬の日に、相手を貪り尽くした時の快感を思い出した。彼のマンションまでの距離は、もう一度それ求めてやまない欲求を何度も反芻させ、心と中心を疼かせ、脈動させ、破裂させるには十分すぎる距離であった。

リエゾンが切れかけているたいち君から連絡があった。久しぶりに会いに行く。あの部屋でたいち君は、僕が大好きな料理を作って待っている。オムライスでも食べた後、ソファーで一緒に横になる。「ゆういち、実は——」。僕はなにも言わずに覆い被さる。彼の全身を犯し尽くす。彼は受け入れる。

疼き、脈動し、破裂寸前の欲求はこんな風にも変換され、気分の高まりをより一層加速させた。僕は、中心の付け根あたりの痺れ、疼き、そして鼓動の高まりを抑えることができなかった。歩きながら、もう半分勃起していた。

部屋に着いた。暗い。僕は全て脱いだ。ベッドで横になっている彼の隣に、中心を見せつけるようにして立った。彼は僕の中心とその先を軽く握り、腰に手を回し、ベッドへと導いた。始まった。口を塞ぎ、絡ませた相手の舌を甘噛みするたびに、脰(うなじ)に舌が這うたびに,僕の中心が、相手の中の「例の膨らみ」を擦るたびに、相手は、私の首に、汗ばむ背中にしがみつき、奥をヒクヒクと痙攣させ、呼吸とも喘ぎとも取れない声を漏らし、身体を弓のように撓(しな)らせた。全てはあの日と同じだった。

レースのカーテン越しに差し込む街灯の光が、たいち君を連想させる彼の顔を照らしていた。僕は中心を相手の奥に押し付けたまま、呼吸のたびに煩悶し、表情が揺らがせ、疼きを振り払うかのように左右に頭を振っている相手の顔を——はっきりと、ではなく、朧げに——眺めた。

僕の背中にしがみつき、息も絶え絶え肩で呼吸をしているのは「たいち君」であり,僕の(仮の)名を呼ぶのは彼であり、縋(すが)るように僕の顔を見つめ、さらなる中心の反復を求め、時には顔をそらして、脰に僕の舌を欲しているのは彼であり、何より眺めている相手は「たいち君」である——。

僕はそう認めた。自らをそう認めさせた。僕の心は——いまの心の向こう、つまり本当の僕の心は——、たいち君の顔を、たいち君の声を、たいち君の匂いを求め、それらを必死に探している。顔を求めるために相手を見る。相手の口をふさぐ。そのとき僕は目を閉じ、瞼の向こうにたいち君を描いた。声を求めるために、僕の中心を相手の例の膨らみに激しく突き当てた。匂いを求めるために脰を貪った。

僕の中心は、弓に番(つが)えられた矢のようだった。僕の中心の反復は、自然と、いや必然的に激しくなっていた。次第に内部から痺れとともに「何か」が込み上げて来て、矢のようにまっすぐと、相手の奥にばら撒かれた。僕は番えられたまま果てた。腰が砕け、相手の脰に顔を埋めた。息が上がっている僕の鼻腔には,相手の匂いが吸い込まれて来た。しかしそれは、たいち君の身体の匂いではなかった。ふとお腹のあたりに、液の溜まりを感じた。もう一本の矢(彼の中心)も、番えられたまま,いつの間にか、その先から熱いもの撒き散らしていた。身体を起こそうとすると「まだこのままで」と相手は言い、僕の背中に手を回した。——もちろんその声は、たいち君の声ではなかった。

僕も相手も息が整うまで、そのままの状態でいた。お互いの身体は火照っていた。お腹の液の溜まりもまだ温かかった。どちらからともなく、ふたたび口を塞いで、貪るように舌を絡ませた。お互いの唇のつなぎ目からは、透明に液が滴っていた。もう一度相手の顔を見た。たいち君ではなかった——。

ことを済ませて、僕は帰路に着いた。長い帰路。とても寒い。いつの間にか早足になっていた。虚無感で全身を氷結させるには、余りある距離と寒さであった。確かこの日も、あの前回と同じように、冬であった。雪が降りそうな夜だった。

僕は思い出した。あの日の夜——たいち君が彼の部屋で、僕の失恋を慰めてくれたあの夜——を。あの時と同じように、この日も月がとても綺麗であった。もちろん、隣に彼はいなかったけれども。

この空の下のどこかにいる「たいち君」に問いたかった。僕がしていることは、果たして悪いことなのだろうか。僕は月を睨みながら、必死で色々な感情と虚無感を抑え込み、怒りを込めて呟いた。

——君が悪い。

追記:
Westenra Hayleyによる「雪の華」のカバーを聴いています。
英詞(手を入れたいところもあるけれども)をみると、しみじみとした感情に浸ることができました。外は夏なのに。今日は一人だったので、聴きながら、ついでに(7)を推敲していました。不覚にも泣いてしまいました。僕、現代音楽が専門なのに……。

Together hand in hand we walked through evening gloom
Long shadows on the pavement, cast from the sunset sky
If only this would last until the end of time
And if this is forever I swear that I could cry

The northern wind starts to blow
And the smell of winter's in the air
As we take each step upon the ground
The season of love grows near

We could share the very first snow-flowers of the year
in your arms where I belong
Watch as the city turns from grey to white / The day turns into night

Love that floats like wayward clouds,
that's not what we're about
Sure and strong is my love for you
And it comes from the bottom of my heart

With you by my side, to catch me when I fall
I can cast my fears aside; feel twice as tall
If only this would last, this smile upon my face
And if this is forever, you're my saving grace

The nights were so cold without you
And the days were always short on light
Now a fire's warming me through
And suddenly this upturned world is feeling right

We could share the very first snow-flowers of the year
in your arms where I belong
Watch as the city turns from grey to white / The day turns into night

Love that floats like wayward clouds, that's not what we're about
Sure and strong is my love for you
And it comes from the bottom of my heart

If there comes a time when you have lost your way
I'll turn myself into a star to guide you through

If ever you find tears upon your face
I will be there, always be there for you

We could share the very first snow-flowers of the year
in your arms where I belong
Watch as the city turns from grey to white / The day turns into night

Love that floats like wayward clouds, that's not what we're about
Sure and strong is my love for you

The city turns from grey to white / The day turns into night
We could share the very first snow-flowers of the year
in your arms where I belong

Cold winds from the North blow / The sky casts its last glow
But you and I are standing strong

たいち君の場合(9)に続く。

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