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【物語】最後の夜汽車

ベッドに入って目を閉じると、ボクはいつも、駅のホームに立っている。

誰もいない海の上の駅。見えるのは、海と夜空の境目だけ。水面は、夜空を映した濃紺。月までの道が、白く輝きながら、揺れていた。
足元には、沈んだ線路。月明かりを反射した小さな魚が、線路の上を行ったり来たりしている。魚がいっせいにいなくなると、遠くで汽笛が聞こえた。

連結された車輪を、ゆっくりとまわしながら、夜汽車は駅にとまった。白い煙が、夜空に吸いこまれていく。重そうな扉が開くと、コウテイペンギンの車掌が立っていた。

「やあ、キミ」
「こんばんは、車掌」

コウテイペンギンの車掌が、ボクの切符をカチンと切る。

「今夜で、最後だね」
「どうして?」

ボクは、切られた切符を受けとった。

「大人に、なるからだよ」
「ならないよ」
「なる、ものなんだよ」

車掌は、少し淋しそうに見えた。なぜ、大人にならないと、いけないのだろう。ボクは、切られた切符を見つめる。

「乗らなければ、ならなくていいの?」
「乗らなければ、乗らなかった大人になる」
「乗ったら?」
「乗った大人になる」

車掌は、通路を開けるように身体の向きを変えた。ボクは、手すりを掴んで、夜汽車に乗った。

ゆっくりと車輪が動き出す。窓の向こうは、海と夜空の境目だけ。静かな夜が、窓から入ってきた。
夜汽車が方向を変えても、月までの道だけは、真っ直ぐボクにのびている。ガタン、ゴトンと規則正しいリズムが心地いい。車両の入り口から入ってきた車掌が、ボクの前で立ち止まる。

「もしキミが、大人になっても、覚えていたら」
「覚えていたら?」
「キミが来たここを、物語にしてほしい」
「どうして?」
「キミが覚えていることを知りたいんだ」
「わかった。約束する」

車掌は、笑ったように見えた。月明かりがまぶしくて、よく見えなかったけれど。

それから、海の上の駅には、行けなくなった。どうやら、大人になったらしい。証明書をもらったわけでも、明言しているわけでもないけれど、曖昧に大人になるらしい。
ボクは、大人らしい大人ではないかもしれない。夢を握ったまま大人のふりをしているだけかもしれない。

ひとつだけ、わかっていることは、ボクは、最後の夜汽車に乗った大人だということ。
車掌、約束、守ったよ。


お題: #雲の詩沫

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