【物語】風吹く丘の林の中で
小高い丘の真ん中に、かわいいお家が建っていました。赤い屋根に白い壁。そのお家の裏庭の奥に、小さな林がありました。そこでは、動物たちが暮らしています。
朝日がのぼると、一番高い木の上で、モズが鳴きます。
「おはよう、朝がきたよ」
その声を聞いて、みんなが起きてきます。リスは、朝日を見に、細い枝をちょこちょことのぼります。野ウサギは、耳をピンと立てて、風の音を聞いています。ガサゴソと木の穴から出てきたのは、タヌキ。
「おはよう。みんな、早起きだね」
大きなあくびをしながら、伸びをします。子ギツネも、みんなの声を聞いて起きてきました。木々の間から入ってくる朝日が、キラキラと輝いています。子ギツネは、まぶしくて目をしょぼしょぼさせました。
「おじいちゃんとおばあちゃんのところに行こう」
シジュウカラが、ピョンピョンと幹をはねながら言いました。
「今日は、なにかなぁ」
「楽しみだね」
鳥たちは、林の高い木を越えて、裏庭の木にとまります。動物たちは、林と裏庭の境目から、お家の様子をうかがいます。
「今日も素敵な日ね」
お家の勝手口から出てきた、おばあちゃんが言いました。おじいちゃんは、両腕を空に伸ばして、朝の澄んだ空気を胸いっぱいに吸いこんでいます。
「さぁ、みんな、一緒に食べよう」
おじいちゃんの声を聞いて、シジュウカラがベンチの手すりに舞いおりました。
「おはよう、今日も元気だね」
おじいちゃんは、ベンチに腰かけると、そのとなりに小さなお皿をおきました。入っていたのは、小さく刻んだリンゴとナッツでした。
「みんな、いらっしゃい」
おばあちゃんがみんなをよぶと、林から動物たちがゆっくりと出てきました。ちょこちょことベンチをのぼったリスは、一度、おじいちゃんの顔を見上げました。
「めしあがれ」
おじいちゃんの優しい顔を見て、リンゴをひとかけらかかえます。タヌキと野ウサギもおじいちゃんの足元で、食べはじめました。子ギツネは、少しはなれたところで見ています。
「さぁ、お前も、こっちにおいで」
おじいちゃんの手には、リンゴがのっていました。子ギツネが、ゆっくりと近づくと、おじいちゃんは芝の上にリンゴをおいてくれました。少しずつ近づきながら、子ギツネもリンゴを食べはじめました。
おじいちゃんは、動物たちにかこまれて嬉しそうに笑っています。おばあちゃんは、花壇のお花に水をあげながら「ふふふ」と笑います。心地いい風が、裏庭をつつんでいました。
動物たちが、林へもどっていくのを見送ると、おじいちゃんとおばあちゃんは、勝手口からお家に入っていきました。子ギツネは、それを林と裏庭の境目で見ていました。
子ギツネは、おじいちゃんのことも、おばあちゃんのことも大好きでした。でも、まだみんなのように、うまく甘えることができません。
「ボクも、いつか、おじいちゃんのとなりに行きたいなぁ」
そう思いながら、裏庭を見ていると、花壇の前がキラリと光りました。
「なんだろう」
子ギツネが、まわりの様子をうかがいながら、ゆっくり近づいてみると、それは綺麗なブローチでした。蝶々の形をしたブローチは、太陽の光に照らされて、キラキラと輝いていました。
「わぁ、なんてキレイなんだろう」
子ギツネは、蝶々のブローチをくわえて、林に持って帰りました。大きな木の根元に、葉っぱを集めてつくった寝床に、ブローチをおきました。少し暗い木の根元でも、ブローチはキラキラと輝いていました。
子ギツネは、ブローチを宝物にしました。毎日毎日、大切に抱きしめて眠りました。
冬を乗り越え、春が通りすぎました。その間に、子ギツネは、おじいちゃんのとなりにいられるようになりました。おじいちゃんの大きな手で、頭を撫でてもらうと、とても安心できました。
毎日、みんなと一緒に、おじいちゃんとおばあちゃんに会いに行くのが、とても楽しみでした。
ある日、みんなで会いに行くと、おばあちゃんだけがベンチに座っています。おばあちゃんは、悲しそうにうつむいていました。
子ギツネがおばあちゃんに近づくと、おばあちゃんの目には、涙がいっぱいたまっていました。子ギツネは、一生懸命、おばあちゃんの手をなめます。
「おばあちゃん、どうしたの? 痛いの?」
おばあちゃんは、子ギツネを見つめて、たまった涙を流しました。
「ありがとう、ありがとう」
おばあちゃんは、そうくり返すばかりでした。
その日から、おじいちゃんは、お家から出てこなくなりました。毎朝、おばあちゃんだけが、食べ物をもって、出てきてくれました。
子ギツネは、毎朝、おばあちゃんの手を一生懸命なめました。おばあちゃんの痛いのが、早く良くなるように。そう思ってなめました。おばあちゃんは、いつも「ありがとう」と言って、子ギツネの頭をなでてくれました。
新しい春の風が吹くころ、おばあちゃんは、子ギツネに「もう大丈夫よ」と言いました。子ギツネは、安心して、最後にペロッとおばあちゃんの手をなめました。
みんなと一緒に、おばあちゃんにもらった食べ物を食べていると、幹の上から、シジュウカラが言いました。
「今日は、おばあちゃんの誕生日なんだって」
「じゃあ、プレゼントを準備しなきゃ」
リンゴを抱えたリスが、みんなに言いました。
「夕方までに、ここにプレゼントをおいておこう」
みんなでそう決めると、林の中にプレゼントを探しに行きました。モズは、どんぐりをくわえてベンチにおきました。シジュウカラは、小川で見つけた綺麗な小石をおきました。野ウサギは、白い小さなお花にしました。タヌキは、四つ葉を探して、ベンチにおきました。
「何にしようかなぁ」
子ギツネは、空を見上げて考えていました。木々の間を通りぬけるように風が吹きます。葉の間で光がキラキラと輝きます。
「そうだ! ボクの宝物にしよう」
子ギツネは、寝床の葉っぱをかき分けると、蝶々のブローチをくわえました。ゆっくりと裏庭を通って、ベンチの上におきました。
子ギツネは、毎日毎日、大切にしてきた宝物のブローチを、見て思います。
「ボクの宝物が、おばあちゃんの宝物になると嬉しいなぁ」
夕方の風が十字の窓を通りぬけました。そろそろおばあちゃんが、お皿をとりにくる頃です。動物たちは、林と裏庭の境目から、ドキドキしながら様子をうかがいました。
勝手口のドアが開きます。出てきたおばあちゃんは、しばらく夕日を見ていました。それから、みんなのプレゼントに気がつくと、両手で大切に持ち上げ、胸のあたりで、そっと抱きしめてくれました。
「みんな、ありがとう。受けとりましたよ」
おばあちゃんの声が、裏庭に響きます。動物たちは、こっそり隠れていましたが、嬉しくて思わず、小さく飛び跳ねてしまいました。おばあちゃんが、お家に入るのを見てから、みんな、ぽかぽかとした気持ちで、林の中に帰っていきました。
次の日の朝。いつも通り、おばあちゃんのところに来てみると、ベンチに小さな花ビンとかわいい小箱がおかれていました。花ビンには白いお花と四つ葉が、小箱には小石とどんぐりが入っていました。
勝手口が開くと、お皿をもったおばあちゃんが出てきました。
「昨日は、ありがとう」
笑顔のおばあちゃんの胸には、蝶々のブローチが輝いていました。
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