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【物語】風吹く丘の裏庭で

小高い丘の真ん中に、かわいいお家が建っていました。赤い屋根に白い壁。十字の格子窓からは、毎日、心地いい風が入ってきます。

かわいいお家には、おばあちゃんが、ひとり住んでいました。太陽がのぼると、毎朝、十字の窓と、裏の勝手口を開け、おばあちゃんは、風に「おはよう」を言います。勝手口を通りぬけた風は、小さな裏庭の木々を優しく揺らします。

「今日も素敵な日ね」

そう言って、おばあちゃんは朝食の準備をします。テーブルには、トーストと紅茶。今日は、リンゴをむくことにしました。

「半分こ」

おばあちゃんは、トーストを半分とリンゴを二切れ、誰もいない向かいのお皿におきました。窓から見える空をながめて、優しく微笑みます。

「リンゴ、大好きでしょ」

おばあちゃんの大好きなおじいちゃんは、少し前に、虹の橋をわたり、空に帰っていきました。おじいちゃんの姿は見えなくても、リンゴを嬉しそうに食べるおじいちゃんの顔が、目に浮かびました。

おばあちゃんは、自分の分に取り分けたリンゴをひとつ食べると、残りのひとつを小さく切りました。小さなお皿にのせて、勝手口を出ます。

「リンゴ、おいときますよ。仲良くね」

と言って、裏庭のベンチの上におきました。おばあちゃんが家の中に入ってしばらくすると、裏庭でカサカサと音がします。裏庭の奥にある林から、動物たちが集まってきました。

リスにタヌキ、子ギツネに野ウサギもやってきました。木の幹では、モズとシジュウカラが、待っています。おばあちゃんにもらった食べ物をみんなで分けている内に、みんなは仲良くなりました。

「今日は、おばあちゃんの誕生日なんだって」
幹の上から、シジュウカラが言います。

「じゃあ、プレゼントを準備しなきゃ」
リスがリンゴを抱えて、みんなに提案します。

「夕方までに、ここにプレゼントをおいておこう」
「おめでとうと、ありがとうだね」

仲良くリンゴを分けた動物たちは、プレゼントを探しに林にもどっていきました。


おばあちゃんは、ベッドに腰かけて、淡いピンク色の箱を開けます。そこには、おじいちゃんにもらった誕生日のプレゼントが、たくさん入っていました。

はじめてもらったネックレス。旅行の時に買ってきてくれたサンゴのブレスレット。去年もらったキツネのキーホルダー。おじいちゃんは、毎年、おばあちゃんの誕生日にプレゼントを贈ってくれました。

「ふふふ、私の宝物」

おばあちゃんは、ぽかぽかした気持ちで、棚の上に飾ってある、ふたりの写真を見つめます。おじいちゃんは、写真が苦手で、はにかんだように笑っています。

「ここにベンチをおいてね、森の動物たちと、みんなでおやつを食べよう」
「まぁ、素敵ね」
「きっと、みんな喜ぶぞ」

かわいいお家を建てた後、おじいちゃんはベンチを作ったり、裏庭を整えたり、まるで子どものようにワクワクしながら、毎日を楽しんでいました。顔中ペンキだらけにした日もありました。そんな日を思い出したおばあちゃんの目に、じんわりと涙が浮かびます。

「ダメダメ。今日は、お誕生日なんですから、笑顔で」

おばあちゃんは、一度、にっこりと笑うと、箱のフタをそっと閉じて、大切に棚にもどしました。壁にかけてある時計は、三時すぎをさしていました。

「今日の夕食は、シチューにしようかしら」

おばあちゃんは、おじいちゃんの大好きなものを作るのが、大好きでした。美味しそうに食べる顔を見るのが、大好きでした。


夕食の準備を終えると、夕方の風が十字の窓を通りぬけました。シチューのいい香りが、風にのって流れていきます。

「そろそろ、お皿をとりにいかないと」

おばあちゃんは、ベンチの上においたお皿をとりに、勝手口を出ます。裏庭の木々の間から、あたたかい夕日がさしこんでいます。少しの時間、夕日を見ながら、風を感じていました。

「今日も素敵な日」

おばあちゃんが、ベンチに目をやると、お皿のとなりには、いろいろなものがおかれていました。どんぐりに四つ葉、白い小さなお花に、綺麗な石。夕日に照らされてキラリと光るものがあります。

「なにかしら」

ベンチに近づいて見てみると、それは蝶々のブローチでした。お家を建てて、はじめての誕生日に、おじいちゃんからもらったブローチ。

「あら、帰ってきたのね」

おばあちゃんは、蝶々のブローチが大好きでした。嬉しくて、いつもつけていましたが、ある日、ブローチがないことに気づきました。しょんぼりとした気持ちの中、ブローチを思い浮かべて、ふと思いました。

「蝶々なんですから、どこかのお花畑に行っているんだわ」

おばあちゃんは、いつか帰ってくるのを楽しみに待つことにしました。そして、お誕生日に蝶々のブローチは、帰ってきました。

「二回も、お誕生日に来てくれたのね」

おばあちゃんは、ブローチともらったたくさんのプレゼントを大切に手にとりました。

「みんな、ありがとう。受けとりましたよ」

誰もいない裏庭で、おばあちゃんがそう言うと、木々の間からガサガサと音が聞こえました。「ふふふ」と笑うおばあちゃんのとなりを、優しい風が流れます。

そっと、おばあちゃんをつつんだ風には、「おめでとう」と「ありがとう」がのせられていました。


お題: #言葉の添え木
『風吹く丘の裏庭で』



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