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【物語】空に続く階段

ひとりの旅人が、小さな街を訪れた。
レンガ造りの家が並ぶ静かな街。華やかさはないけれど、趣のある街並み。晴れた空に、レンガの色が映えていた。

旅人が街を見ながら歩いていると、青年がひとり、レンガを積み上げていた。履いているズボンはボロボロで、服の袖は泥だらけ。そんなこともお構いなしに、黙々とレンガを積み上げている。

旅人は訊ねた。
「なにを作っているんだね」
青年は泥で汚れた顔を拭って、笑顔で答えた。
「空に続く階段を作っているんだ」

屈託のない笑顔。まるで、砂遊びをしている子供が、世界一の城を作っている。そう言っているようだった。

「なぜ空に続く階段を作っているんだね」
青年は笑顔のまま答えた。
「母さんが言ったんだ。いつかのぼれる階段を空から降ろしてくれるって」

青年は、青く澄んだ空を見上げた。
「だから、半分はボクが作るんだ。母さんの手は小さいから」

旅人は、青年の母が空にいることを知った。笑顔で階段を作る青年に、「頑張れ」とも「叶うといいな」とも言うことはできなかった。ただ言う必要はないと感じた。

旅人は、数日、その街にいることにした。
街並みを見て歩いては、青年の様子をうかがった。朝から晩まで、レンガを積み上げている。一日に積み上がるのは、ほんの数段。空までは、まだ遠い。

まわりの誰もが呆れて、青年に声すらかけなくなっていた。けれど、青年は、階段を作ることをやめたりしなかった。雨が降ろうが風が吹こうが、愚かだと笑われようが。


街を出発する朝。
旅人は、青年に会いにいった。朝日が街の通りを輝かせる中、青年はレンガを積み上げていた。誰もがまだ、今日という日の準備をはじめる前に。

「これから次の街に行く」
「また寄ってくださいね!」

そう言って、青年は、姿が見えなくなるまで、両手をふってくれていた。


数ヵ月の時が流れ、旅人は再び、あの街を訪れた。
あの時と同じように街並みを見ながら、青年が作っていた階段の場所まで歩いた。空には、どんよりと厚い雲。空が暗かったせいか、街並みはあの時とはちがって見えた。

旅人が、階段が見える場所まで来ると、そこにレンガを積む青年の姿はなかった。作りかけの階段だけが、そこにあった。

旅人は、近くにいた初老の男に訊いた。
「レンガを積んでいた青年は、どこに行ったんです」
男は答えた。
「あいつは、先月亡くなったよ」

「バカな奴だ。家財も全部、レンガと泥に変えちまって」
旅人は、教えてもらったことに礼を言い、階段のそばまで歩いた。

作りかけの階段は、屋根にも届かない低い階段。形はいびつで、右が下がったり、左が下がったり。レンガの隙間を埋める泥が、ところどころはみ出している。

旅人は、青年が作った階段を、一段一段ゆっくりとのぼった。最後の段をのぼると、そこに花が咲いていた。一輪の青いアネモネの花。旅人が不思議そうに眺めていると、空を見上げたアネモネに、一筋の光がさした。

旅人は、空を見上げた。厚い雲の隙間から、幾筋もの光が街に降りてきた。旅人が、そこに立つのを待っていたかのように。

階段の一番上に咲くアネモネが、光の筋で空と結ばれた。あの青年は、この階段をのぼったのだな。旅人は、静かに目を閉じた。

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