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一期一会は、通過点かもしれない

「一期一会」

一生に一度だけの機会。
生涯に一度限りであること。
生涯に一回しかないと考えて、そのことに専念する意。
もと茶道の心得を表した語で、どの茶会でも一生に一度のものと心得て、主客ともに誠意を尽くすべきことをいう。
(引用:三省堂 新明解四字熟語辞典)

先日、久しぶりに「一期一会だなあ」
なんて思ったので、調べてみました。

”一生に一度”
”生涯に一回しかない”

なんて聞くと、ドキッとしてしまいます。

ありとあらゆるものが
「一期一会」なんだろうけど、
それは奮起させたり集中するための
言葉でもありながら、
「死」すら想像させる言葉でもあると思う。

爆発力があるような人なら
きっと一点集中できるのだろうけど、
私は短距離走より長距離走タイプだから、

「一期一会」と言われると
あたふた焦ったりぼ〜っとしてしまったり
無駄なプレッシャーを感じたり、
死ぬまであとどれくらいだろうかとか
あれこれ考え始めたりして
本領発揮できなくなります。

東京は田町にある、
「弁兵衛」にGoToEATしてきたときのことです。

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「弁兵衛」は広島の鉄板焼きのお店で、
田町にも出店しています。
久しぶりの広島風お好み焼きが目的です。

お好み焼きを
慣れた手つきで焼いてくれたお兄さんと
いろいろお話をしていたら

・広島出身で
・高校生のとき地元の「ちんちくりん」という別のお好み焼き屋さんのバイトでお好み焼き焼けるようになって
・上京して弁兵衛でバイト

という経緯で今、
東京の弁兵衛にいるそうです。
地元一緒だと、親近感。

そしたら帰り際、

「僕、今日で最後なんです。
11/2から中途採用で就職決まって。
食べていただいたのは
最後の僕のお好み焼きでした!」

って。

勝手に、
「また食べに来れるだろう」
「またお兄さんと地元トークできるだろう」

って思ってたんですよね。
だからびっくりして、

「えっ・・・!
最後のお好み焼き、美味しかったです!!」

と答えたのだけど、
食べ終わったあとに
最後だったんだ!って知って
あたふたしてしまったんですよね。

でも、

もっとゆっくり食べればよかった?
もっと味わえばよかった?

どうしたらよかったのかは、
よく分からないんです。

美味しく楽しく過ごせたのは、
なんの変わりもない。

むしろ、食べ終わってから
最後だと教えてくれて、
良かったのかもとも思ったり。

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あらゆるものを「一期一会」として
一点で捉えることもいいけど、
ほどよく流れにも乗っていたいと思いました。

それでなくとも、
いちいち留まってあれこれと
思考を巡らせてしまう性格。

今日という日も
これから起こる出来事も、
生も死も出会いも別れも、
「一期一会」で「生涯1回きり」。

だから大切にしたいのはもちろんだけど、
ただの通過点の1つだということも
感じておきたいと思う。

なんなら「死」が果たして最後なのかも
あやふやだし、
浸っているうちに新たな「一期一会」は
次々とやってくる。

結果的に「あれが最後だったんだな」と思うのは
とりあえずは自分が死ぬ直前で
いいのかもしれないな、なんて。

最後を意識しすぎたら
最初を逃してしまう気もします。

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