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永遠の片想い

転職して2年がたつ。女々しいことに、前の会社にいまだに想いを寄せている。前職では9年はたらいた。絵に描いたような家族経営の、スタッフ40名ほどの中小企業だった。仕事も自分にあってると思ったし、大きくはなかったけど、自前ビルのこじんまりした雰囲気も気に入っていた。わたしは前の会社のことがとても好きだった。きっと、定年までずっとここで働くんだと思っていた。けれど勤続7年目をこえたとき、いろんなことが噛み合わなくなった。部署の伸び悩み、モラルハラスメント、目に見えないプレッシャー。不祥事で会社から逮捕者がでたことも、不信感をいだくきっかけになった。上司になにをいっても否定され、どんなに頑張っても評価されず、自己肯定感はさがる一方だった。頑張れば頑張るほど、自分のことがどんどん嫌いになった。それでも、辞めない理由を一生懸命探していた。転職しようかと迷い始めてから実際に行動にうつすまで、2年の月日がかかった。そして今、転職してから2年が経った。

転職した当初は、毎日前職のことを思い出した。都会のど真ん中にある大きな高層ビルのIT企業。なんでわたしはここにいるんだろう。こんなところで働きたかったんじゃない。あのこじんまりした会社が、小さなオフィスが好きだったのに。加えて、新しい仕事はきびしかった。一緒に入社したスタッフも後から入った後輩も、つぎつぎに辞めていった。新しい環境を楽しむ余裕はまったくもてず、転職したことを後悔した。

ようやく周りが見えるようになったのは、入社半年が経ってからだった。給湯室でちがう部署の女の子が声をかけてくれたのだ。何度か話すうちに一緒にご飯を食べるようになり、自然と社内で話すひとが増えていった。そうこうしているうち、肩の力が抜けたのか、仕事も少しづつこなせるようになり、次第に前職のことを思い出す頻度は減っていった。

今は、転職したことを何も後悔していない。この道を選んで良かったと思う。それでも、退職後2年が経過し、3年目に入った今でも、わたしは前の会社に片想いしている。あのこじんまりとしたオフィス。一人ぼっちでパソコンの前でお弁当を食べながら、たんたんと繰り返される日々を、知らずに愛していた。退職してしまった今、もうずっと叶うことのない片恋なんだろうと思う。仕事を好きこのんで辞めるひとは、きっといない。転職を経験したことのあるひとたちは、なんとなく、どこか似たような感情をいだいてるんじゃないだろうか。

現職がテレワークになり、都会の高層ビルから、またこじんまりとした空間がわたしの仕事場になった。数日前、久しぶりに前の会社に連絡をとった。今度あそびにいってもいいですか?と。いつまでも未練がましいなあと思う。でもコロナ禍のなかで皆がどう過ごしているのか、どうしても気になったので。

久しぶりに訪れても、たぶん会社はそっけないまま、わたしは片想いはずっと続くのだろう。あのこじんまりしたオフィスへいくのは、次で最後にしようと思う。

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