2020年5月23日(土)

いつもは日記として書いているので寝る前にnoteを書いているのだけど、今日は夕方ごろに書き始めている。というのも、テラスハウス出演者が亡くなったニュースをお昼頃に見て、今日は絶対にこの件について書くという確信があった。

まず、テラスハウスに詳しくない人にも分かるように前提を話したい。テラスハウスは素人まじり(つまり芸能人もいるが)の男女6人の共同生活を描いたドキュメンタリーショーだ。この出演者(入居者)の目的は、自分の名を広く知らしめたいという売名的な動機もあるが、恋愛がしたい、共同生活をしてみたいといった動機も多くみられる。

ただ視聴者からすれば、彼らは芸能人と全く変わらない。だから素人が芸能人並みの扱いを受けることになるのは、どんなドキュメンタリーショーでも同じことだ。ただテラスハウスが他の番組と大きく違うのは、批判的な意見を視聴者が形成しやすい(つまり、視聴者を煽るような)誘導があることだと思う。

それがスタジオメンバーの意見である。

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テラスハウスには主音声と副音声の2パターンで視聴することができる。副音声の場合は、スタジオメンバーの声が入っている状態でVTRが放送される。

この副音声で視聴すると分かるのだが、出演者の一挙手一投足にツッコミまくるという言い方が正しいと言えるほどイジるのである。この会話の中にはまれに入居者を傷つけかねない発言がみられることもある。

またスタジオメンバーの山ちゃんこと山里亮太さんが、事あるごとに批判的な意見を述べる。主音声でも、テラスハウスの放送ではスタジオメンバーがVTRで観た後、感想を言い合う場面がある。そこで山ちゃんが嫌いな入居者の発言や行動に対してかなり強めの悪口を言うのだ。

加えて、本番中に言えなかった発言は、YouTubeの山チャンネルにアップロードされている。


ここまで書いていて、私はテラスハウスが大好きである。なぜならスタジオメンバーの会話は、日常的にみられる悪口の類を超えるものではない。むしろそのギリギリを攻めた発言をする山ちゃんは欠かせない存在であり、魅力の一つだからだ。

つまり今回の原因は、視聴者個々人によるスタジオメンバーの意見の受け止め方とモラルによるものだと私は思っている。もちろん上述のスタジオメンバーの発言に問題があると言えるし、他にも制作側のケアがなかったといったことも挙げられている。

だが根本の問題はそこではなく、観たまま・聞いたままのことを私怨のごとく増幅し、SNSで誹謗中傷を書き連ねること(それも人格否定のような厳しいもの)がどんな影響を与えるか考えられなかった人たちにある。

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だが、ここでSNS上での誹謗中傷について議論することはできないと感じている。というのもそんな人たちに対して言いたいことはあるし、規制を厳しくするといった対処は考えられる。しかし、そもそも何が彼らにとって響くのかが全く分からない。一体何が彼らを動かすのだろうか。

とにかく今回のニュースを聞いて、本当に憤りを感じている。彼女の死はもちろん、SNSによる誹謗中傷が原因で起こってしまったことがそもそもテラスハウスに出演したことで死を選んでしまったという、テラスハウス自体に負のイメージを植え付けたことにある。今後の制作は中断せざるを得ないだろうし、再開のめども立たないかもしれない。他の出演者もきっと心に深い傷を負ってしまったことだろう。

最後に、ご冥福をお祈りしたい。誹謗中傷こそしなかったが、このニュースを聞いて最初に考えてしまったことが当番組の終了だったことは正直に告白したい。自分自身ですら、一個人の死より楽しみのよりどころが無くなる方が心配だったのだからだ。そんな自分ですら、彼らとあまり変わらないのかもしれないと思った。