#10 わたしはHSPのふどうさんやさん 〜HSS型HSP 生きづらさを軽くするための格闘記〜

なんだかんだいって、バレーボールは通算10年間やっていた。
その時は特別なゴール設定はなかったが、とにかく夢中になれた。

何が怖かったのだろうか?
何が不安だったのだろうか?

では、逆に
怖くないと思えているときはどんなときだろう?
不安を感じていないときはどんなときだろう?

40歳台でまた調子が悪くなり、50歳台でその時その時の調子に向き合いながら少しずつ前を向けるようになったいま

自信をもって良いものでも明らかな自信を持てない。

●「減点法」と「加点法」
わたしはもともと話し方がうまくない。
うまくないから、上手になれるように努めていた。

70点の話し方で十分なのに100点を最終到達点に設定してしまう。
あれがうまくいかなかった!これが足りない!などと自分で勝手に頭の中をかき回し、減点していったことで70点に近くなってくると不安で不安で仕方なくなる。
70点でも十分なのに。
心配になってしまい、それがストレスになってしまい、さらに苦しくなる。
緊張する。
また赤面症になる。
どうにかしなければ!
負のループ突入!

でも、学生時代スポーツをしていたときは夢中で好きなことに打ち込んでいる。
決してレベルは高くないけど、うまくなりたい!
そんな気持ちと感覚で打ち込んでいたような気がする。

就職活動のときは、またあがり症と赤面症が出てきてしまった。
就職時の面接なんてもう最悪の状態。

不動産業界に就職し、一生懸命仕事を覚えているときはその悪い症状は出ない。
就職し、結婚し、子供が生まれて、夢中で駆け上がってきた時期にはほとんど出ない。
子どもがある程度大きくなってきて、そのころからまた昔の症状が出始める。
40歳台前半から約10年間、仕事はなんとかできていたが、振り返ってみると目の前の事柄だけをこなしていく、感情のないマシン化。
そして、ひとりになる。

なんでだろう?なぜだろう?

このコロナ禍の影響により、別な意味でも不安材料は出てきましたが、
この症状関係を全快にしたいと思っていたから10年もの間キツイ時間を過ごしてきてしまいました。

それまでの考え方がまさしく「減点法」。
HSPの本を読むことで、
まさしく自分は「全快」を目指すことで逆に悪化させてしまっていたのかと知ることになります。

好きなことに夢中で過ごしていたときは、
その道のスペシャリストには到底かないっこない!
ひとつひとつ積み重ねながら、半歩ずつでも構わないから進んでいきたい。
そう思いながら生きていた。
この考え方って、「加点法」じゃないか!
70点目指してコツコツ動いていれば!

別に対峙するお客様は、わたし自身が臨んでいるところまでは求めていない。
不安定になってしまうところをできる限り少なくする。
防げるものはなるべく防ぐ!

では、それは何だろう?

言葉に表すことができない。

いったい何者?

何がこうなるもとになったのか?

何が足りていて、何が足りないのか?

どうして?なんで?

自分自身の思考を細分化して、それを分析して解決方法を探っていく。

まだ正解は見つからないけど、セルフモニタリングとセルフマネジメントをしながら少しずつでも良い方向性が出てくれば・・・

HSPだからというわけではなく、ひとというのは生まれ育った環境、今現在の環境、性格など全く同じ人はいません。
上手に生きられるひと、上手に表現できるひともいれば、誰かの考えているレールに乗ってしまうことで自分自身の存在がいきてくるひともいます。

HSPの気性なのか、複雑に考えない方が楽なのにどうしても考えてしまう。

「営業と詐欺は紙一重」
どうしても決めきれなくて背中を押すことは大事です。
相手の策や勢いに陥らないように、相手の理屈に抑え込まれないように。
不動産業界にいるわたしが経験したお客様の実話も含めてお話しできることにより、これから不動産売却や購入不動産を貸す・借りることを検討している方たちが少しでも参考になるようなことも発信していければと思っています。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?