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大型類人猿の生存への脅威

前の記事で、それぞれの類人猿種の生息状況を紹介し、大型類人猿の全ての種が絶滅の危機にあると述べました。地域的に数が増えている個体群もありますが、全体としてすべての種が減少傾向にあります。大型類人猿が減少する要因、つまり大型類人猿の生存への脅威はなんでしょうか?今回は、その概要をざっと説明します。

生息地の縮小・劣化・断片化

種によって好適な生息環境は異なりますが、すべての大型類人猿が熱帯森林に暮らしています。しかし、世界の熱帯森林は急速に失われています。その最大の要因は人間活動です。木材を利用するため、農地や都市に転用するために森が切り開かれます。化石燃料や希少金属、希土類の採掘のために、地面を覆っている木が切られ土が掘り返されてしまうこともあります。森がなくなると大型類人猿はもうそこに棲むことはできません。
かろうじて森が残されても、人間活動によって森林生態系が攪乱され、生息地としての質が劣化することもあります。劣化した環境では大型類人猿の寿命や出生率が低下してしまいます。また、森の中に道路や鉄道、集落や基地などが作られると、動物の移動が妨げられ生息地は分断されてしまいます。生息地が断片化すると、孤立した小さな個体群が増え、安定した個体数を維持できなくなります。

商取引のための狩猟・捕獲

日本人の感覚からすると驚かれるかもしれませんが、大型類人猿の生息地の周辺に暮らす人々の中には、伝統的に大型類人猿を食用利用してきた人々がかなりいます。人間も生物である以上、何かを食べなくては生きてゆけません。だから、大型類人猿が食用利用されること自体はある程度仕方のないことだと思います。
しかし、現代では、いわゆる自家消費用の狩猟よりも、商取引を目的としたものが非常に多くなっています。大都市や外国にすむ人々が安いタンパク源あるいは珍味として大型類人猿の肉を求めるのです。また、愛玩動物としての需要もあります。最近では、いわゆる新興国の富裕層の人々の需要が増えているようです。
自家消費用の利用の場合は需要に上限がありますが、グローバル化した現代社会において、商取引のマーケットは無限で歯止めがありません。大型類人猿の生息国では狩猟を禁止していますが、密猟があとをたたず、取り締まりも十分にできていないのが現状です。

感染症

1990年代以降、感染症が大型類人猿に対するあらたな脅威として注目されるようになりました。とくに、人獣共通感染症、すなわち、私たち人と共通の感染症が大きな問題になっています。
ヒトと遺伝的に近縁な大型類人猿は、人間がかかる病気には基本的にはすべて感染すると考えていて間違いではありません。新型コロナウイルス感染症も、アメリカの動物園のゴリラが飼育スタッフから感染し、発症しました。人間では薬やワクチン、あるいは療養によって治る病気でも、野生の大型類人猿が感染したら治療の手立てがありません。
開発によってかつてないほど人間が森林に侵入し、大型類人猿とヒトとの直接的、間接的な接触機会は増加する一方です。人はさまざまな交通機関を用いて広範囲を短時間で移動するため、病原体の「運び屋」になってしまいます。感染症もまた、間接的には人間活動によってもたらされた脅威と言えます。

だいぶ以前ですが、私は大型類人猿の保護における感染症問題についてレビューしました。興味のある方はお読みください。


戦争や地域紛争

戦争や地域紛争は、人間界だけでなく、野生生物の世界にも不幸をもたらします。大型類人猿の生息国は発展途上国が多く、地域紛争が絶えません。戦争や地域紛争は、直接間接に大型類人猿の生存に悪影響を及ぼします。
まず、生息地が紛争地になってしまうと、保護活動が安全に行えなくなってしまいます。行政や保全NGOなどが活動できなくなると、違法な開発や密猟が増加します。
また、戦争は物理的に森林環境を破壊します。軍隊が森に入り、木を切り地面を掘って陣地や基地を作ります。爆撃や銃撃は動物や森林を傷つけます。さらに、たくさんの兵隊を養うために食糧として大型類人猿が狩られてしまいます。
そして、大型類人猿が戦争の中で意図的に殺害されることもあります。なぜそのようなことが起きるのか、非常に複雑な事情が絡み合っており、私もここでわかりやすく整理して説明することができません。興味のある方は、ナショナルジオグラフィックの以下の記事をごらんください。

戦争や地域紛争に関して、わたしたちが理解しておくべきことが一つあります。アフリカの地域紛争というと、自分の生活とは無関係に感じる人もいるかもしれません。しかし、紛争の原因を探ってゆくと、決してそんなことはないのです。途上国における地域紛争は資源をめぐる先進国の代理戦争の側面をもっていたり、国際的な富の配分の矛盾のはけ口であったりすることが多いのです。先進国に暮らす私たちが豊かな生活を送ることができている背後に、人々の殺し合い、憎み合い、そして大型類人猿の犠牲があることを知って欲しいです。(もっとも、日本はもはや先進国とはいえず、豊かな生活を送れていない人が増えているという現状もありますが。)

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