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揺れることを見つめること。

母と近所のショッピングモールで1時間程度買い物をした後、別れ、私は美容院へ向かった。美容院で呼ばれるのを待っている時、1件のラインの通知が入った。母からだった。何のメッセージもなしに「婚活 まずはネットで」と題する記事のリンクが送られてきた。

わたしは二分後、リンクも開かずに、「こういうの送らないで」とつい、物言いきついメッセージを送ってしまった。そのあとスタンプをつけたけれど。

今考えればもっと言い方もあっただろうけれど、それでもわたしはもううんざりしていた。「孤独で寂しいやつだ」そう言われている気がして、心が抉られた。

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バレンタインも近いからか、先日兄がプロポーズに成功したからかわからないけれど、母から本命やら彼氏やら、そういったワードがより出るようになった。周りも徐々に結婚しだしていることや、今何も症状はないけれど父が持病持ちなこと、もともと子供好きで早く孫が見たいこと、孫ができたことできっと自分の子育てが終了したと思えると思っているであろうこと、母も母なりにたくさんの思いがあって、そういった言動につながるんだろうな、と思っている。そして今回のメッセージも、煽る意味ではなく選択肢を増やす意味であったことも。

当のわたしも、それはそれは相応に焦っているつもりだった。それでも、インターネットの短い言葉で出会うことに自分の中での違和感を抱いていることなどもあり、そう簡単に前に進めていない。誰かと生きていくこと、その憧れもそれが素敵だと思っていること、自分も可能であれば享受したいこと、その思いはしかと胸にあるけれど、それに対しこう前に進めず自己を見つめ続けることしかできていない自分に、今日もどこか落ち込んでいる。

こう心が抉られてしまうのだから、少し母から距離を置こうと一人暮らしの物件を探す。どうせ住むなら好きな街に…とほどよい自然と都市感があるそこそこ平均家賃単価が高い街を選び、条件にコンロ二口・バストイレ別・独立洗面台・バルコニー・2階以上・オートロックと入力すると、それはまあ、今の給料からでは到底払えないような物件しか出てこない。何を妥協するか?と思いながら、生きることら暮らすことだとどこか妥協ポイントが見つからない自分もいる。

同時に収入を増やす方向で考えても、先日転職希望の会社に叶わなかったばかりで、今は好きな会社・組織を探すところからだ。道のりはまだまだ長い。

ああ、次の道が見えない迷路みたいだな、と思う。狭い範囲をぐるぐるして、変われない自分と幾度と見つめ合いながら、何度も次の進める道を探している。

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今日、美容院でのオーダーは、長さを伸ばしている最中なので「量を少なくして、毛先を揃えてほしい」それだけだった。トリートメントもメニューに入れてもらったが、現状維持を目的に美容院へ行った。

しかし、仕上がった自分を見て、そのあまりの変わらなさにどこか気分が少し下がった。あ、本当に何も変わっていないと。もちろん量は少し減って、軽くなって、少しするするとしていたのだけれど、ぱっと見何も変わっていなくて、わたしは「今日は現状維持の日だ」と思っていたのに、心のどこかで少し変わりたいと思っていたのだな、とその心のままならなさを覚えた。それはとても迷惑な客だことと、反省した。

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そう自分の感情がどうも暗い日に手に取る、バイブルと化している本がある。奥山淳志さんの『庭とエスキース』。

多くの人が強固で迷いのない精神を望み、欲するだろう。しかし、目の前の弁造さんのように急に自信を失い揺れ動く精神が抱く確かさはどうだろう。その揺れを見つめることの正直さと強さはどうだろう。(中略)信念を持ちながらも、揺れることを見つめ生きていること。この心の在りようにこそ、僕が触れてみたいと切望した“生きること”の中心があるように思えた。

今日も、言葉に傷つき、自分が発する言葉を反省し、ままならない言葉を頭の中でごろごろ回す。それでも言葉に救われ、揺れながら、自分の心の見つめる日々。それは爽快感はないけれど、これが生きているのだと、少しだけ人間になれている気もするのです。

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