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どうか、健やかに


「幸福とまでは言えなくても、少なくとも今日という日を不足なく、健やかに送っていることを願う。」

これまで読んだ本の中で一番印象に残っている一文を挙げるとしたら、おそらくこの一文になると思います。
これは「僕」が大学時代の喫茶店のバイトでほんの数ヶ月の友人でしかない突然姿を消した「木樽」という男に対して願ったもの。


日々を不足なく健やかに生きていることを願う、
こんなに優しくてあたたかい愛があるのかと衝撃でした。柔らかい言葉なのに、とんでもない重さを感じる。


20年以上生きてれば当たり前に、もう二度と会うことがないであろう人たちが沢山います。
一期一会って言葉が嫌いです。一度出会った人とは、出会ってしまった人とは何が何でも関係を続けていたくなってしまう。
でもそれと同時に、わたしと関わってくれた人全てが、その人が大切であれば大切であるほど、わたしの側から離れていってしまったとしても、不幸なく穏やかに生きていてほしい。

今まで出会ってきた人、一瞬でもすれ違い、言葉を交わし合ったことのある人たち、でももう二度と会うことのないような人たち全員が、幸福とまでは言えなくても、少なくとも今日という日を不足なく、健やかに送っていてほしいです。
「僕」の言うとおり、わたしは「自分が所属するささやかな世界の中で、なんとか生き延びていかなくてはならない」から、
だからこそ、祈りを、この優しくてあたたかい祈りを全ての人に捧げていきたい。


村上春樹って突然こういうどうしようもなくあたたかくて儚くてでも強い気持ちが込められた言葉を紡ぎだしてくるからやめられないのよね。

僕は自分が所属するささやかな世界の中で、なんとか生き延びていかなくてはならない。

「イエスタデイ」『女のいない男たち』

デンバーで(あるいは他のどこかの遠くの街で)木樽が幸福に暮らしていることを僕は願う。幸福とまでは言えなくても、少なくとも今日という日を不足なく、健やかに送っていることを願う。

「イエスタデイ」『女のいない男たち』


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