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札バン研究所「月光グリーン『快刀乱麻を断つ』全曲解析」②

こちら、札バン研究所

札幌を拠点とするバンド、略して札バン。

その音楽を研究する今回は、2003年結成、月光グリーン。

デビュー・シングル『快刀乱麻を断つ』に収録された全4曲から、2~4曲目を解析する。

#2  それでも生きる道はあるさ

キィーはAm。1曲目に続いて、マイナーの激情型ロックだが、イントロはギターの静かな爪弾きのみで、叙情的に始まる。Am→Em→F→C。それが2周して、ジャッ!とブレイク。「すっ!」という声が入るのをきっかけに、ドラムとベースがアップテンポで入り、スピーディーなロックに。

この短い「すっ!」という掛け声は、テツヤのトレードマーク。ライブで間奏の終わりなどに入るのだが、この曲のように音源でも聴ける。ここは、テンポが速くなるので、三人が息を合わせるきっかけだろう。

それにしても、なんで「すっ」なのか? 普通は和田アキ子風に「ハッ」か、マンボ風に「ウッ」だと思うんだが。

失恋の歌である。しかし、ふられたのでもなく、喧嘩別れしたのでもなく、互いに愛し合っているのに事情によって引き裂かれた失恋の歌。

 ♪ あなたはオレを好きだって 何度も何度も言ったけど

   大きな力は簡単に 小さな光を消し去った

この「大きな力」が何かは語られないが、人生には自分の意志だけではどうしようもないことがあるという、東洋的な無常観、厭世観がひしひしと伝わる。

「もう何がなんだかわからねぇよ」というフレーズもあるように、強いられた別れに混乱した思いが、文体の乱れによって表現されているのが独創的だ。

「わからねぇ」「くだらねぇ」「そんなもんかよ」という乱暴な口調の文体。

「いきたかった」「流れてた」「消し去った」という淡々とした文体。

「好きでいてくれますか」「気づきました」「印象的でした」というていねいな文体。

普通は統一されるべき文体が入り乱れることで、心の乱れが映し出される。「快刀乱麻を断つ」でも心は麻のごとく乱れたが、この曲でも心は千々に乱れている。

大きな力に負けて別れを切り出したのは、恐らく女性の方だ。それに「なんだくだらねぇ そんなもんかよ」と吐き捨てるように怒り、「もうここには何もねぇ」と新しい道へ踏み出す主人公。絶望と希望が錯綜し、やがて「それでも生きる道はあるさ」という悲痛な連呼に終息するのだが、その「生きる道」にははっきりしたゴールがあるわけではなく、ただ「何もないここ」を去ることだけが決まっている。当てのない闇への旅には、「意志さえあれば何でもできる」式の西欧的楽観主義はない。

メロディーには、「快刀乱麻を断つ」同様、「和」の雰囲気が漂う。日本の音階はヨナ抜き五音階と呼ばれ、ファとシを使わないのが特徴。この曲ではシは出てくるものの、ファを抜いたフレーズが多用されているので、それも要因のひとつだろう。

また、「つばを吐いて」というところ、「を」に2音(ラ・ソ)が当てられて、「をー」となっている。Jポップではむしろ1音に歌詞を詰め込みグルーブを出す傾向にあるが、これは逆方向。これに続く「涙を拭って」の「ぬぐぅうって」という箇所もコブシが回っている。

こうしたメロディーは、ともすると古めかしくなりがちなのだが、ごく一部に留めた絶妙なバランス感覚が、日本のロックとして成立させている。

演奏面では、リズム・アレンジの多彩さに驚かされる。単調にならないよう、聴き手を飽きさせない工夫なのだろうが、最初のAメロはドラムとベースだけ、2回目のAメロではレゲエ風に裏拍を強調したカッティングが入る。Bメロになると1拍目と2拍目をギターとベースがダン・ダンとキメるパターン。2回目のBメロでは全楽器が怒涛のようにかき鳴らされ、最後の部分だけギターのみになる。そしてサビはまた怒涛が全開して、最後がまたギターのみに。セクションごとに、緻密に構成されている。

さらに2番の前半も、単純に1番を繰り返さない。歌頭はギターのアルペジオとドラムのリムショットで、1番以上に静かな雰囲気。Aメロの繰り返しでは一旦ギターがなくなり、後半からBメロに向かって再び入って、クレッシェンドで盛り上げていく。

静かなセクションと激しいセクションが巧みにより合わさって、ドラマティックな構成だ。

バンドを始めた当初、ドラムのチュウはハイファットのオープン・クローズも知らず、テツヤはアンプの電源を入れ忘れたりしていたらしい。ファンクラブで公開されているチュウの描く漫画に、そんなエピソードが紹介されていた。バンド経験があったのはハナ一人のようだが、それからデビューまでの3年で、ここまで緻密なアレンジが出来るほど成長したのだろうか。

いまではパソコンを駆使するトラックメーカーでもあるテツヤだが、この頃はまだアコギの弾き語りでデモをつくり、練習スタジオに入ってから三人でアレンジを考えていたのだろう。いわゆるヘッドアレンジだ。

あるいはレコーディングの時に、プロデューサーMasayoshi Eguchi氏がディレクションして、このようなアレンジになったのかも知れない。

北海道では、リリース当時、CMタイアップ曲だったそうだ。


#3  赤い風船

和声的にシンプルなロック・ナンバー2曲の後に、いきなりメジャーセブンスのコードが響くと、新鮮だ。

キィーはC#mで、AM7とEM7が交互に鳴らされる冒頭。テンポもゆったりしたミディアムスローで、「ここで一服」的な曲かと思う。

ところが途中からテツヤのシャウトが始まり、やはり「汗ダク感情ロック」になっていくのだ。

この時テツヤは、喉を締めつけ声を絞り出すような発声で、一体どうすればあんな声が出るのか、シャウトと言うより、叫びと言いたいほどの、歪んだ、独特の、猛烈な声。どうも喉が極端に強靭らしいのだが、それにしても凄い。常人なら一発で扁桃腺が破裂しそう。

冒頭のAメロ。

 ♪ あっという間に雪は溶けてました ハッとすりゃまた一つ歳をとった

「あっ」と「ハッ」の頭韻を踏んでいるのが効果的。

そのまま続くかと思うと、ここで短いギターソロが入る。そして2回目のAメロ。

 ♪ オレの目も少し悪くなって けど星はぼんやり綺麗になった

視力の衰えで時間経過を表現する。ロックの歌詞には珍しいが、われわれ近眼族には共感性がある。目が悪い方が綺麗に見えるってこと、あるよね。

続くBメロで、タイトルの風船が出て来る。赤い風船を主人公はわざと空に飛ばす。青空に浮かぶ風船を見たかったと、ここでシャウトが始まり、バックも盛り上がってサビになだれ込む。

 ♪ 空は曇り入道雲は増えていた 午後は少し雨が降るんだろうな

ここまでに星という言葉がちらほらするので夜の歌かと思っていたら、サビの歌詞で午前中だったとわかる。午後には雨が降りそうな曇り空。そこに赤い風船は飛んで行く。主人公はそれを見送っている。

サビが終わってブレイクを挟み、Aメロに戻る。構成的に不思議なのはここだ。歌が終わると例の「すっ!」が入るし、ジェットマシーンのかかったギターをバックにした短いベースソロになるので、ああ、ここで1番が終わったんだなと思っていると、間奏明け、歌はBメロから始まるのだ!

あれ? すると1番はサビまでで、すぐ始まるAメロとベースソロは、もう2番だったの?

確かに冒頭でも、Aメロが1回歌われた後に、ギターソロが入っていた。それと同じだとすれば、やはりサビ終わりのブレイクまでが1番なのだろう。

どこまでが1番で、どこからが2番かなんて、些末なことなんだけど、歌詞からすると重要でもある。

この曲全体が短調だし、出だしは寂し気な歌い方なので、風船を飛ばす行為が決してポジティブなことではないのは伝わる。しかし、それがはっきりと言葉になるのは、この問題の部分、1番の終わりのような、2番の始まりのような箇所なのだ。

 ♪ 感情を消して人は歩けるんだろうか

という歌詞。この「感情」は悲しみとか悔しさとか、ネガティブなものだろう。風船を失って、それでも感情を押し殺して生きていく。つまり、赤い風船は本当なら手放したくないものだったことがわかる。

いわば謎解き部分が、1番の終わりなのか、2番の始まりなのか、あいまいな位置にあることで、風船のように宙吊りの気持ちが表現されていると解釈したい。

それにしても、どうもこの歌は、「1番かと思えば2番」とか、「夜かと思えば午前中」とか、何かこちらの思い込みを裏切っていく。

時系列も乱れている。1番で既に風船は空を飛んでいるのに、2番では風船を手放す瞬間が、過去にさかのぼって歌われている。

 ♪ つなぐ糸はピンと張り 揺られ笑ってた

   三つ数えて手を開き そして飛んでった……飛んでったんだ

赤い風船は、恐らく別れた恋人だろう。この後の歌詞で擬人化され、「君」と呼ばれている。彼女を敢えて手放した主人公は、彼女が雲を越えて飛んで行くといいな、と見送っている。彼女は「涙を包み」「笑って飛んで」いく。しかし、近づく雨雲の中で、彼女は泣いている。それが主人公にはわかっている。

間奏では、短いギターソロとドラムソロが聴ける。ギターは、ストラトだろうか、シングルコイルらしい音で、フレーズはたどたどしいが、かえって風船を手放したことへの迷いや後悔を感じさせる。チュウのソロは逆に、手数の多さで感情の波立ちを表現しているようだ。

その後、これまで出て来なかったメロディーが現れる。

 ♪ サラナラ吹く風に揺れる髪が 伸びて年月を感じたよ

囁くようなボーカルにディレイがかかり、ハナのベースが、スラップだろうか、スタッカート気味に弾かれ、がらっと雰囲気が変わる。そしてすぐ、また激しいシャウトになる。この曲でも、静かなセクションと激しいセクションの交錯がめまぐるしく、それが劇的な効果を挙げている。

最後に「真っ赤な飛ばした風船よ」と繰り返しシャウトする裏で、音階を上下するベースのラインが、感情の揺れ、起伏を鮮やかに表現している。

せつないです……


#4  人間なんだ

唯一、長調の曲で、キィーはG。いかにもアコギで作ったという感じのフォークロック・ナンバー。ところどころに入るギターのオブリガードも、ダブルストップを使うなどカントリー風。最後のCメロでは、トレモロ奏法まで出てくる。これも月光グリーンの音楽性の幅だろう。

テンポはミディアムよりやや速め、軽快な8ビート。ドラムとベースのプレイは、基本堅実にリズムを安定させる。コードも循環進行で、ごくごく普通。

しかし、決して埋め草的な小品というわけではない。

この曲の歌詞は、ある意味、月光グリーンのブランド・ステートメントに当たるものだと言える。

企業や商品のブランドは、それぞれ哲学を持っていて、それを短く表したのがスローガン。詳しく語ったのがステートメント。

月光グリーンのスローガンが「汗ダク感情ロック」であれば、この歌こそ、そのステートメントである。

感情を抑えて生きることはつらい。泣きたければ泣けばいいし、怒りたければ怒ればいい。「笑うだけが人間じゃねぇ」と歌詞にあるように、人は時に、感情を爆発させたっていい。いや、そうあるべきだ、

それを音楽として実践するのが「汗ダク感情ロック」である。

 ♪ 青い看板めぐってどっか走ってて

   赤い夕日がさオレの胸突き刺した

冒頭はやけに日常的な情景描写。「どっか」というしゃべり口調の言葉はリズム感があり、「夕陽がさ」というところでメロディーがプツンと切れ、「さ」の音が文字通り「胸に突き刺さる」。細かいところでよく出来ているのだが、さらに、この「青」と「赤」の色彩を受けて、

 ♪ 空は青く赤く涙も流すけど

   なんでオレは素直になっちゃいけないの……なれないんだろう

ここは論理的におかしい。まず青いのは看板で空じゃない。

しかし、昼は青空だったものが、夕方には赤くなる、とも解釈できる。それなら看板は余計な気もするが、あるいは「青い看板」が「青空」の表現?

ともあれ「涙を流す」というのは雨の比喩だろう。

つまり、空でさえ、機嫌よく青かったり、怒って赤くなったり、涙の雨を降らせたり、感情を素直に表しているのに、なんで自分は素直じゃないのか、素直に泣いたり怒ったりできないのか、という問い掛けである。

日本語的に壊れているのがサビ頭。

 ♪ 感情乱れを恐れ大事な感覚麻痺して

正しくは「感情の乱れを恐れ」だが、メロディーに無理矢理言葉を押し込めた結果、「の」が入らなかったと思われる。また言葉の切れ目は「感情乱れを恐れ 大事な」となるべきだが、メロディーの切れ目は「感情乱れを 恐れ大事な」で、合っていない。

冒頭の歌詞にある、多少のわかりにくさ(とはいえ、聴いているとすっと入ってきちゃうんだが)、この辺りのぎこちなさは、テツヤのソングライティングがまだ成熟していないせいとも考えられるが、この蒼っぽい感じこそがパンクだなぁ、とも思う。

 ♪ 感情乱れを恐れ大事な感覚麻痺して

   熱くなりゃブザマに月に吠えるそれが人間さ なぁ

「月に吠える」で、狼の遠吠えを思い浮かべるもよし、萩原朔太郎の詩を思い出すもよし。「なぁ」の呼びかけに、「うん」と素直にお返事しよう。

どんなに無様に見えても、時には感情をむき出しにしていいんだぜ、とメッセージして、月光グリーンのデビュー・シングルは幕を下ろす。

初期衝動に溢れながら、細部まで作り込まれた、全4曲。


The end





   



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