"CO2を食べる自販機"を考察する Supporting Information
本ページは以下の記事の補足資料です。記事を書く上で行ったざっくりとした試算などを載せますので、定量的な根拠が気になった方はお読み下さい。
A. 補足
A1. CO2吸収材のCO2吸脱着量
記事中ではCO2吸収材を酸化カルシウム (CaO)であると仮定して、CaOを製造する際に原料の炭酸カルシウム (CaCO3) から脱炭酸する加工を以下の式(2)で示しています。
この加工における原料由来のCO2排出量は、日本石灰協会様による提供値では0.748 g(CO2)/g(CaO)となっています[8]。
この日本石灰協会様の値は、CaCO3が完全にCaOとCO2に分解した場合の値である0.785に近く、差分は不純物や残留CO2によるものだと思います。ちなみに、JIS規格[12]では生石灰 (≒ CaO) の特号で"CaOが93.0%以上、CO2が2.0%以下"と規定されており、不純物や残留CO2があることが前提になっています。
また、記事中では石灰製造工業会様の資料[9]を引用して、CaCO3から脱炭酸する加工を行う際の、エネルギー消費に由来するCO2排出量を示しています。
2021年度のエネルギー由来のCO2排出量は0.232 g(CO2)/g(CaO)となっています。
引用元の資料[9]の生産活動量には生石灰 (≒ CaO) 以外にも軽焼ドロマイト (≒ CaO・MgO) が含まれているはずですが、割合は不明でしたので全てCaOとして計算します。正確な値ではないですが、概算としてお許しいただけると幸いです。
A2. CO2吸着材製造時のエネルギー
引き続き、原料のCaCO3からCO2吸収材であるCaOの生産について、ここでは製造時の加熱のエネルギーを仮にコークス (≒ C) の燃焼により賄う場合のCO2放出量を考えます。計算に必要な数値は以下の通りです。
・原料であるCaCO3の式量は 100.09 g・mol-1
・加熱によりCaCO3からCO2を脱離させる場合、この脱炭酸反応に必要なエネルギー (吸熱量) は、900 °Cにおいては約170 kJ・mol(CaCO3)-1 [13]
・比熱は温度依存性があるものの、約1.1 J・g-1・K-1 [14]
25 °Cから900 °Cまで加熱するとして96 kJ・mol(CaCO3)-1
・Cの燃焼熱は29 kJ・g-1 = 348 kJ・mol(C)-1 [15]
これらの値から計算すると、100 g (1モル) のCaCO3 と最低9 g (0.8モル) のCから56 g (1モル) のCaOと61 g (1.8モル) 以上のCO2が放出されるはずです。
なお、今回の計算は放熱等を無視して理想的に熱を分配した場合を想定しており、その点ではCO2吸収材製造の効率を過大評価しています。一方、実際の加熱時には熱交換によって顕熱を回収していると思いますが、これも無視しており、その点では製造効率を過少評価しています。
上記の計算結果のCO2排出量1.8モルに対して、本編でデータ[8,9]に基づき評価したCO2排出量は1.3モル程度なので、実際は熱交換とコークス以外のエネルギー源 (原子力や天然ガス火力など) によるCO2排出量低減の寄与があります。エネルギー源については、日本は2019年段階で発電の84.8%を化石燃料が占めている[16]ので、どちらかと言えば熱交換の効果が大きいものと考えます。
A3. 自販機のCO2排出量
記事中の図5で自販機のCO2排出量・消費電力量の推移を示しましたが、CO2排出量については単調減少ではなく、2011年に極小値、2013年に極大値をとっています。2011年から2012年のCO2排出量増加は、原子力発電所の停止による電力構成の変化が原因だと思います。
B. 蛇足
B1. CO2吸着材として他の材料を利用している可能性
元の記事で指摘した「ライフサイクル全体ではCO2排出は増加している」という問題は、CaO以外のCO2吸収材を利用することで解決できないのでしょうか。
アサヒ飲料様の記事では
との記載がありますが、この特許はおそらく特許7282338号[17]の事です。この特許では (特許なので) CaOに限らず様々な物質によるCO2吸着の場合を請求しています。CO2吸着は化学吸着か物理吸着かは問わないことになっておりますので、CO2吸着材としてCaO以外が使用されている可能性を考えてみます。
1) ゼオライトや活性炭 … これらの多孔質材料の吸着力では400 ppmの希薄なCO2を吸着することは困難です。また大気中には水分が存在するので、CO2が吸着するはずの細孔を水が占有してCO2吸着が困難になります。
2) アミン等の有機物 … 低分子だと揮発性・匂いがあることと、アサヒ飲料様は肥料やセメントに使用する事を想定していることからアミンを使用する事は考えにくいです。
3) アルカリ金属やアルカリ土類金属の塩基性の化合物 … 入手が容易でCO2との反応性が高いアルカリ金属の水酸化物は水酸化リチウム (LiOH)、水酸化ナトリウム (NaOH)、水酸化カリウム (KOH) ですが、これらは5 wt%以上では劇物となります。ドロマイトの成分である酸化マグネシウム (MgO) はCaOよりも反応性が低く、CaO以外を採用するメリットは無いと思います。
ということで、他の可能性を検討してもやはりCaOであると推測するのが現実的だと思います。
たとえCO2吸収材が何であれ、製造時にはエネルギーを消費しますし、吸収したCO2を放出しないと再利用も出来ないので、他のCO2吸収材を使用してもライフサイクルでCO2を減らすことは現状できないように思います。
B2. CO2吸収材が環境に貢献する可能性
最後に、上記で検討したようなCO2吸収材が環境に貢献する場合を考えてみます。筆者の思いつく範囲では、有効なケースは下記に限定されます。
【①環境対策の場合】
CO2吸収材が再びCO2吸収が可能なものであること (例えばアミン等)。ただしこれは必要条件であり、十分条件ではありません。
CO2吸収材製造時のCO2放出に必要なエネルギーを得るために必要な燃料・電力を得る際のCO2発生量よりも、CO2吸収材によるCO2吸収量が大きいこと。 ※CO2吸収技術の一例では、大気中の400 ppm程度のCO2を回収するのに現状の国内電力を利用した場合、CO2排出量はCO2回収量に対して10倍になるという評価結果もあります[18]
CO2吸収材製造時に放出される (ある純度・温度・圧力の) CO2に対して用途 (貯留や変換の方法) が決まっていること。
【②目的に対して資源やお金の糸目をつけない場合】
たとえば宇宙船内のLiOHを用いたCO2キャニスター[19]は、乗組員の生命維持を目的としています。
元の燃料よりも価値があるもの、医薬品などの合成にCO2を使う必然性があるならば、エネルギー変換としての効率が低くても社会から求められるかもしれません。
一方、現状で世の中で見られる例はどうでしょうか。あくまで環境に良い行いをしているというプロパガンダが目的で、ライフサイクルを通じて考えると実効的なソリューションとは呼べないように思います。
例えば「CO2を燃料化します」と言っても、燃料を燃やして作った電力を利用していれば、それはCO2を排出しながら「CO2を有効利用しています」という宣伝をしているだけです。また、燃料であるメタン (CH4) 等の炭化水素を合成するためにCO2と反応させる水素 (H2) はいったいどのように調達するのでしょうか。同様に「CO2を吸収します」といっても、その設備やCO2吸収材はどのくらいの量の燃料を燃やして、またCO2を排出して製造されたものなのでしょうか。
本当に意味のあることを実現するのは難しいものですが、だからこそね。
参考文献
元記事の参考文献
[1] アサヒ飲料株式会社, “国内初、CO2の資源循環モデルの実証実験を6月から開始” , (2023年8月19日閲覧).
[2] アサヒ飲料株式会社, “「CO2を食べる自販機」6月30日から国内初設置” , (2023年8月19日閲覧).
[3] アサヒ飲料株式会社, “「CO2を食べる自販機」“東京スカイツリー®”に関東初設置” , (2023年8月19日閲覧).
[4] 食品産業新聞社, “国内初“CO2を食べる自販機”アサヒ飲料が展開、大気中のCO2を肥料やコンクリートなど工業原料に”, (2023年8月19日閲覧).
[5] Ronald Barker, "The reversibility of the reaction CaCO3 ⇄ CaO+CO2", J. Appl. Chem. Biotechnol., 23, 733 (1973).
[6] 日本石灰協会・日本石灰工業組合, “石灰石” (2023年8月20日閲覧)
[7] 日本石灰協会・日本石灰工業組合, “生石灰” (2023年8月20日閲覧)
[8] 環境省, “2.A.2 生石灰製造 (Lime Production) (CO2)”, (2023年8月26日閲覧)
[9] 石灰製造工業会, “石灰製造工業会における地球温暖化対策の取組 ~CN行動計画 2021年度実績報告~”, (2022).
[10] 株式会社インプレス, "「CO2を食べる自販機」が話題! 吸収したCO2はどうなるの? アサヒ飲料に聞いた“ (2023年8月20日閲覧).
[11] 株式会社ジャパンビバレッジホールディングス, “ジャパンビバレッジ 環境・社会報告書 2021“, (2021).
本記事の追加参考文献
[12] 日本工業規格, "工業用石灰", JIS R 9001:2006, (2006).
[13] 小島和夫, "持続可能な社会のためのエントロピー論", 無機マテリアル, 4, 399-405 (1997).
[14] 小林清志, 井上信明, 高野孝義, "炭酸塩の固相、液相の比熱および融解潜熱", 熱物性, 6, 2-7 (1992).
[15] 環境省, "燃料別の二酸化炭素排出量の例" (2023年8月26日閲覧).
[16] 資源エネルギー庁, “日本のエネルギー エネルギーの今を知る10の質問“, (2023年8月26日閲覧).
[17] アサヒ飲料株式会社, 株式会社Eプラス, "自動販売機", 特許7282338号, (2023).
[18] 奥村雄志ら, "固体吸収材を用いたCO2回収", エネルギー・資源, 44, 265-269 (2023).
[19] 下田隆信, "宇宙ステーションの空気環境を創る環境制御・生命維持システム", Medical Gases, 16, 7-12 (2014).
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