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こえられるはずの壁をこえる一歩がでない

人に与えられた時間は有限で
80歳まで生きるとして毎日の睡眠時間を6時間とすると
20年寝ていることになる。
だから動ける時間は60年しかないのだ。
そのときそのときを大切にしなければ
あっという間に1年はすぎる。

そして人はいつ人生の幕をとじるかわからない
事故にあって明日死ぬかもだし
病気になって余命宣告をされるかもだし
その時にあれもあっておけばよかった
これもやっておけばよかったでは手遅れかもしれない

日々、時間を大切に生きていかないと
やりたいと思うことは全部やろうとおもっているのに
自信がない
不安などを言い訳にすすまない。

不安の対策は行動を起こすこと
不安の種に対抗した行動をとればいいのだが
その対抗策が自分の子供時代のことにふれたり
自分のネガティブな部分にふれる場合は
すごく大きなブレーキがかかる。

いつどうすればいいのかもわかってるのに
対抗策を実行できない。
子どものころから
しっかりしている自分を演じることで
自分を守ってきた。
そういう自分を認めてもらうことで
自分の居場所があるように感じていた。
だからちゃんと出来ない事や
恰好悪い姿を見せることに
恐さを感じている気がする。

とてつもなくどうでもいい
名誉欲がでてしまう。
なんとも面倒くさい。
面倒くさいのに手放せてなかった。
そのめんどくさいもので
子どものころの私は戦っていた気がする。

親とうまくいにないことで苦しみ
それをどうにかしたくて逆視道という学問を学ぶことで
自分が助けられたので
同じように苦しんでいる人たちに伝えたいという
思いは強くあるのに

いざ講師として活動していいと許可がおりると
すすめなくなった。
自分が苦しかった時代を逆視道という学問を
学ぶことで乗り越えたと思っていたが
まだ火種がくすぶっていたのだなと思った。

講師としてこの学問を伝えていくためには
自分が伝えたい人たちにちゃんと伝えるためには
もういちど
あの苦しかった自分の嫌な部分と向き合うのか・・・
という気持ちがブレーキをかけている気がする。

これはきっと過去の出来事を思い出してるだけで
実際に向き合ったら
実はたいしたことなくて
なんでこんなものにおびえていたのか
なんて笑い話になる気もするが
この壁をこえる一歩がでない。

向き合う覚悟がたりてない。

でも私のように
生きづらくきついと思っている人は
たくさんいて
たぶん
苦しいのに自分をコントロールできなくて
自分の心を傷つけたり
周りを傷つけたり
それでさらに自分が傷ついて
自分が嫌いになって・・・

そういう人たちに
それには仕組みがあって
簡単ではないけど
仕組みを理解して実践すると
かわれることを伝えていきたい。

私が少しずつ自分のことを自分で
きめて自分の人生を歩きだせるように
なったように
同じような人たちが
自分の人生を自分できめて歩けるように
手伝いたいと思う。

壁をこえる一歩をふみだす覚悟をきめた日。


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