見出し画像

エンディングノートとデジタル遺品の関係

 終活ブームを代表するツールである「エンディングノート」と、故人がデジタルで残した資産である「デジタル遺品」は、世間で知られていく時間の流れが意外と共通している。両者の歩みを追いかけてみたい。

エンディングノートの登場は1990年代

 エンディングノートとは、万が一のことがあったり死んでしまったりした場合に備えて、自分で資産や連絡先、希望する葬式のスタイルなどを書いていくノートのことだ。遺言書のような法的な拘束力は持たないが、自分の現時点での持ち物と将来起こりうる問題などとまとめて向き合えるため、終活の入り口として利用する人が多い。親の終活の流れで30代で購入する人も普通にいる。

 このエンディングノート、日本で流通したのは1990年代に入ってからだ。そういう意味ではインターネットと同級生的な道具といえるかもしれない。このノートの中で、ネットを含むデジタルの資産はどう扱われてきたのだろうか。

デジタル要素は2000年代のノートから

 国内でエンディングノートと見なされるものは、1991年に葬儀社の配布用に制作されたノート(通称「セキセー3部作」)が初めといわれるが、一般書店で売られるようになったのは1996年の『遺言ノート』(井上治代著、KKベストセラーズ)が元祖だ。これらが発行された時期はまだまだネット黎明期だったので、誌面をくまなくチェックしても電子メールやホームページなどを遺産として記載する項目は当然ながら見当たらない。

 2000年代に入ると、携帯電話や電子メールは名刺に記載するのが業界問わず当たり前となり、インターネット上でもブログやSNSが個人の持ち物という感覚で通じるようになる。エンディングノートにも、万一の際に連絡したい相手の項目に携帯電話番号や電子メールアドレスの欄がしばしば見られるようになる。2006年に発行されたヒット作『ナルク エンディングノート』(NALC)の連絡先項目にもこれらの欄が確認できる。

 ただし、自らの資産という意味でデジタルの持ち物を書く枠はまだほとんどなかった。デジタル関連を普及させる主な担い手は若者や働き盛りのビジネスパーソンで、死後のことを考える終活世代とは世代的な開きがある。そこに理由があるのではないか。とにかく、デジタル資産はまず連絡手段として市民権を得たと読み取ることができる。

2010年前後は終活とデジタルが躍進

 デジタルの持ち物を資産扱いにするノートは2010年前後からにわかに増えていった感がある。

 この時期は2009年に「終活」という言葉が誌面に登場し、2011年に経済産業省が「安心と信頼のある「ライフエンディング・ステージ」の創出に向けて」という報告書を発表するなど、終活関連の動きが活性化したタイミングと被る。

 デジタル側からみると、2008年にiPhone 3Gが国内で売り出されてスマートフォン普及の口火を切り、2009年に公開株の電子化がなされ、有価証券をデジタルで管理するのが標準となった時期ともいえる。

 つまり、終活意識の高まりとデジタル資産のウェイトアップが同時にやってきたのが2010年前後というわけだ。

 この時期に登場したエンディングノート最大のヒット作『もしもの時に役立つノート LES-E101』(コクヨ)に、「携帯・パソコンについて」と「WebサイトのIDについて」というデジタル資産に関する2つの項目が設けられているのは象徴的なことかもしれない。この時期に刷られたすべてのエンディングノートに同様の項目があるわけではないが、かなり捉え方が変わってきたのは確かだ。

現在でもまだフィットしきれていない

 以降はデジタル遺品を意識したノートの数は着実に増えており、2018年には徳島県海陽町が町民向けに配布したエンディングノートにデジタル遺品の項目が設けられてニュースにもなった。いまだデジタル資産をたくさん持っている層と終活世代とは開きがあるものの、かなり浸透した印象だ。

 実際、インターネット使用率はここ15年の間に60代で5割未満から8割超、70代で2割未満から5割超と確実に増えているし、電子版お薬手帳やPHR(パーソナル・ヘルス・レコード)アプリの普及などで、スマートフォンを活用する高齢者も珍しくなくなっている。もう持ち物のなかでデジタル領域を省くこと自体がナンセンスな時代になったといえるんじゃないかと思う。

 しかし――。いや、だからこそ不満がある。

 エンディングノートのデジタル資産項目は実用性がまだまだ乏しい。

 大抵のデジタル資産項目は携帯電話やパソコンの番号やメールアドレス、会員制サイトのID情報などの項目しかない。それも確かに重要だが、最優先すべきはスマートフォンのロック解除キーだ。そこに触れているノートは、デジタル終活専用のごく一部のノートを除いてまだほとんどない。

 使用中のメインスマホには、本人のデジタル資産が集約されていることが多い。その入り口が開けられないと、持ち主ではない家族はデジタル資産の解明なんてできるわけがない。まずは玄関の鍵。そのうえで、ネット銀行やネット証券、ネット保険などの資産絡みのオンライン情報や、SNSアカウントなどの情報を記載するというのが正しい順序だと思う。

 エンディングノートはすべて書ききる人は購入者の1割にも満たないとも言われており、定期的に更新している人はさらに希少だと思われる。ただ、完成させないまでも目を通すだけで価値あるシミュレーションできるのも確か。その仮想体験をより意味のあるものにするためにも、デジタル遺品の項目はもっと実用に寄せてほしい。

 なお、私のサイトではA4用紙一枚にまとめた「デジタル資産メモ」シートをPDFで無料公開している。エンディングノートの自由欄などに貼るなどして使ってもらえたら嬉しい気持ちになると思う。

キャプチャ

※初出:『デジモノステーション 2018年10月号』掲載コラム(インターネット跡を濁さず Vol.29)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?