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【短編小説】トンネルの足音

888文字/目安1分


 誰も通らない、先の見えないトンネルをずっと歩いている。
 消えそうな明かりが一定間隔でついているだけだから、自分の輪郭もおぼつかない。歩いた先に何があるのか、終わりがあるのか、どうしてここにいるのかさえも分からない。
 ただずっと、まっすぐ歩き続ける。

 一歩進むと足音が二つ、三つと響く。それを繰り返すと自分の歩いた距離がもう分からなくなる。
 先が見えないのに歩き続けるしかない。周りの音で気が狂いそうになる。自分の人生みたいだ。

 自分の人生は自分で決めて、自分の力で切り拓いていく。今の自分は過去の自分が作ったもの。そう教えられた。
 どうしたって天才には勝てない。上には上がいる。その分下もいる。才能もない。自分の出せる力を使って、それなりの人生を作り、これからもそうなるはずだった。
 やればたいていのことはできてしまうのがいけなかったのか。
 やればある程度は人から評価がもらえる。やればある程度の出来栄えになる。けどそれ以上大きくはならない。
 気がつけば同じことの繰り返し。起きて仕事をして寝るだけの毎日。周りに合わせて、自分を大きく見せるつもりもないのに見栄を張る。壁を張りたいのに、分かってほしくなる。生きているのか自信が持てなくなった。

 じゃあ今ここにいるのは自分のせいか。俺は何か悪かったんだろうか。

「助けてくれよ」

 そう叫んでも自分に返ってくるだけ。俺はお前のことは助けられないよ。自分に自分の手を差し伸べることはできない。

 トンネルの景色は変わらない。いくら進んでも自分の足音が聞こえてくるだけ。終わりが見えない。歩みを止めるのは簡単にできそう。振り返るも一瞬。戻るのも簡単だ。でも怖くてできない。

 夢なら覚めてくれ。
 夢じゃないなら終わりにしてくれ。
 俺は生きたい。

「俺は生きてやる」

 そう叫んだ瞬間、強い光がトンネルを飲み込んだ。何も見えなくて真っ白になる。意識も薄れて、何も分からなくなった。

 気がついたら町の中にいた。自分のよく知る景色、温度、空の明るさ。足音は自分のだけじゃない。これできっとまた進むことができる。

 信号が青になったから、俺は歩き出す。

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