子供は親世代を疑ってかかれ

私は非常に幸運な人生を歩んできたと感じています。同世代で選べるサラリーマン人生の選択肢の中でも、おそらく最も成功した部類に入るのではないかと考えています。新卒で業界の国内トップ企業に入社し、その後世界でもトップクラスの外資テクノロジー企業に転職し、MBAを取得。そして更にはシンガポールに移住し、アジア全体を統括する立場にまで上り詰めました。収入格差が大きいシンガポールにおいて、上位15%に入る収入も手に入れることができました。そのために必要な努力を人一倍してきた自負があります。私にとって、これらの経験が良いキャリアだったかと問われれば、答えはもちろんYESです。しかしながら、これからの未来を担う子供たちの世代でも、私と同じキャリアを歩むことが成功と言える道筋になるのか、正直疑問に思います

私は自分の子供たちに対してどのような教育方針が適切かを常に考え、親としてできる限りのことをしてあげたいと思う一方で、将来の10年や20年を予測して、子供たちに適切な道を示すのは非常に難しいとも考えます。変化のスピードが劇的に早まった現代社会において、特に5年で景色がガラリと変わるテクノロジー業界において、自分の成功体験や努力の方向性はこれからの50年を作っていく子供たちにとって学ぶ価値のあるものではなくなる可能性の方が高いでしょう。

また、私自身が成功を収めた経緯を振り返ってみても、自分の親から受けたアドバイスに従ったおかげで成功したと感じる記憶はほぼありません。逆に、親の言う通りに行動していたら、今のような道にはたどり着かなかったと思います。仮に私が子供の頃から親の望む通りの行動ばかりしていたら、親の世代の古い基準や常識で考えられた理想の人生を歩んでいたことでしょう。今頃私は伝統的な銀行や製造業に勤めていたかもしれません。もちろんこれらの業種を否定するつもりではありません。ただ、私が18年ほど前にインターネットやテクノロジーの世界に入る際に親に反対されたことを考えると、子供から当たり前のように見える世の流れと親の感覚との間には非常に大きなギャップが存在することも窺い知れます。

ホットな業界が時代ごとに変化するだけではなく、働き方やスキル習得についての常識も時代によって変化しています。転職、副業、リモートワーク、これら伝統的な終身雇用制度と相反する働き方が一般的になるにつれ、これらを活用して最大限自分の時間を価値を感じられるものに使える者が人生の勝者になっていきます。勝者と書きましたが、他者と勝負して勝つことと幸せは直結しないという概念がより強くなるということもあるかもしれません。また、学ぶ必要があるときに学びたいことを好みの方法で学ぶ、といったスキル習得に対する柔軟性がより一般化すれば現状の教育システムや学歴はあまり意味をなさなくなります。私の世代の理解からは程遠い新しい世の中の常識が、数年もすれば醸成されるでしょう。

子供たちには親として説教しますし、親として人生で大切だと思うことも伝えます。ただし、一方で子供たちには親の話をあまり素直に聞いてほしくない疑いを持って聞いていてほしいとも考えています。家族で暮らす以上、親から何かしらのバイアスを受ながら育つのは仕方がないですが、時代が変わっているのにどう足掻いてもそのスピードに追いつけない親のコピーを作っても意味がありません。なぜなら親世代では分かり得ない進化や発展が子供たちの世代には存在し、優先すべきはこれからの未来を決める主役である子供たちだからです。

刻々と変化する時代に未来を予測することは一層難しくなり、それとは全く違う過去での成功体験しかない親として教えてあげられることは、残念ながらほぼありません。その自覚を持って子供と向き合った上で、子供たちが困難を乗り越え、成長し、自己実現するための基盤を可能な限り親のバイアスをかけることなく築くことが、彼ら自身が進むべき道を見つけるための最大のサポートになると考えています。