見出し画像

「つながり」を読み解く英文読解(20)~情報構造⑥:情報運搬構文(2)~

▼前回に引き続き,情報運搬構文(information packaging)の続きです。前回は,9つの情報運搬構文のうち,〈[1] 前置(左方移動)〉と〈[2] 後置(右方移動)〉を扱いました。今回は,〈[3] 外置〉を扱います。

外置(extraposition):it-that clause / it-to do / it-doing / it-5W1H

▼「外置」とは,いわゆる「仮主語(形式主語)」の it を使い,後にそれに対応する「真主語」(that 節 / to do / doing / 5W1H )を置くかたちのことです。

先行の it 構文は,主語の節を,末尾位重点あるいは末尾位焦点のいずれかのために,文の後方の位置に移動させる手段である。
ジェフリー・リーチ & ヤン・スヴァルトヴィック,池上惠子訳『現代英語文法 コミュニケーション編 新版』,紀伊國屋書店,p.300

▼例文を確認してみましょう。

(a) It is clear that he’s guilty.
(b) That he’s guilty is clear.
Huddleston, Rodney & Pullum, Geoffrey K, "The Cambridge Grammar of the English Language"

⇒ It が仮主語(形式主語)で that he's guilty が真の主語にあたりますね。

▼ここには「文末焦点」や「文末重心」の原則が適用されている,とすることもできますが,これは「不足している情報の補充」と考えることもできます。

it のもつ「つかみどころのなさ」

▼そもそも,it という人称代名詞は非常につかみどころのない代名詞です。基本的には〈it =前出の単数形の名詞(=the + 名詞)〉とされていますが,同様に〈前出の単数形の名詞(=the + 名詞)〉を示すことができる that との違いについて,興味深い分析があります。

[A rushes into the room excitedly]
A: Guess what! I just won the lottery!
B1: *It's amazing!
B2: That's amazing!
(Akio Kamio & Margaret Thomas, Some referential properties of English it and that, in Function and Structure: In Honor of Susumu Kuno, Akio Kamio & Ken-Ichi Takami (ed.), 1999,p.291)

⇒ Aが興奮した様子で部屋に飛び込んできて「何があったと思う? 宝くじに当たったんだよ!」という発話に対して,「それは驚きだ!」とBが応答しています。しかし,B1の It's amazing! の前には「非文記号(文法的に誤りであるという記号)」がついています。どうしてここで It's amazing! とは言えず,That's amazing! と言わねばならないのでしょうか。

▼これは,it が「あらかじめ話者/筆者の頭の中にある知識」を指すため,その場で初めて知った「宝くじに当たった」という内容を示すことができないことによる,というものです。that にはそうした制約がなく「その場で初めて知ったこと」を示すことができるため,この場合は It's amazing! ではなく That's amazing! が適切ということになります。

▼もし,Aが宝くじに当たったことを何らかの方法で事前に知っていたとしたら,次のように it を使って応答することができます。

A: Guess what! I just won the lottery!
B: (Yes,) it's amazing! I heard about it on the radio, and I've invited everyone on the block to our house for the party!
(Akio Kamio & Margaret Thomas, Some referential properties of English it and that, in Function and Structure: In Honor of Susumu Kuno, Akio Kamio & Ken-Ichi Takami (ed.), 1999,p.291)

▼この考え方に基づくと,以下の2つの文の違いも明らかになります。

(a) "That's it."
(b) "It's that."

▼(a)は「あなたが提示したそれは,私が思っていたそれだ」,(b)は「私の思っていたそれは,あなたが提示したそれだ」という意味で,微妙に異なっています。

▼また,it は「天気・天候」「時間」「場所・距離」「明暗」「漠然とした状況」など,様々な状況を表すためにも用いられますが,これも「話者/筆者が自分の置かれた状況として頭の中で思っていること」を示しているためだと考えることができます。

「新旧未確定情報」としての it

▼このように考えると,外置で that ではなく it が用いられる理由も理解できそうです。仮主語(形式主語)や仮目的語(形式目的語)の it で示された情報は,その時点では「話者/筆者の頭の中にあるけれど,それだけでは聞き手/読み手が何のことかわからないもの」に他なりません。となると,それを補うために,いわゆる真の主語/真の目的語として that 節や to 不定詞や -ing や疑問詞節などが必要になるわけですね。

▼it は,前出の名詞を指していれば「旧情報」だと言えますが,これまで述べてきたように「外置」で用いられたり,状況を表している場合などは必ずしも「旧情報」とは言えず,むしろ〈新旧未確定情報〉として受け止め,その時点で何を示しているかがはっきりしない場合,後にある情報(that 節や to 不定詞や -ing や疑問詞節など)によって,その情報が補われるものだ,と考えることが妥当だと言えるでしょう。また,たとえば,〈I'd appreciate it if S V...(=SがV…してくれるとありがたい)〉の it の場合,これを「仮目的語」ととらえてしまうと if 以下が真の目的語で名詞節扱いされねばなりません。しかし,この場合の if は「もし…ならば」を表す副詞節であって,名詞節ではありませんから,it を「話者の想念」とし,その情報を補う形で if 以下が提示されている,と考えれば良いと思います。

外置のまとめ

▼では,ここで最初の例文に戻ってみましょう。

(a) It is clear that he’s guilty.
(b) That he’s guilty is clear.
Huddleston, Rodney & Pullum, Geoffrey K, "The Cambridge Grammar of the English Language"

(a) It [T] / is certain that he's guilty [R].
「(それは)確かなんだよね。彼が有罪だってことがさ。」
⇒ It が主題(シーム[T])で,is 以下が題述(リーム [R])となっています。It は〈新旧未確定情報〉であり,that he's guilty がその情報を補っていると言えます。

(b) That he's guilty [T] / is clear.
「彼が有罪だってことは確かだ。」
⇒ That he's guilty が主題(シーム[T])で旧情報,is 以下が題述(リーム [R])となっています。

▼通例,〈文末重心〉の原理が働くため,(b)のような文はあまり多くないかもしれませんが,それでも実際に使われてはいます。だとしたら,(b)のかたちが用いられている場合,情報構造の観点から考えると,That he's guilty を主題とし,旧情報として提示した後,(is) clearを焦点にするためにあえて「重い(長い)」主語を前に置いている,と解釈することができるかもしれません。これに対して,(a)では that he's guilty が焦点だと言えます。これは,"It is clear that he's guilty." を "Clearly he's guilty."(明らかに彼は有罪だ) と表すことができることからも妥当だと言えそうです。

▼すると,外置とは,情報構造の観点からすると次のようなものだと考えることができそうです。

① 新旧未確定情報の it を使い,不足した情報を聞き手/読み手が補うことを求めている。
② 文末焦点の原理が働き,補われた情報に焦点が置かれる。

▼もちろん,これまで述べてきたように,情報構造は文法のルールに比べて厳密さに欠けるところがあり,上に述べた説明が必ずしも当てはまらない場合もあると思います。ただ,機械的に文の構造を考えるのではなく,情報のつながりを意識して英文を読むためにも,こうした観点が必要ではないかと思うのです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?