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指示語と返り読みとワーキングメモリ

▼たまには英語講師らしいことも書かねばならないかと思いまして…とはいえ,大した話でもないかもしれませんが(;´・ω・)

▼英文を読む時,「返り読みせず,前から読んで訳していけば速く読める」とよく言われています。確かにその通りなのかもしれませんが,それでは「指示語」が登場した場合,どうすればよいのでしょうか。

▼英語の話はひとまず置いて,日本語で考えてみましょう(もちろん,母語が他の言語の方は自分の母語に置き換えてください)。実は,私たちが日本語で指示語に出会った場合,瞬間的に「予測と修正」を繰り返している,と言えるのです。たとえば,次の文章を読んでみましょう。

4年前,私はニューヨークを訪れました。それは

▼では,問題です。この場合,「それ」とは何を指しているのでしょうか?

▼実は,この時点では「それ」とは何のことなのかわからないのです。もちろん,何かを指してはいるだろう,と考え,何を指しているのかを予測はするでしょう。そして,もしこの後に「私の人生で2回目の海外旅行でした」と書かれていれば,「それ」とは「(私が)ニューヨークを訪れたこと」となりますし,「ビッグアップルと呼ばれています」とか「世界三大都市の一つと言われる町です」と書かれていれば,「ニューヨーク」のことを指す,と解釈するはずです。

▼普段,母語で文章を読んだり聞いたりするとき,私たちは指示語をこのように無意識に,瞬時に脳内で処理しています。そして,これが可能なのは,そこまでの情報が頭の中のいわゆるワーキング・メモリに保たれていて,「予測と修正」を繰り返しているからなのだと言えるでしょう。

▼もちろん,母語でも,内容が難しい文章であれば前にさかのぼって(つまり,返り読みをして)確認することもあります。また,試験で指示語の内容を答えろ,と言われた場合,解答をまとめるには前にさかのぼって考える必要があります。しかし,日常的には,いちいちさかのぼることなく脳内の〈予測→修正〉を無意識に反復して処理しているはずです。

▼だとすれば,外国語学習でも同じことが言えるのではないでしょうか。

Four years ago, I visited NY.  It ...

▼このように書かれていた場合,2文目の It が指す内容は,この時点では「不確定情報」にほかなりません。

① Four years ago, I visited NY.  It was my second trip abroad.
② Four years ago, I visited NY.  It is called "The Big Apple".

▼①であれば,It が指しているのは "(Four years ago,) I visited NY" のことですし,②であれば,"NY" のことだと解釈できます。

▼「返り読みをしない」というのは,「ワーキングメモリに情報をできるだけ蓄えておき,〈予測と修正〉を繰り返すこと」と言えるかもしれません。しかし,外国語の場合,母語に比べて意識しなくてはならないことが多く,母語並みに無意識に〈予測と修正〉を行うことは至難の業と言えます。また,とりわけ It に関して言えば,前にあるものも,後にくるものも,はたまた,筆者や話者が置かれている状況などを指すこともありますから,余計に解釈が難しいと言えます。

▼だとすれば,結局のところ,「初めは丁寧に,文法的に正しく読み,無意識に解釈できるようになるまで多様な英文を読んで慣れる」ことと,「どうしてもわからなければ前にさかのぼる」としか言いようがないのではないか,と思います。ただ,これがリスニングの場合,前にさかのぼりようがありませんから,指示語が持つ多様な可能性を意識して,柔軟に予測と修正を行う習慣を身につけるということが必要なのだと思います。

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