落合陽一展「 万象是乱数トヌル: 如渡得舟、如ヌル即是色、如炬除暗、計算機自然亦復如是 」に行ってみた件
11月29日(水)から東京・渋谷区神宮前にあるオン・サンデーズ&ライトシード・ギャラリー(ワタリウム美術館B1)で、落合陽一さんの個展が始まりました。会場では、落合さんがここ数年で制作した写真プリントや彫刻、体験型コンテンツが展示されており購入もできます。
展示されている作品は、今年開催された岐阜県高山市の日下部民藝館での大規模な個展や、東京・京都のライカギャラリーでの写真展、京都の醍醐寺での特別展から選ばれた作品で、会場は特別な雰囲気に満ちていました。
今回、展示されている作品について、過去の個展を振り返りながら、落合さん本人が当時解説していた内容と共にまとめたいと思います。
ステートメント
「 万象是乱数トヌル: 如渡得舟、如ヌル即是色、如炬除暗、計算機自然亦復如是 」は、計算機科学の概念を用いて、世の中の全てのものがコンピューターの自然(計算機自然)によって理解できる可能性を探求します。(「乱数」と「null(ヌル)」とは、コンピューターのプログラミングで使われる概念)ワタリウム美術館は、観覧者が新しい理解に到達するための「舟」のようなもので、物質(実際に触れられるもの)と非物質(触れられないもの)、見えるものと見えないもの、知識と無知の間を自由に行き来する新しい考え方を提供します。
メインビジュアル「オブジェクト指向菩薩」は、空海の曼荼羅(仏教における宇宙や教義を象徴的に表現した図像)や真言密教(仏教の一派で真言(マントラ)や儀式を通じて悟りを目指す教え)と、オブジェクト指向プログラミング(コンピュータープログラミングの一種)と仏教思想が混ざり合う点を視覚的に表現しています。大日如来(真言密教における宇宙の根本原理を象徴する最高の仏)の光は、全てのものへの認識を表し、デジタルと精神的なものが混ざる新しい視点を示します。
「如ヌル即是色」は物質(実際のもの)と空虚(存在しないもの、ヌル)がどう関係しているかを探り、物質的な世界とデジタルな世界がどう交わるかを見ることができます。「如炬除暗」は、知識(炬)が無知の暗闇を照らすことを表し、地下空間での展示を通じて新しい視覚的認識を提供します。
最終的に、「計算機自然亦復如是」は、法華経(仏教の経典)の教えと現代のデジタル技術が合わさり、自然の美しさや複雑さを新しい視点から見ることができます。この展示は、古代の知恵と現代技術が交わることで新しい理解を提供し、視覚的な喜びをもたらし物質と非物質の探求は「ヌル=null」に到達し、符号化された永遠性を象徴となります。
作品
オブジェクト指向菩薩三照図
新作です。
今年、落合さんは仏教の曼荼羅とコンピューターサイエンスの関連性に新たな解釈を加えました。
曼荼羅がオブジェクト指向のプログラミング思想に基づいていると考え、特に大日如来をオブジェクト指向思想の「スーパークラス」と見なしています。その上で、落合さんはAI技術を用いて新しい「オブジェクト指向菩薩」を設計し、3Dモデリングされ、CNC技術で物理的形状に落とし込まれ、職人による細かな手仕事で磨き上げられました。
また、「計算法要」と呼ばれる新しいお経が作成され、真言宗総本山醍醐寺の住職による開眼法要で、岐阜県高山市の日下部民芸館で仏像として完成しました。
落合さんは、仏像制作の困難さと厳格なプロセスで作られたことを下記動画で説明しています。
オブジェクト指向菩薩様は開眼法要を経て聖なる存在となり、現在、日下部民藝館に大切に保管されています。
今回、その菩薩様の姿を銀箔にプリントされた作品として展示され、神々しく深い存在感を放ち、観る者を畏敬の念に包み込むようで、長い間見惚れてしまうほど惹き込まれてしまいました。
質量化された幽体の共鳴
「質量化された幽体の共鳴」は、物質的な世界と非物質的な物語の世界を結びつけることで、新しい形の芸術体験を創出しています。醍醐寺で長年眠っていた古い道具や資材と、それらの物品に関連するストーリーが録音されたテープがセットで展示されており、物質(古い道具や資材)と非物質(録音された物語)の相互作用を探究する作品です。
単に古い物品を見せるだけでなく、それらが持つ「幽体」(物品のストーリーや精神的なエッセンス)を可視化し、録音されたテープが物品の物語を伝え、物品自体の物質的な側面と結びつけることで、観る者は物質的な存在と非物質的なストーリーの間の深い関係性を感じることができ豊かな体験を提供しています。
また、会場には9月に醍醐寺で初公開された落合陽一さんの「Phantom Resonance」の展示もありました。この展示では、大規模言語モデル(LLMs)を活用し、黒電話を通じて対話を行うことで、物質と非物質、過去と現在、人間と非人間の間で共鳴を生み出します。
黒電話の相手は「オブジェクト指向菩薩」。現代の計算機技術を使って過去の人類が蓄積した知識との再共鳴ができ、妖怪や神話のような物語が新しい形で再解釈され、新たな探求する場が提供されています。
落合陽一 写真展 「 晴れときどきライカ 」
今年9月に東京と京都のライカギャラリーで同時に開催された落合陽一さんの写真展「晴れときどきライカ ─ 逆逆たかり行動とダダイズム」と「晴れときどきライカ ─ 質量への憧憬、ラーメンは風のように」から、13点の作品が展示されていました。「晴れときどきライカ」というテーマ(晴れた日にライカカメラを持って街に出て日常の風景を撮影)を通じて、落合さん独自の視点で捉えた情景や、彼の思想、哲学が表現された作品が展示されています。
木化する波 / 銀口魚 再物化する波
「木化する波」は2022年の作品で、オークの集成材を用いて、整数的な波動立体のモチーフを形にしたものです。オークの木という物理的な材料とデジタル技術を組み合わせることで、新しい形のフォルムを生み出しています。
「整数的な波動立体」とは、数学的な波の形を具体的な物体として表現したもので、物理的な世界とデジタル世界の間を行き来しながら形作られています。 落合さんは民藝(伝統的な手工芸品)とデジタルネイチャー(デジタル技術と自然が融合した概念)の共通点、伝統と現代の架け橋の可能性を探求しています。
この作品は、落合さんが2018年に制作した「Silver Floats」という3Dプリンターで製作し鏡に加工した作品の木製バージョンで、原作は空中に浮かび回転している銀彫刻の作品です。尚、今年の9月から11月に岐阜県高山市の日下部民藝館で開催された落合さんの個展では、「借景するガラス、結晶化する波」というガラスで制作された作品も展示されていました。
「銀口魚 再物化する波」も2022年の作品で、3Dデータを使って木材から鮎の形を削り出し、職人が手作業で仕上げた作品を再度3Dスキャンしてデジタルデータに戻し、そのデータを元に機械で再び木材を削り出し、鏡面塗装を施した作品です。
デジタルデータから物理的なオブジェクトへ、そして再びデジタルデータに戻すという往復を繰り返し、デジタル技術と伝統的な彫刻技術を融合させ、物質とデータの間の関係性を探求しています。
元々の3Dデータを使って木材から鮎の形を削り出し、その後職人が手作業で仕上げた作品は、「Silver Floats」のテーマやコンセプトを基にしています。映像と物質の変換、波と物質、そして知能との関係性から展開された、質量性(物質的な実体を持つこと)と非質量性(物質的な実体を持たないこと)の融合や、計算機自然(デジタル技術と自然が融合した概念)を追求しています。
また、この作品の制作には、音と光の共感覚(異なる感覚が結びつく現象)を通じて風景や空間と一体化したいという作家自身の願望が大きく影響しており、物質的なオブジェクトとデジタル技術が融合することで生み出される新しい表現形式や空間の創造を目指していいます。
「銀口魚 再物化する波」は単なる物質的な彫刻に留まらず、デジタルと物理的な要素が結びついた複雑な概念と芸術的な志向を反映しています。
デジタル輪廻転生円空像
「デジタル輪廻転生円空像」は飛騨の檜を使用した2022年の作品で、実際の円空仏を3Dスキャンしてデジタルデータに変換し、CNC(コンピュータ数値制御)機械を使用して木材から円空仏の形を削り出し、最後に木工職人がこの木彫を手仕事で磨き上げ完成した作品です。
この作品が展示されていた日下部民藝館のステートメントの中に、「民藝のような規範であり生活であり終わりなき日常であるもの、そしてそれらが相互乗り入れし、時空間を交錯させリミックスすることで生まれる価値観の萌芽である。」と記されており、普段の生活の中で、さまざまな文化や時代の影響が組み合わさることで、新しい価値観やアイデアが芽生えるということを表現されているのではないかと考えられます。
まとめ
落合陽一さんの個展「万象是乱数トヌル」では、デジタルと自然、物質と非物質、仏教の深い思想と現代のデジタル技術、伝統的な民藝と現代のデジタルネイチャーなど、相対する概念を行き来することで新たな価値を創造していました。展示ではデジタルネイチャー(デジタル技術と自然の調和)を通じて自然の美しさと複雑さを再解釈し、古代の智慧と現代のデジタル技術が交差する点から新しい理解を提供していました。
今年、様々な会場で開催された落合さんの個展の魅力が一堂に会したこのイベント。会期は来年2024年1月14日(日)までです。
ぜひ一度、足を運んでみてください。新たな驚きと発見、感動があなたを待っています!