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たのしいプロパガンダ 〜サウナからワクチンまで〜

サウナでととのう

サウナと水風呂に入った後のほわ〜っとした感じに「ととのう」と名付けたのが誰なのかわかりませんが、これまで「おじさんが好むもの」だったサウナが一瞬で若い女性も対象としたおしゃれでトレンドなものになり、「なんでサウナ行かないの?」とマウントされることもあるとかないとか(後半嘘です)。

サウナに入ると気持ちがいいよ、だけでなく「ととのう」という言葉を使うことで「何か健康に良さそうな感じ」が増す。漢字ではなくひらがなでととのうと書くことで親しみやすさ、ポップさがある(心をココロと書くのと似ている)。何がととのうのかはよくわからない。むしろ漠然としているからこそ多くの人を惹きつける。医学的にどうなのかわからなくても、おしゃれなサウナハットを買っておしゃれなサウナに行ったことを「SNSに投稿したい人たち」を動かすすごい力が「ととのう」にはあるのです。


ヤクルト1000

昨年前半、ストレス緩和と睡眠の質向上を謳ったヤクルト1000は大ヒットし、転売されるほどになりました。

「ヤクルト史上最高密度の乳酸菌シロタ株を含んでいます」と公式サイトには書いてあるのですが、それだけでは売り上げは激増しなかったでしょう。やはり「ストレス緩和と睡眠の質向上」という具体的な症状の緩和アピールが購買意欲をそそり、「どこにも売ってない」と言われれば言われるほど手に入れたくなる。

ストレス緩和、睡眠の質向上ってどうやって実験したんだろうと思っていましたが、公式サイトによると「進級に重要な学術試験を受験する4年次の健常な医学部生の男女に試験前後数週間飲ませて調べた」とのことです。唾液中のコルチゾール濃度(ストレスを受けると分泌が増えるホルモン)の上昇が抑制されたとか、起床時の眠気スコアの改善が見られたとかいろいろ書いてあるのですが、「ヤクルトを飲むだけで旦那の実家に帰省するストレスがなくなる」なんてことはないし、「上司に怒られることが心配で毎日眠れなかったのがヤクルトのおかげで快眠です」なんてこともない。唾液中の成分が変わったとしても、特定の数値が改善されたことが報告されていたとしても、現実にはあまり意味がないという例ですが、多くの人にとって「どういう実験をしたか」も興味がなく、「実際に効果があるか」にもこだわりはない。不眠症の人が藁にもすがる思いでヤクルトを買うわけがなく、「別にそんなに悩んでないけど話題だから買ってみよう」で、普通の人が群衆となって動くのです。


取って付けたような「マスクに効果あります」

実験で効果は証明されても現実には意味がないといえばマスクです。
政府広報のCMにも出演した忽那医師は週一回、Yahooニュースにコロナ関連の記事を投稿していました。記事の中で彼が頻繁に紹介していた「マスクに感染予防効果があると証明された実験例」の中にハムスターを使ったものがあります。2つのケージに1匹ずつハムスターを入れ、ケージの通気口に不織布を付けた時と付けない時で感染しにくくなるかというものです。

この実験で不織布を使うとうつりにくいと主張している(感染しても重症化しにくいとまで言っている)わけですが、当たり前ですが人間の顔はハムスターのケージのように平面でもなければ、マスクを顔に接着することもできません。ハムスターを使って証明された不織布マスクの効果を人間は再現できません。「マスクの感染予防効果は証明されてるのに着けない人はおかしい」というような人もいましたが、ハムスターにしろ、マネキンを使った実験にしろ「そんな方法で証明されたと言われても…」と言いたくなるような取って付けたような実験、取って付けたような実験結果ばかりではなかったでしょうか。

「マスク着けててもみんな罹った。」
どれだけ理屈でマスクの効果を説明されても、日本人の肌感覚の大多数はこうでしょうし「効果は証明されたけど証明された時の着け方は普段できない」が妥当ではないでしょうか。

「本来必要のない場所がたくさんあった」と後から話す専門家。電車の中も換気出来ているし、喋らないのなら尚更必要ないという専門家もいました。混乱を避けるために一律で着用をお願いしたと言いますが、こういう場所では必要ないと強調していれば混乱は避けられたはずです。

私は時期によってマスクを着けて乗ったり、着けずに乗ったりしていましたが、着けずに乗って近くの人が隣の車両に移動したり、乗っている間ずっと睨まれるという経験もしました。本来必要のない場所で着けずに乗っているのに、です。「着けてる人が多過ぎて着けてない人が気持ち悪く見える、怖く見える」だけだったんだろうと思うと本当に馬鹿馬鹿しく、「必要のない場所でも一律でお願いされたんだから着けなきゃダメだろう、あの当時のルールだっただろう」と思う人が多いのであれば、今後似た状況になればまた同じことを繰り返すでしょう。

強烈だった思いやりワクチン

サウナやヤクルトは所詮行きたい人が行き飲みたい人が飲むだけですから、プロパガンダと呼ぶには少し大げさでまだまだ可愛いもんです。でもワクチンは違いました。これでもかというほどの恐怖を与えてワクチンを求める人を増やしただけでなく、怖がらない人には「あなたが大丈夫でも他人にうつさないためなんですよ、思いやりがないのですか?」と、本来自分のために打つものであるはずの予防接種を他人のために打つものに「思いやり」という言葉で変えることに成功したのです。

さらに上手(?)なのはワクチンを必要とする人本人に買わせるのではなく、国に国民全員分を買わせたことです。「国民は怖がってますよ。安心させるために国が無料で用意すべきですよねぇ?ワクチンが足りないなんてなったら支持率落ちますよ?他の先進国はみんな打つのに、日本だけ用意しないなんてこと、ないですよねぇ?」

こんなダイレクトな脅迫があったかわかりませんが、怖がる多くの国民のために用意せざるを得なくなったのはたしかで、一括で国に買ってもらえば製薬会社的にはもうそれで目標を達成しているし、買った国としては余らせるわけにはいかず、国も自治体も打ってもらうためのキャンペーンをする。5類にしてしまうと今日の感染者数が発表されなくなる。報道がなくなりコロナに対する関心が薄れるとワクチンを打ちたい人も減ってしまうので5類に下げられない。5類化がここまで遅れたのはこういう理由ではないかと思いますが、どうでしょうか。

どちらも福岡県のキャンペーンで、特設サイトもあったのですが現在は削除されています。「思いやりワクチン」というコピーも福岡県発のようです。

ちなみにこの「#打ち勝とうFUKUOKA」というハッシュタグをインスタグラムで検索すると福岡のモデル事務所に所属している女の子たちの接種報告投稿が出てきます。そしてこのハッシュタグを付けて投稿しているのはほぼこの事務所のモデルたちだけ。

キャンペーンの一環として、福岡県がこのモデル事務所に依頼し所属モデルたちにワクチン投稿をしてもらう。どのモデルも #プロモーション と付けていますが、化粧品の紹介感覚でワクチンPRが行われたというのも私には衝撃でした。

2021年の夏頃、「接種しました」というSNSの投稿を毎日見たんじゃないかというくらい見た時期がありました。接種券の画像付きであったり、副反応に備えて準備した解熱剤やポカリスエットなどの画像付きであったりしたその投稿を「サウナ行きました、ヤクルト買いましたと同じノリか?」と冷めた目で私は見ていたのですが、人によっては接種報告がどんどん増えることで圧力を感じ打ったという人もいましたし、「公共の福祉に貢献する意味で体験記録を残します!」と勢いよく書いたものの、その後世の中が何も変わらず「打って寝込む必要あったのか?」と後悔し始める人もいます。


医者の言うことには弱い人間

感染対策に懐疑的な立場で発信されてきた付箋さんのブログです。
食肉加工会社がアメリカの朝食にベーコンエッグを定着させた手法について書いてあるのですが、その方法は、

  • 朝食は高カロリーな方が良いかと医師4500人にアンケートを取る

  • 9割がイエスと答える

  • 医師が高カロリーな朝食を推奨している新聞に載せる

  • 望ましい例としてベーコンエッグを挙げる

  • ベーコンの売り上げが飛躍的に伸びる

といったものです。
朝食にベーコンエッグという当たり前は勝手に当たり前になったのではなく、促進キャンペーンがあって定着している(作られている)ことがわかります。

「世間の食生活に影響をあたえる人物は誰だろう」。答えは明らかだ。「お医者さん」でしょう。
そこで、この新しいやり方を身につけたこの会社の営業部の社員は、「ベーコンを食べるのは健康によい」と発言してくれるように医者に提案するのだ。この営業部員は、多くの人が医者の助言になら従うものだということをデータに基づく調査の結果で理解している。なぜなら、人間というのは医者の言うことには弱いという心理学的傾向がある。彼はそのことを知っているのである。

– エドワード・バーネイズ 『プロパガンダ』

昨年ブログに書いた、1900年代にシャンプーを使う頻度が徐々に増えていったのは、洗剤会社が「月2回洗うのが常識」、「週1回洗うのが常識、毎日が常識」と、製品をより多く売るために常識を作り変えていったからというのも同じ話です。

朝食にはベーコンエッグというライフスタイルはあっという間に定着したそうですが、常識が変わって定着するのはあっという間なんだということを思い知ったのがこの3年間です。

無症状でもうつすんだからマスクは必要
抗原検査で陰性を確認してから帰省する
他人を守るためにワクチンを接種する

これらは「朝食にはベーコンエッグ、洗髪は毎日」くらい自然に、むしろそれら以上に早いスピードで浸透したかもしれません。

人間は医者の言うことに弱いという傾向を利用し、「医者が良いと言っている」でベーコンは売れたわけですが、マスクやワクチンの場合は「コロナは脅威だと医者が言っている」という、商品の良さアピール以前に恐怖の刷り込みがあったのです。「朝食にベーコンを食べないと死ぬ」はなかったけれど、「ワクチンを接種しないと死ぬ」と同等の表現を専門家は使いました。

恐怖ほど人を動かすものはありませんし、その上で「今回のワクチンは画期的だと医者が言っている」と宣伝すれば予約まっしぐらです。先にも書いた通り素直に怖がった人は素直にワクチンを求めるから問題なし。怖がっていない人には「他人への思いやりに欠けてるの?」で拒否しにくいようにする。「とりあえず高齢者、基礎疾患のある人だけで良いですよ」なんてわざわざ売上げを減らすようなことはしない。

もともと病院大好き、薬大好き
インフルエンザ予防接種率、治療薬使用率高い
村八分精神が強い、目に見えないいじめ・無視好き

私が製薬会社の社員だったら、どれだけ世界の接種率が低くなっても日本人だけは逃したくないと思うでしょう。世界一ワクチンを売りやすい土壌が出来ている国だからです。

寝てるだけで治る病気をなくしたい

最近放送が始まったモデルナのCM。
「(人数制限が解除されて)4人でご飯食べに行ってわぁ〜って思ったね」
「味わいたいことがあるんですね」
「やりたいことがある、まだ」

普通のCMの作り方なら桃井かおりに追加ワクチン接種が始まっていますと言わせるでしょうが、取り戻せた当たり前の日常についてだけ語らせ、そこにモデルナのロゴを表示させることで、「これからの当たり前の日常には私たちの会社、私たちの商品が欠かせない」というイメージを刷り込む。ファイザーの新しいCMも、ワクチンという商品よりも「生活」にフォーカスしています。

私が野口整体に出会った頃、「もしこの整体の考え方が流行るようなことがあったら、医療業界が全力でネガティブキャンペーンをするに違いない」と想像していたのですが、流行る予兆もなかったのに逆風が吹くとは思いませんでした。

風邪は引けた方が良いなんてとんでもない。
寝てるだけで治る病気なんてない。
ワクチンを打たないと免疫力は上がらない。
ワクチンで予防する必要のある感染症はさらに増える。

薬は普通病気の人に得るものですが、病気ではない人に売れるワクチンは製薬業界というレッドオーシャンの中に唯一残されたブルーオーシャンなのかもしれません。

最初は違和感のあったAmazonやUber EatsのCMもあっという間に見慣れたように、モデルナのCMも見慣れるようになるのでしょうか。

健やかな毎日を過ごすためのワクチン接種は、朝食のベーコンエッグのように定着するのでしょうか。

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