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「イワタコーヒー店」のモーニングセット@鎌倉

 黒澤明監督の数ある傑作のなかでも、『天国と地獄』は誘拐事件の犯人を追う横浜の刑事たちの姿を緊張感たっぷりに描いていて、何度観ても飽きることがない。仲代達矢をはじめとする刑事たちが自分の担当部分の小さな手がかりを真摯に積み重ねていく捜査手法の描写は圧巻だ。犯人を追う山場のシーンで、江ノ電沿線の腰越あたりが舞台になっている。
 関西出身でおもに東京の城北エリアで過ごしてきたせいか、江ノ電沿線にはあまり縁がなかった。いちど鎌倉に宿泊して腰越あたりをゆっくり歩いてみたいと思っていたが、鎌倉にはピンとくるホテルがないなあ、というのが長い間の「課題」だった。そして2020年の春、若宮大路、二の鳥居の目の前にメトロポリタンがオープンした。もとは警察署の敷地だったそうだが、レストランや宴会場のないいわゆる宿泊特化型のとても具合のよい中規模アコモデーションだ。
 メトロポリタン鎌倉に何度か泊まって、周辺を散策するうち小町通りの「イワタコーヒー店」を知った。1945年の創業だそうで、クラシックな建物と奥にあるお庭が魅力的だ。オーソドックスなドリップコーヒーを飲ませてくれる。モーニングセットはウィンナーとコールスローがうれしい。ホットケーキやフルーツサンドなど女性に大人気のメニューがあり、休日は行列になるが、朝の開店時刻に行くと待たずに入れることもわかった。イワタコーヒー店でゆっくり朝刊を読む。
 江ノ電沿線を何度か歩き、是枝裕和監督の『海街diary』で印象的なシーンにくりかえし登場する極楽寺の駅前もお気に入りスポットになった。江ノ電沿線のみならず、小坪海岸や逗子マリーナなどにも足を伸ばし、好みのビストロや町中華も見つけたが、市役所近くの紀ノ国屋や若宮大路のもとまちユニオンでお酒と簡単なフードを仕入れて、メトロポリタンの部屋でゆっくり過ごすのも楽しい。暮らすように旅する鎌倉、だろうか。
『天国と地獄』はエド・マクベインの『キングの身代金』が原案で、人違いの誘拐というアイデアを使っている。『キングの身代金』を含む「87分署シリーズ」は、2005年にマクベインが死去するまで、半世紀にわたり54作品書き続けられた警察小説の金字塔だ。若いころ夢中で読んだこのシリーズ、じつは2021年の11月に早川書房より電子版で全作品が復刊された。古いものから順にすこしずつ読み直している。還暦を過ぎても読書の楽しみは尽きない。

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