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【11】進化心理学で考える性差(3)男が惹かれる女とは(前編)

意外性ゼロの結論

 第7回以降中断していた「進化心理学で考える性差」シリーズの(3)である。この間、人類の進化史や美的感覚の普遍性についての記事をはさんだ。変な流れに見えるかもしれないが、これには一応構成上の理由がある。
 今回から数回にわたって、男性と女性それぞれの配偶者選好の違いについて考えていきたいのだが、その前段階としてヒトが進化の過程で発達させてきたとされる審美感覚についての話が必要だと思ったのだ。

 さて、今回の副題を見てモテ論の話だと思って読みにきた女性がいるとしたら(あまりいないとは思うが)、その方にはこの記事は何の役にも立たない。進化心理学は、男性がどんな女性を好むのかについて全く新しい知識を与えてくれない。
 結論はこうである。「男は若くて外見の良い女が好き」。こんなことは小学生でも知っている。本稿の目的は、この一見当たり前に思える事実について、それがなぜなのかを考えることである。

文化決定論では説明不足

 社会学的な発想に影響を受けた人はこういう説明を好むだろう。「女性の若さや容姿に極端に価値をおく風潮をメディアや広告業界が作ってきた。男性も女性もそうした価値観を刷り込まれているのだ」と。
 つまり、第9回の序盤でとりあげたのと同じ理屈である。そして、これに対しての私の反論もその時と全く同じである。原因と結果が逆ではないのか、と。男性が若くて容姿の良い女性を好むのは元々のことであり、文化的な風潮はその傾向を増幅しているに過ぎないと考える方が、現実に即していると思う。
 文化決定論的な言説は確かに事態の一面を捉えてはいるものの、根本的な説明にはなっていない。むしろ、根本的な説明をせずに済ませるための方便として機能しているように思える。

 上記のような言説は、化粧品業界やエステ業界、美容整形業界などが「もっと若く、美しく」と広告を打ち続ける欧米や日本などの消費社会を想定してのものだろう。しかし、ではそれ以外の社会であれば男性は女性に若さも美しさも求めないのかと言えば、全くそんなことはないのである。

D・バスによる世界規模の調査

 アメリカの心理学者デヴィッド・バスは、男性と女性がそれぞれ配偶相手としてどのような異性を好ましいと考えているのかについて、1984年から89年にかけて世界中の37の文化圏で質問紙調査を行った。 
 これは世界各地の50人の共同研究者とともに実施され、男女の配偶行動の違いについて初めて世界規模での統計的検証を行ったものである。進化心理学の重要な業績の一つとして高く評価されているようで、あちこちの本で引用されている。  

 対象とした地域は、南北アメリカ、西ヨーロッパ、東ヨーロッパ、アフリカ、(日本も含む)アジア、オセアニアにまたがり、多様な人種、民族、宗教、政治体制が含まれていた。婚姻制度に関しても、アフリカの一部の地域のように一夫多妻をとる文化も、北欧のように事実婚の割合が高い文化も、ともに対象となっていた。

 有名な調査の割にどの本にも37の文化圏の内訳がはっきり記載されていないのだが、ネットでバス自身の論文を直接確認したところ以下のとおりであった〈1〉。

ナイジェリア、南アフリカ共和国(白人)、南アフリカ共和国(ズールー族)、ザンビア、中国、インド、インドネシア、イラン、イスラエル(ユダヤ人)、イスラエル(パレスチナ人)、日本、台湾、ブルガリア、エストニア、ポーランド、ユーゴスラヴィア、ベルギー、フランス、フィンランド、西ドイツ、イギリス、ギリシャ、アイルランド、イタリア、オランダ、ノルウェー、スペイン、スウェーデン、カナダ(イギリス系カナダ人)、カナダ(フランス系カナダ人)、アメリカ(本土)、アメリカ(ハワイ)、オーストラリア、ニュージーランド、ブラジル、コロンビア、ベネズエラ。

 対象者の男女は、配偶者候補もしくは配偶者に望む資質として、質問紙にある項目それぞれについて「重要でない」から「必要不可欠」までランクづけするよう求められた。サンプルとなった人々は最終的に1万47人におよび平均年齢は約23歳だった。

 その結果、どの文化でも配偶相手に望ましい性質として男女ともに、性格や価値観、宗教観が一致していること、話が合うこと、誠実で明るい人であることが重要だと考えていることがわかった。それはそうであろう。
 その上で「男性は自分よりも若い女性を好む」という仮説については37の文化、つまり全ての文化圏で支持され、「男性は女性よりも身体的魅力に高い価値をおく」という仮説については34の文化(全体の92%)で支持された〈2〉〈3〉〈4〉。
※後者の仮説について、統計的に有意でなかったのはインド、ポーランド、スウェーデンの3か国〈1〉。

 ここまではっきりした結果が出ている以上、男性が若くて身体的魅力の高い(容姿の良い)女性を好む傾向は、特定の社会でのみ形成される文化的なものではなく生得的なものである可能性が極めて高いと考えるべきだろう。

なぜ若い女性に惹かれる?

 なぜ男性はこうも若い女性が好きなのだろうか。これは一見、生物学的に容易に説明できることのように思える。
 ヒトも含めて、あらゆる生物は進化の過程で自分の子孫をより確実に、より多く残すよう方向づけられてきた(もっとも、第5回で述べたとおり進化は特定の目的に沿って起こるわけではないので、単純にそうした種の方がそうでない種よりも長期間存続できたというだけである)。 
 男性が自分の子孫をより確実に、より多く残すよう進化してきたのだとすれば、配偶者選択において、より繁殖能力の高い、つまり若くて健康な女性を好む傾向を発達させてきただろうことは自明に思える。

 しかし、霊長類学者のサラ・ハーディはこれはおかしいと考えた。意外なことに、この「若い個体好み」は霊長類に普遍的な傾向ではないのだ。人間に最も近縁な霊長類であるチンパンジーでは、オスが一番交尾をしたがるのは性成熟に達したばかりの若いメスよりも繁殖経験が豊富な中年のメスだという〈5〉(オランウータンやニホンザルでも同様らしい〈6〉)。
 これらの種にとっては、すでに出産と子育てを何度も経験しているメスの方が、確実に繁殖能力があることが保証されており子育てにも慣れている可能性が高いため、子作りの相手として若いメスよりメリットが大きいようだ。「言われてみれば確かに… 」という気がする。 

 ハーディは、ヒトの男性による若い女性好みは、女性を将来価値の出る財産として蓄積しようとする家父長制的な文化の表れであると考えた〈5〉。
 この考えは、現在でもアフリカや中東の一部の地域で行われているような児童婚の習慣に関する説明としては、ある程度的を射ているように思える。児童婚は「18歳未満の結婚」と定義されるが、これらの地域では日本で言う高校生どころか、中学生や小学生くらいの年齢の少女が、10歳も20歳も年上の男性と強制的に結婚させられるケースもある。 
 男性の側からすれば、女性を社会経験が少なく従順なうちに妻にした方が、その後のコントロールが効きやすく都合がいいのだろう。 

 だが、20代の女性についてはどうであろうか。児童婚がさかんに行われているような地域を除けば、どこの社会でも男性に最も人気があるのは20代の女性だろう。 
 現代社会では、10代前半までの少女ならともかく、18歳や20歳を超えた成人女性であれば、男性が簡単に思い通りにできるほど無知で従順なわけではない。そもそもこの21世紀の欧米や日本では、家父長制的な慣習や価値観はかつてと比べてはるかに弱まり、批判の対象にさえなっている。 
 にもかかわらず、多くの男性はやはり20代を中心とした若い女性を好んでいるように思える。これを文化的な要因だけで説明するのは困難だろう。
〔次回に続く〕



〈1〉David. M. Buss『 Sex Differences in Human Mate Preferences: Evolutionary Hypotheses Tested in 37 Cultures』
https://labs.la.utexas.edu/buss/files/2015/10/buss-1989-sex-differences-in-human-mate-preferences.pdf
〈2〉デヴィッド・M・バス『女と男のだましあい —ヒトの性行動の進化—』狩野秀之訳、草思社、2000、p.14、p.49-116
〈3〉長谷川寿一、長谷川眞理子『進化と人間行動』東京大学出版会、2000、p.236
〈4〉ジョン・H・カートライト『進化心理学入門』鈴木光太郎・河野和明訳、新曜社、2005、p.74-76
〈5〉前掲『進化と人間行動』p.249-250
〈6〉前掲『女と男のだましあい』p.120

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