見出し画像

【18】一妻多夫は超少数派 ヒトの配偶形態 ②

「多妻よりの一夫一妻」というべきか…?

〔前回の続き〕
 次は様々な文化で実践されている、または実践されてきた婚姻形態から考えてみたい。人類学者のジョージ・マードックが世界中の849の社会の配偶形態をまとめた報告によると、一夫多妻の制度をもつ社会(国の数ではなく文化の数)が全体の83%(708件)、一夫一妻の社会が16%(137件)、一妻多夫の社会はごくわずかで0.5%(4件)となっている〈1〉。
 これは1967年に発表されたものでかなり古いデータなのだが、当時は西洋的な価値観がまだそれほど浸透していない文化も多かったと思われ、伝統的な婚姻形態の分布を知るには古いがゆえにむしろ参考になると思う。

 一夫多妻の社会が圧倒的多数であるが、これは一夫多妻が婚姻制度として認められている社会が多数派だということであって、そこに住む男性全員が多妻を実現しているわけではない。実際に複数の妻がいる男性が20%以上を占めているのは(一夫多妻が認められている社会の)1/3だという〈1〉。妻が2人以上いるのは一部の裕福な男性だけで、それ以外の大半の男性は1人の妻をもつか1人の妻ももたないかのどちらかである。
 
 前回触れたように、時々「人間の社会は本来は一夫多妻だ」という言い方をされることがあるがそれはやや大袈裟で、伝統的な婚姻形態の分布から考えても、理屈で考えても「一夫一妻を基本としつつ、部分的には一夫多妻」というのが実態だと思う。

 人の男女比は時代や地域に関わらずだいたい105:100であり、全ての男性が複数の女性と結婚することは物理的に不可能である。全ての男性がなんとしても多妻を実現しようとしたら男性間の争いが絶えず、安定した社会が維持できないだろう。

 また、ヒトには自分の配偶者が自分以外の異性と親密になることに嫉妬する感情があるが、ヒトが真に一夫多妻的な生き物なのだとしたら、女性の側にはそうした感情は起こらないはずである。実際は女性にも嫉妬心が発生するので、やはり(完全にではないにしろ)特定の異性同士の排他的な結びつきを基本とする方向に進化したのがヒトという生き物なのだと思われる。
 
 一夫多妻を認めている社会でもそのほぼ半分は、姉妹で一人の男性を共有する形態が通常であるか、少なくともそれが好ましいと考えられており、これは遺伝的利益を共有している姉妹同士の方が強い嫉妬心が発生しにくいことによるのだろう〈2〉。

純粋な一妻多夫の社会はほぼゼロ

 一方、一妻多夫をとる社会は極めて稀で、よく知られているのはチベットのヒマラヤ山麓で行われているものである。これは耕作できる土地が非常に限られているチベットの特殊事情によるものらしい。兄弟が何人いようと結婚を1世代につき1回に限定することで世帯数が増えないようにし、農地の権利が分散するのを防いでいるのだという。

 そのため、この地域では一妻多夫だけでなく、一夫一妻、一夫多妻、多夫多妻とすべての婚姻形態が見られる。ある家族に息子が2人以上いる場合は兄弟で1人の妻を迎えて一妻多夫になるが、息子が1人だけの場合は一夫一妻となるし、娘が2人以上いる場合は1人の夫を迎えて一夫多妻となったりもする。また、兄弟で1人の妻と結婚していても、その妻に子供が生まれなかった場合はさらにもう1人の妻を迎えることがあり多夫多妻にもなる〈3〉〈4〉〈5〉。
 つまり、チベットにおいても一妻多夫は唯一の婚姻制度というわけではなく、世帯が分離するのを防ぐために成立してきた複雑な婚姻制度の一環という位置づけなのだ。

 他の地域で行われている一妻多夫も、基本的に兄弟が1人の妻を共有するものだし、兄弟ではない複数の男性が妻を共有する地域もわずかにあるが、実態としては多夫多妻に近いものだったりする。「1人の女性と、赤の他人同士の複数の男性が排他的な婚姻関係を結ぶ」という純粋な一妻多夫を標準とする社会は存在しないと言ってよい〈3〉。

 一般に男性には、自分の配偶相手に他の男性が近づくのを嫌う「配偶者防衛」と呼ばれる心理があるため、一妻多夫というのはよほどの事情がない限り成立しない配偶形態だと考えらえる。

動物界でも珍しい

 一妻多夫は動物界でも非常に珍しい配偶形態である。通常、メスはどれほど配偶相手を増やしたところで一定期間に作れる子供の数が増えるわけではないので、同時期に複数のオスと固定的な配偶関係を持つことに繁殖上のメリットがほとんどないのだ。
 
 ただ、いくつか特殊な条件が重なった結果、一妻多夫方向に進化した種もある。第6回でも触れたレンカクやアメリカイソシギ、ヒレアシシギといった渉禽類(しょうきんるい)の一部はそれにあたる。
 ほとんどの鳥類は(かなり浮気が多いものの)一夫一妻でオスとメスのつがいが協力して子育てをするのに対し、これらの種では、主にオスが抱卵やヒナの世話を行い、メス同士が複数のオスと配偶しようと争い合う。これは以下の理由によるらしい。
 
・ヒナが早成性
 鳥類のヒナは通常、全く無力な状態で生まれてくるので父親と母親双方が力を合わせて餌やりをする必要がある。対して、渉禽類のヒナは卵から孵った時点で羽毛に覆われ目も開いており自分で餌を探すことができる。あまり多くの世話を必要としないので、どちらか片方の親が巣にとどまっていればよい〈6〉。

・少数の大型の卵を産む
 ヒナが早成性であるということは、卵の中にいる間に大きくなるということである。渉禽類の卵は他の鳥類のものよりはるかに大きく、アメリカイソシギの場合、1つの卵の大きさは母親の体重の5分の1を占め、同時に4つの卵を体内に抱えるという。そのためメスにとって産卵は非常に体力を消耗する仕事となる〈6〉。

・地面に巣を作る
 他の鳥類と違い、渉禽類は水辺に住み地面に巣を作るため、卵やヒナが捕食者に食べられてしまうことがとても多い。パナマに住むレンカクを対象にした調査では、52個あった巣のうち44個でヒナが育たなかったという〈6〉。

 これらの条件が絡まって、オスは抱卵やヒナの世話を自分が担当することで産卵後のメスを休息させるという生態を身につけた。
 こうしてメスの体力を回復させれば最初の卵が天敵に食べられてしまっても、またすぐに別の卵を産んでもらうことができ、オスにとって子孫を残せる確率が高まるのだ。また、メスが一つの繁殖シーズンだけで体力を使い果たさずに次の繁殖期まで生き延びれば、オスはもう一度このメスと交尾することができる。
 一方、メスはオスに卵やヒナの世話を任せている間、別のオスと交尾して新たな卵を産み、そのオスに子供の世話を任せるようになった。こうすれば最初に産んだ卵が失われた場合の保険になるし、最初の卵が無事に生き延びれば倍の遺伝子を残すことができる〈6〉。

 当然どのメスも同じように行動するので、子育てを引き受けてくれるオスをめぐってメス同士が争うことになる。その結果、メスは競争に打ち勝つために次第に大型化し、オスよりも大きな体を持つという一夫多妻とは全く逆の進化が起こっている〈6〉。

 ただ、渉禽類の一種であるタマシギの、日本(琵琶湖と瀬戸内海沿岸)で行われた調査に関して言えば、一妻多夫というより多夫多妻に近いもののように思える。タマシギは1か月半で一腹(卵4個分)のヒナを育てることができる。繁殖期間は3月下旬から9月頃までなので、その間に何回か繁殖の機会があることになる〈7〉。

 個体識別した観察では、1羽のメスが少なくとも4羽のオスとつがいになっていた。一方、観察された3羽のオスは、それぞれ少なくとも2羽のメスとの営巣が確認されたという〈7〉。 メスたちは子育て中ではないフリーのオスを求めて常に飛び回っているので、オスにとっても相手を特定のメスに限定する必要はないのだろう。

メスによる子殺し 

 ところで、私は第4回でオスによる子殺しについてとりあげた。これは一夫多妻の種で特に多く発生するもので、ハーレムを乗っ取ったオスは、メスに赤ん坊への授乳をやめさせ排卵を再開させるために前のオスが残した子(特に乳児)を殺すのである。これによりオスは最速で自分の子作りにとりかかることができる。では一妻多夫の種ではどうなのかというと、やはり同じようなことが起こるらしいのだ。

 レンカクのメスはライバルのメスを追い出してハーレム(たいていはメス1羽にたいしてオス4羽くらい)を乗っ取ると、前のメスが産んだ卵を一つ残らず壊して回るのだという〈8〉。乗っ取った側のメスからすると、オスが前のメスの卵をいつまでも温めていたら自分の卵を産めないので、生物としてはまあ当然の行動なのだろう。

 動物好きとしては、こういう例は残酷ながらもとても興味深いと思う。前節の話からも分かる通り、生き物の生態というのは、なんとなく決まっているわけではなく、どれもそれなりの理由があって身につけられたものなのだ。
 


〈1〉長谷川寿一、長谷川眞理子『進化と人間行動』東京大学出版会、2000、p.210
〈2〉前掲『進化と人間行動』p.216
〈3〉前掲『進化と人間行動』p.217-219
〈4〉ジョン・H・カートライト『進化心理学入門』鈴木光太郎・河野和明訳、新曜社、2005、p.32
〈5〉『ヒマラヤの秘境に「一妻多夫」の村、 ネパール』AFP BB News、2012.10.9
https://www.afpbb.com/articles/-/2905806
〈6〉ジャレド・ダイアモンド『人間の性はなぜ奇妙に進化したのか』(文庫版)長谷川寿一訳、草思社、2013、p.46-51
〈7〉『タマシギの繁殖生態「一妻多夫?」』公益財団法人 山階鳥類研究所、2015.8.6
http://www.yamashina.or.jp/hp/yomimono/tamashigi.html
〈8〉マーティン・デイリー/マーゴ・ウィルソン『シンデレラがいじめられるほんとうの理由』新潮社、2002、p.20-21

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?