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【第8回】10分で振り返るヒトの進化史


現生人類の出アフリカ

 前回は霊長類から現生人類へと至る過程をザっと追ってみた。今回は現生人類(ホモ・サピエンス)の進化史と当時の暮らしぶりを、これまた10分で読めるくらいの分量に押し込んで振り返ってみたい。
 ここからは、ホモ・サピエンスを「ヒト」、それも含めた人類種全体を「人類」と呼んで区別する。前回述べた通り、ヒトの起源についてはアフリカ単一起源説が主流であり、ここでもそれを前提に考えていく。

 ヒトは6~5万年前からアフリカの外への大規模な移動を始めたと考えられている。ただ、小規模な移動はわかっている限り10万年ほど前から始まっており、8~7万年前にかけてアラビア半島や南アジアに、7~6万年前にかけて東アジアに、6~5万年前にかけて東南アジアやオーストラリアに到達した
東南アジアとオーストラリアは完全な陸続きになったことがないので、この頃から舟を作る能力と航海術があったことになる。
 
 ヨーロッパへは5~4万年前に進出し、前回書いたようにネアンデルタール人と徐々に入れ替わっていった。2万年前までにはシベリアからアラスカに渡り北アメリカ大陸に入ったと考えられている(当時は氷期で海水面が下がっており、現在のベーリング海峡が陸続きだった)。アメリカ大陸に渡った人々の一部はその後数千年にわたって南下を続け、1万年前には南米にもヒトが定住するようになった。

「人間らしさ」はいつごろ完成したか

 ヒトは現在持っているような知性や心を、どれくらい時間をかけていつ頃完成させたのだろうか。もちろん、ヒトはいきなり無から誕生したわけではないので、原初的な脳機能は何百万年も前の祖先の時代から連続して進化してきたのだろう。

 ただ、脳容積や体形が現生人類に近づき、ホモ属と呼ばれるようになったのは約240万年前からであり、ここから先が本格的に知性を獲得していく過程であったと思われる。
 現代人と同じ解剖学的特徴を備えたホモ・サピエンスが誕生したのは約20~30万年前とされているが、知的・心的な能力が現代人と同等になるのはもう少し後だったようだ。
 
 南アフリカの洞窟では幾何模様が刻まれた土片(オーカー)や、ひもを通してネックレスにしていたとみられる小さな貝殻が見つかっており、どちらも7万5000年前のものとされる。これくらいの時期からヒトは特定の模様や物に意味を与えるという抽象的な思考ができるようになったらしい〈1〉。
 それ以降3万年前までにかけて、動物を描いた壁画、マンモスの象牙を素材にした彫像などの芸術作品がヨーロッパでも作られるようになった。ドイツの洞窟からは象牙を削って作られたフルートも発見されている。
 
 また同じ頃、石器の加工技術が急激に進歩し、それまで主流だった剥片型のものから、刃を持ったものが使われるようになった。先ほど述べたように地域によっては舟を作り海を渡る人々も現れた。この数万年間でヒトは知的・心的能力を一気に高めたようで、人類学ではこれを「文化のビッグバン」〈2〉(または「意識のビッグバン」)と呼んでいる。

 現在、地球上に生きている人々は世界中どこの地域に住む者であっても、基本的には同じ知的能力・認知機能を持ち、同じ喜怒哀楽の感情を持っている。言語の壁はあるが、それを乗り越えれば同じ知識や思考や感情を共有することができる。ということは、ヒト固有の知性や心理は、遅くとも、全ての大陸への拡散が終わる2万年前頃には現代人と同等のレベルに達していたはずである。

おそらくこんな暮らしだった

 ヒトが農耕と牧畜を開始し定住生活をするようになったのは約1万年前以降のことであり、700万年の人類史の中ではごく最近のことである。人類は進化史の99%以上の期間、狩猟採集で食料を調達し、より良い狩場や採集場所を求めて柔軟に拠点を変える生活を送っていたと考えられる。
   
 現代のアフリカで、家畜以外にどんな動物が食べられているのか調べてみたところ、ゾウ、キリン、バッファロー、シマウマ、アンテロープ、オカピ、コビトカバ、イノシシ、チンパンジー、ゴリラ、サル、ワニ、ヤマアラシなど、「それも食べるの!?」と驚くくらい多種多様な動物が食用に狩られているようだ(古くからの食文化とはいえ、絶滅危惧種が含まれていたり、感染症の発生源になるなど現代では色々と問題になっている)。
 アフリカにいた大昔の人類も、おそらくこれらの動物の祖先にあたる様々な生き物を食べていたと思われる。かつてはサイも食用にされていたという〈3〉〈4〉。

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【追記(2021年12月)】
 こうした野生動物から得られる肉はブッシュミートと呼ばれ、アフリカの熱帯雨林地域では1990年代以降、商業目的の狩猟が急増しているという。かつては狩猟採集民が時給自足で狩りをする程度だったが、開発によってジャングルへのアクセスが容易になったこと、都市部での消費が拡大したことなどにより乱獲が加速しているらしい。特にチンパンジーやゴリラといった霊長類は近代化以前より、むしろ現代の方が多く食用にされているようだ。

『エボラ出血熱の流行、浮かび上がる「ブッシュミート」の危険性』GLOBE+、2019.6.6
https://globe.asahi.com/article/12430411
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 ヨーロッパやシベリアに進出した人々は、ウマやトナカイ、オーロックス(家畜牛の祖先)などを主要な獲物としていた。マンモスはユーラシア全域に生息していたが(北海道でも化石が見つかっている)、巨大すぎて狩るのが難しく我々がイメージするほど頻繁には食べられていなかったようだ〈5〉〈6〉。

 ただ、動物の狩りは毎日確実に成功するものではなく、運やハンターの腕に大きく左右される。野生動物の肉は貴重なタンパク源ではあったろうが、日々の食事は採集によって得られた果実や木の実、イモ類、野草、昆虫などが中心だったと考えられる。現代の狩猟採集民でも、摂取カロリーに占める動物性食料の割合は30%程度だという〈7〉〈8〉。

 一つの集団の人数は最大でも150人くらいだったと推定されている〈9〉。これは人類学者のロビン・ダンバーが算出した数字で、コミュニティを円滑に維持できる人数の上限がだいたいそれくらいなのだそうだ〈10〉〈11〉。
 文字も紙もない時代に、お互いに人となりを知っていて、誰と誰が血縁関係で、誰と誰の仲が良いとか悪い、といった情報を共有できるのは、確かにその程度の人数までだろう。

おそらく男女の分業があった

 先史時代の暮らしについては「男性は森や草原で狩りをし、女性は集落付近で採集と育児をしていた」というのが定説であり、一般の人もなんとなくそういうイメージを持っている。次の節でとりあげるように、最近はこれに対して「単純すぎるステレオタイプだ」と異論が出てきているのだが、従来の見方がそれほど間違っているとは思えない。
 
 一般に男性の方が女性より体が大きく腕力が強いので大型動物の狩猟に向いている。それに、先史時代の女性は妊娠・出産・授乳(も含めた育児)に多くの労力を費やしていたと考えられ、1日中または何日間も集落を離れて野生動物を追跡することに、男性ほどには時間を割けなかったと思われる。

 現代社会では子供は1歳半ごろまでに離乳するが、離乳食がない時代は授乳期間がもっと長かった。縄文時代の離乳年齢を復元した研究によると、当時は3歳半くらいまで授乳していたという〈12〉(現代の狩猟採集社会でも3歳くらいまで授乳するそうだ)。しかも、霊長類の中でもヒトの乳児は特に未熟な状態で生まれてくるため授乳以外にも多大な世話が必要である。
 
 ヒトは意外と多産な生き物で、平均的な出産間隔がオランウータンは7.6年、チンパンジーは5.5年、ゴリラは4.4年であるのに対して、ヒトの狩猟採集社会では3.7年だという〈13〉。避妊の手段がない石器時代では1人の子供が離乳すると、それほど間をおかずに次の子供を妊娠するというサイクルが通常だったと考えられ、女性は常に子育てで忙しかったと想像される〈14〉。

 ただ、多くの霊長類では母親がひとりで子育てをするのに対して、ヒトの伝統社会ではコミュニティ全体で協力して子育てを行うのが普通である。
 複数の伝統社会を調べた研究では、乳幼児の世話(食事、抱っこ、身づくろいなど)を母親が担当していた時間割合は平均して50%程度で、残りの50%は年上のきょうだいや祖母(特に母方の祖母)、父親が担っていた。母親以外の女性による授乳も広く見られ、調査された約200集団のうち47%で観察されたという〈15〉。そのため、女性が孤独に育児に追い立てられるようなことは少ないようだ。
 とはいえ、共同で子育てをするということは、自分の子に手がかからなくなっても孫や親戚の子の面倒を見なくてはならないということであり、人生の中で子育てに費やす時間が男性より多いことには変わりないだろう。

「女性も狩りをしていた」説

 この先史時代の分業図式については、近年これを覆すのではないかとされる発見があった。2018年に考古学者のランダル・ハースの研究チームがペルーのアンデス山脈で発掘した9000年前の墓では、成人の女性の骨ととも狩猟用の石器や獲物の皮をはぐ道具が埋葬されていたという。
 この発見を受けてハースらのチームは過去に南北アメリカ大陸で行われた発掘調査のデータを見直した。その結果、性別が明らかな被葬者429例のうち、27例が狩猟道具とともに埋められており、そのうち11例が女性だったと判明したそうだ。これらのことからハースは先史時代では大型動物のハンターの30~50%が女性だった可能性があるとしている〈16〉。
 
 こうした発見によってこれまでの定説が大きく揺らぐかと言えば、私にはそうは思えない。現代でも運動能力が高く、スポーツで活躍する女性がいるのと同じように、先史時代にも平均的な男性と同等かそれ以上に体力や俊敏さに優れ、大型動物の狩りに参加する女性がいたとしても不思議ではない。地域や民族によって、そうした女性の割合が高い集団もあれば低い集団もあったろうが、全体の中で多数派だったとは考えにくい。
 
 また9000年前というのは、600万年とも700万年とも言われる人類史の中ではほとんど昨日のことと言っていいくらい直近の過去である(先ほど述べたように、ヒトが南米に定住するようになったのもわずか1万年前のことだ)。ハースの見解が、先史時代のあらゆる年代・あらゆる地域にあてはまると考えるのは飛躍し過ぎであろう。

 当時は旧石器時代から新石器時代に移行するくらいの時期で、尖頭器をつけた投げ槍(とそれをより遠くまで投擲する道具)が普及していたようだ〈17〉。道具がもっと未熟だった時代では動物にギリギリまで接近して木製の槍で刺したり、さらに昔はこん棒で殴りつけたり石を打ちつけて殺すなど、獲物の反撃にあうリスクの高い狩りが行われていただろう。旧石器時代の終盤あたりから、女性が大型動物の狩りに参加できる余地が高まったのかもしれない。

全体的にはステレオタイプどおり

 現代でもアフリカや南米、東南アジアなど世界各地に伝統的な狩猟採集生活を送る人々がいるが、どの集団でも男女の分業が見られ、男性は主に大型動物の狩猟に、女性は主に植物や小動物の採集と子育てに多くの時間を費やすという〈18〉〈19〉。

 一口に狩猟採集社会と言っても、20世紀以降に観察された集団だけでも地域や民族によってその文化は多様である。男女の役割分担がはっきりした集団もあれば、ゆるやかな集団もあるし、男性の子育てへの貢献度が高い集団もあれば低い集団もある。
 
 フィリピンのアグタ族では狩猟や漁を熱心にやる女性が多く、男女どちらかに限定された仕事はないという(他の部族への襲撃だけは男性のみで決行するそうだ)〈20〉。
 アフリカ南部に住むブッシュマンでは、女性が犬を連れて狩りに出たり、罠をしかけて鳥や小動物を捕まえることがあるし、男性もまた狩りの道すがら植物や薪の採集をおこなう。オーストラリアのアボリジニでも、女性が犬を使って小型動物やカンガルーの狩りをすることがあるという〈21〉。

 しかし、こうした例は少数だからこそ意外な事実として報告されるのであり、大まかには前述のような男女の分業が、程度の違いはあれ全ての狩猟採集社会で見られるといってよい。祖先たちの社会も同じであったと考えるのが妥当だろう。


※参考文献は前回と同じ


〈1〉三井誠『人類進化の700万年』講談社、2005、p.131
〈2〉長谷川寿一、長谷川眞理子『進化と人間行動』東京大学出版会、2000、p.114
〈3〉前掲『人類進化の~』p.103
〈4〉『サイ(人間との関係)』Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%82%A4
〈5〉マルタ・ザラスカ『人類はなぜ肉食をやめられないのか —250万年の愛と妄想のはてに—』小野木明恵訳、インターシフト、2017、p.42-44
〈6〉『だいよんき Q&A 昔人はマンモスを狩り食べていたのですか』日本第四紀学会、2008.5.12
http://quaternary.jp/QA/answer/ans007.html
〈7〉『肉食と狩猟ー遺跡出土資料からの検証 本郷一美(京都大学 霊長類研究所)』
http://anthro.zool.kyoto-u.ac.jp/evo_anth/evo_anth/symp9911/hongo/hongo.html
〈8〉『シリーズ 90億人の食 食べ物と人類の進化』ナショナルジオグラフィック、2014年9月号
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/20140819/411813/
〈9〉前掲『進化と人間行動』p.117
〈10〉『ダンバー数』UX TIMES、2018.11.11
https://uxdaystokyo.com/articles/glossary/dunbars-number/
〈11〉『ダンバー数』Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%80%E3%83%B3%E3%83%90%E3%83%BC%E6%95%B0
〈12〉齋藤慈子・平石界・久世濃子編『正解は一つじゃない 子育てする動物たち』東京大学出版会、2019、p.30
〈13〉前掲書、p.25
〈14〉前掲『進化と人間行動』p.117
〈15〉前掲『正解は一つじゃない ~』p.25-26
〈16〉『男は狩り、女は採集と限らない 古代に女性ハンター』ナショジオニュース 日経BP、2020.11.30
https://style.nikkei.com/article/DGXMZO66121540S0A111C2000000?channel=DF130120166020
〈17〉『先史時代は女性も狩りをしていた。9000年前の女性ハンターの墓が発見され「男性が狩り」の定説が覆る可能性(ペルー)』エキサイトニュース、2020.11.10
https://www.excite.co.jp/news/article/Karapaia_52296368/
〈18〉ジャレド・ダイアモンド『人間の性はなぜ奇妙に進化したのか』(文庫版)、長谷川寿一訳、草思社、2013、p.148
〈19〉『伝統社会の男女分業(224社会の分布)』社会実情データ図録
http://honkawa2.sakura.ne.jp/1019.html
〈20〉アンジェラ・サイニー『科学の女性差別とたたかう』東郷えりか訳、作品社、2019、p.182-184
〈21〉今村薫『ジェンダーから見た狩猟採集社会』名古屋学院大学論集、2000 (ネットでPDFがダウンロードできる)

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