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【17】本来は一夫多妻 …というわけでもない ヒトの配偶形態 ①

おそらく完全な一夫一妻ではない

 これまで私はたびたび「ヒトは一夫一妻の固定的な配偶関係を持つ」と書いてきた。これにはちょっとひっかかった人もいるかもしれない。「一夫一妻というのは法律上の決め事であって、実態は一夫多妻なんじゃないか?」とか、「世界には一妻多夫の文化もあるらしいし、けっこうなんでもありなんじゃ?」と。私も実感としてはそう思わないでもない。本当のところはどうなのだろうか。今回から4回にわたってヒトの配偶形態の本質について考えてみたい。

 配偶形態は通常、一夫一妻、一夫多妻、一妻多夫、多夫多妻(乱婚)の4つに分類される。現代では、西洋文明の影響化にある国の多くで一夫一妻制が法律で定められており、一人で複数の妻、または複数の夫を持つことは違法とされている。なぜ西洋でそれ以外の婚姻制度が禁止されるに至ったのかについては、キリスト教の影響であるとか性感染症の蔓延を防ぐためであるとか諸説あるようだ。

 いずれにしろ、一夫一妻制を採用している国の多くであまりにも頻繁に不倫や離婚が発生していることから考えて、この制度が人間の生得的な傾向に完全に沿っているとは言い難いのは明らかだろう。かといって、これから見ていくように「一夫多妻が本来の姿だ」とか「ヒトの性行動は柔軟で文化によってなんでもありなんだ」と言い切れるかというと、そうでもないようなのだ。

オスとメスの体格差から考える

 第5回でとりあげたとおり、動物では、シカの枝角やセイウチの長い牙、クジャクの飾り羽など、ある特徴がオスにはあってメスにはないという種が多くみられる。このようにオスとメスで形質が異なっていることを性的二型(せいてきにけい)という。枝角や牙や飾り羽は特に目立つ特徴だが、性的二型は典型的にはオスとメスの体格差に表れる。

 雌雄の体格差はその動物の配偶形態と強く関わっており、一般に一夫多妻傾向が強い動物ほどオスの体がメスに対して大きくなる。これは、オスとメスの比率が1対1である場合(実際、多くの生き物で性比はほぼ1対1である)、オスがより多くのメスと交尾しようとするほど、メスの絶対数が不足しオス同士でメスの奪い合いになるからである。オスは体が大きい個体ほど争いに有利になるので体格が大きくなる方向に進化し、しだいにメスとの体格差が拡がっていくのである〈1〉〈2〉。

 逆に一夫一妻型の動物だとメスをめぐるオス同士の争いはそこまで激しくないので雌雄間の体格差は小さい。
 乱婚型の動物の場合、オスはより多くのメスと交尾しようとするが、同様にメスも多くのオスと交尾するので、オス同士の対立は一夫多妻型よりは緩やかだが一夫一妻型よりは激しい。雌雄の体格差も多妻型と一妻型の中間くらいになるようだ〈3〉。

 ならばヒトに関しても、男女の体格差を手がかりに生き物としての本来の配偶形態を推測できるのではないか、ということでヒトの男女の体格差と類人猿の雌雄の体格差を比較するという手法が進化心理学では定番である。

 「類人猿」は霊長類の中でヒトに近縁な種の総称のことで、各種の配偶形態はこういう感じである。

チンパンジー:

乱婚型、正確には複雄複雌(ふくゆうふくし)と言う。これまでにも書いてきたとおり、とにかく放埓である。チンパンジーの姉妹種であるボノボも同じく乱婚型。
 
ゴリラ:
一夫多妻型、正確には単雄複雌(たんゆうふくし)と言う。一頭のオスが複数のメスと暮らす。

オランウータン:
群れを作らず単独で暮らし(これは霊長類の中では珍しい)、オスとメスは一時的な性関係しか持たない。祖先は一夫多妻だった可能性が高いが、現在のオランウータンは実質的に乱婚だと考えられている〈4〉。

テナガザル:
強固な一夫一妻。夫婦の絆が強く生涯を同じペアで過ごす。

 主要参考文献の一つである『進化心理学入門』にある表から引くと、ヒトも含めた各種での雌雄の平均体格差は以下のとおりである(この本ではテナガザルについては触れられていない)。

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※ジョン・H・カートライト『進化心理学入門』鈴木光太郎・河野和明訳、新曜社、2005、p.70の表より(筆者が再構成)

 ヒトの男女の体格差は体重比で1.1であり、他の3種と比べて最も一夫一妻よりに思える。しかし、強固な一夫一妻をとるテナガザルでは雌雄の体格差がほとんどない〈5〉〈6〉ので、それと比べると乱婚(もしくは多妻)よりである。
 ゴリラは雌雄の体重比が1.8で体格差が大きい。典型的な一夫多妻だと言える。ちなみに、ゴリラよりはるかに大規模なハーレム(オス一頭に対してメスが数十頭)を作るゾウアザラシではオスの体重はメスの3~4倍もあり、いかにオス同士の争いが過酷かがわかる。 

厳しい二択しかないオランウータンのオス

 オランウータンはやや特殊である。前回触れたように、オスは成長すると優位な(相対的に強い)フランジ雄と、劣位なアンフランジ雄にはっきりと別れる。フランジ雄は顔の両側に大きなひだが発達しており、人間が見ても一目でそれとわかる。体も大きくメスの2倍程度の大きさがある。
 一方、アンフランジ雄はフランジ雄より体が小さめで、メスと区別するのが難しいくらい小柄な個体もいるそうだ〈7〉。体重比2.2というのはフランジ雄が平均を押し上げての数字だろう。

 フランジ同士は非常に敵対的で、森で遭遇すると殺し合いに発展するほどの激しい闘争が起こる。野生のフランジを観察すると、たいていの場合、ケンカで負ったと思われる傷の跡があるという。だが、アンフランジに対しては寛容で遭遇してもケンカはしない。また、アンフランジ同士もわりと融和的である〈7〉。

 前回述べたようにメスにモテるのは当然フランジの方である。オスは周囲のオスとの相対的な力関係の中で「俺は強い」と自覚すると雄性ホルモン(テストステロン)が大量に分泌され1年ほどかけてフランジに「変身」する。そして、一度フランジになったらもうアンフランジには戻れない〈7〉。
 オランウータンのオスには、ケンカは絶えないがメスにモテるマッチョな生き方か、平和に暮らせるがメスにはモテない地味な生き方かのどちらかしかないのだ。厳しい二択である、、。

オスの睾丸の大きさから考える

 もう一つ、配偶形態と関連する特徴としてオスの睾丸の大きさがあげられる。睾丸の大きさはオス同士の精子間競争の強度を示している。一般に乱婚型の動物ほどオスの睾丸は大きくなるのだが、これはメスの生殖器の中で複数のオスの精子が競合するためだ。乱婚型の種では通常、メスは同時期に多くのオスと交尾するため、オスは交尾の機会をめぐって競い合うだけでなく、交尾後も自分の精子が他のオスの精子に負けないようにしなければならない。一度に放出される精子の数が多いほど受精できる確率が高まるので、睾丸がより大きくなる方向に進化する。逆に一夫一妻や一夫多妻の種では精子間競争がそこまで激しくないので、あまり大きな睾丸は必要とされない〈8〉〈9〉。

再び『進化心理学入門』にある表から引くと以下のとおりである。

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※ 前掲『進化心理学入門』p.70の表より(筆者が再構成)

 極度の乱婚型であるチンパンジーは睾丸が際立って大きい。グラム数においても体重に占める比率においてもダントツである。一度に放出される精子数も圧倒的だ(6億個!)。もしヒトの睾丸がチンパンジーと同じ比率だとするなら、テニスボールくらいの大きさになるという〈10〉。
 一方、一夫多妻型のゴリラは体があんなに大きいのにもかかわらず睾丸の重さはヒトと同程度しかない。一夫多妻型の種では、競争に勝ち抜いていったんハーレムを作ってしまえば、ハーレム内のメスと交尾できるのはほぼ自分だけになるので精子間競争の程度は弱いのだ。

 ではヒトはというと、睾丸の比率はチンパンジーには全く及ばないもののゴリラよりは大きく、精子数は二桁代でゴリラ、オランウータンよりもはるかに多い。この2種と比べると乱婚よりであると言える。ヒトの男性が相対的に多くの精子を生産する能力を持っているという事実は、女性も潜在的にはそれほど貞淑ではないことを示唆している。

「乱婚よりの一夫一妻」というべきか?

 雌雄の体格差とオスの睾丸の大きさという二つの指標から、ヒトの配偶形態というのは、典型的な一夫多妻でも典型的な乱婚でもなく、かといって強固な一夫一妻でもないという微妙な在り方をしていることがうかがえる。「一夫一妻を基本としつつも、やや乱婚より」といったところだろうか。

 もっとも、ヒトだけがこういうフラフラした在り方をしているわけではない。生き物の生態は多様で複雑である。同じ種だからといって全ての個体が100%同じ配偶形態をとるとは限らないのだ〈11〉。

 ゴリラは一般に一夫多妻のハーレムを作るとされているが、マウンテンゴリラでは複数のオスと複数のメスが共存する複雄群の割合が高いという。ニシローランドゴリラと、ヒガシローランドゴリラでは単雄群が圧倒的に多いが、それでも稀に複雄群が観察される〈12〉。
 テナガザルは先ほどの体格差比較でも述べたようにヒトより厳格な一夫一妻だが、近年の研究ではペア外での交尾(ヒトで言う浮気)が意外と多く発生していることがわかっており、DNAに基づいた父子判定によって「婚外子」の存在も確認されている〈13〉。
 配偶形態に多少の幅や揺らぎがあるのは生き物としてはむしろ普通のことで、ヒトもその例に漏れないようだ。
〔次回に続く〕



〈1〉長谷川寿一、長谷川眞理子『進化と人間行動』東京大学出版会、2000、p.207
〈2〉ジョン・H・カートライト『進化心理学入門』鈴木光太郎・河野和明訳、新曜社、2005、p.66
〈3〉『乱婚』Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%B1%E5%A9%9A
〈4〉『Q&A』特定非営利活動法人 日本オランウータンリサーチセンター
https://www.orangutan-research.jp/qa.html
〈5〉『どうして私たちは「若く見られたい」と思うのだろう』NIKKEI STYLE、2011.12.28
https://style.nikkei.com/article/DGXNASFK0801U_Y1A201C1000001/?channel=DF140920160919
〈6〉『サイエンスカフェ』結果報告(講師:長谷川寿一)
https://www.scj.go.jp/ja/event/pdf2/h-160125.pdf
〈7〉久世濃子『オランウータン —森の哲人は子育ての達人—』東京大学出版会、2018、p.96-108
〈8〉前掲『進化と人間行動』p.208-209
〈9〉前掲『進化心理学入門』p.66-67
〈10〉前掲『進化心理学入門』p.69
〈11〉更科功『人類は一夫一婦制に向いていないのか 進化論から導かれた答えは……!?』講談社ホームページ ブルーバックス、2018.12.08
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/58772
〈12〉山極寿一『ゴリラ』東京大学出版会、2015、p.128-132
〈13〉齋藤慈子・平石界・久世濃子編『正解は一つじゃない 子育てする動物たち』東京大学出版会、2019、p.123

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