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【15】進化心理学で考える性差(7)女が惹かれる男とは ③

男はたいして役に立っていない?

〔前回の続き〕 
 第8回でも述べたとおり、現代の狩猟採集社会を対象にした研究によると摂取カロリーに占める動物の肉の割合は30%程度でしかない。イヌイットをはじめとした北極圏に住む狩猟採集民は、オットセイやセイウチなどの肉を中心とした食生活を送っているが、それ以外の地域では主に女性たちが採集する植物性の食料が摂取カロリーの大半を占めている〈1〉〈2〉。

 パラグアイのアチェ族では、男性はイノシシやシカといった大型哺乳類の狩りと森でのハチミツ集めに多くの時間を使う。一方、女性はヤシをつき砕いてデンプンをとる作業や、果実や昆虫(の幼虫)採集に多くの時間を使う。
 男性たちの成果は日によって変動が激しく、狩りに成功したりハチの巣を見つけることができれば大量の食料を得られるが、4回に1回は手ぶらで帰っている。対して、女性たちの成果は変動が少なく安定している。ヤシは豊富にあるので、ヤシをつく作業に時間を使うほどそれに見合った食料が得られるのだ。
 1日あたりの最大収穫量で言えば男性の方が圧倒的に多く、イノシシが獲れれば4万カロリーが得られる。しかし平均収穫量で言えば男性の方が低く、女性が10356カロリーなのに対して男性の方は9634カロリーである。男性の中央値はさらに低く4663カロリーでしかない〈3〉。

 タンザニアのハッザ族の男性たちも、狩りに100日出かけたとして97日は獲物を持ち帰ることができない。狩猟1時間あたりに得られる平均カロリーは子供が採集をして得られるカロリーよりも少ないという〈4〉。
 ニューギニアの一部の狩猟採集民にいたっては、獲物から得られるカロリーよりも狩猟そのものに費やすカロリーの方が多いらしい〈4〉。これだったら何もしない方がマシである。

 大型動物の狩猟はギャンブルのようなもので、当たれば大きな収穫が得られるがたいていは当たらないのである。男性が妻や子供により多くの食料を供給するには、めったに成功しない狩りで毎日を無駄にするよりも、女性たちと同じようにヤシからデンプンをとったり、果実や木の実や野草、昆虫の採集に時間を使う方が本当は効率がいい。ヤシをつき砕く作業などは、力が強い男性がやった方がより多くのカロリーを得られるだろう〈5〉。

 ハッザ族は強力な弓と毒矢を使って狩りをしているが、それでも成功率はたいしたことないのである。前回述べたように弓の登場はわずか6万年ほど前のことであり、石器時代を通して、狩猟の成功率が現代のハッザ族を大きく上回っていたとは考えにくい。

 だとすると、女性にとって真にありがたいのは、夢中で狩りに明け暮れる男性よりも、自分たちと同じように堅実に採集活動に取り組む男性の方だったはずであり、そちらを好む方向に淘汰が働いたのでなければおかしいという見方もできる。

人類にとっての肉食  

 と、別様の解釈を提示してみたが、私はやはり石器時代においても狩猟能力の高い男性は女性にとって好ましい存在だったろうと思う。前節の議論は、狩りによって得られる動物の肉と採集によって得られるその他の食料を等価と見なす考えを前提としている。
 両者の価値に優劣がないのであれば、いわば「コスパが悪い」狩りにひたすら時間を使う男性は、女性にとって必ずしも魅力的な存在とは言い難いだろう。だが、おそらく動物の肉はヒトにとって特別なのである。
  
 人類がそれまでの植物中心の食生活から肉も積極的に食べるようになったのは250万年前頃だとされている。アフリカは900万年前頃から気候の乾燥化が少しづつ進んでいたのだが、この頃からいっそう乾燥した地域が拡がり、それまで熱帯雨林だった場所が草原やサバンナに変わっていった。木の葉や果物だけでは食料が足りなくなり、人類は次第に肉食の割合を高めていったようだ。
 その後、ヒト属の脳は200万~150万年前までの間に70%近くも容量が増したのだが、これには肉食の習慣が重大な役割を果たしたと考えられている。脳は大量のカロリーを消費するので、大きな脳を維持するには体の他の部分でエネルギー消費を節約しなくてはならない。しかし、心臓や肝臓、腎臓などはどれも重要な器官で削ることはできない。
 
 唯一、犠牲にできたのは腸だけで、肉食がそれを可能にした。木の葉や果物には繊維質が含まれており、それらだけで身体を維持するには大量に食べなくてはならず、しかも長い腸で時間をかけて消化する必要がある。対して、肉はカロリーが高く消化が良いので短い腸でも効率よく栄養を吸収できる。ヒト属は肉を食べる割合を増やすことで腸を短くする方向に進化し、それまで腸に使っていたエネルギーの一部を脳に回せるようになったのだ〈6〉。「肉が私たちを人間にした」〈7〉のである。

やはり狩りの上手い男はモテたはず、しかし…

 こうした経緯を踏まえるなら、人が持つ肉への欲求は強固に本能的なものである可能性が高い。実際、ほとんどの人は肉が大好きである。
 近年、植物性タンパク質を原料にして肉の味や食感を再現した人工肉がベジタリアン向けに普及しつつあるが、これは人が肉への欲求を断ち切るのがいかに難しいかを物語っている。

 それでいて肉は簡単には手に入らない。牧畜のない社会では、野性動物を見つけ、追跡し、殺さなくては肉にありつけない。これには技能や知識、体力、勇敢さが必要である。ウサギ程度の小動物を狩るのだって大変だし、大型動物を狩るのはもっと大変である。イノシシやバイソンが死ぬ気で抵抗してきたら人間の方だって危ない。

 多くの人が欲しがるが簡単には手に入らないものに高い価値が発生するのは人間社会の普遍的な現象である。そして、そうした価値ある対象をより多く獲得できる人が高い評価を得るのもまた普遍的な現象であろう。

 ということで、女性が希少な資源(過去においては肉、現代においては貨幣)の獲得能力が高い男性を好むのは、祖先たちが営んでいた狩猟採集社会の中で形成された本能的な心理である、と結論づけて良さそうに思える。
 
 しかし、、よく考えると、これもまた理屈がすっきり通らないのだ。

 女性が肉の獲得能力が高い男性を好む性質を進化させるには、そうした男性を配偶者にする方が、そうでない男性を配偶者にするより(自分や子供の生存率が上がったり、より多くの子供が持てるなどして)繁殖成功度が高まるのでなくてはならない。そうした淘汰は、男性が自分の妻や子供を圧倒的に優遇するような社会でしか起こらないはずだ。
 
 ところが文化人類学者たちの調査によると、狩猟採集社会の多くは平等主義であり、狩りに成功したら肉を大勢で分け合うのが普通である。家族数人ではとても食べきれないし、肉は貯蔵できないので抱え込んでもしょうがない。誰が獲物をとっても集団内で均等に分け合うという相互扶助的な社会が大半である〈8〉。

 先ほど出てきたアチェ族の場合、狩りに成功したりハチミツを手に入れた男性はそれらを自分の家族のもとに持ち帰らず、周囲の人たちに広く分け与えてしまうそうだ。肉やハチミツに限らず、アチェの人々が消費する食料の4分の3は、自分の核家族以外の誰かが獲得したものだという〈9〉。
 同じく先ほど出てきたハッザ族でも、狩りの獲物はキャンプ(定住していないので集落というよりキャンプ)の全員で分け合う。一つのキャンプの人数は多くて30人程度なのだが、それはヒヒやガゼルくらいの大きさの獲物を分け合えるのはそれくらいの規模までだからだ〈10〉。

 こうした社会では、誰を配偶者にしようと女性が得られる肉の総量はだいたい同じである。狩りの上手い男性を夫にしようが下手な男性を夫にしようが、女性の繁殖成功度はたいして変わらず、したがって、女性が狩猟能力の高い男性ばかりを強く好む方向に進化する理由はないように思える。

 にもかかわらず、前回述べたとおり狩猟採集社会では男性の評価基準として狩りの腕前は非常に重視されている。これはなぜだろうか。前述のとおり肉は確かに重要な栄養源だが、誰が獲物を得ようとどうせ均等に分配されるのだ。「歌が上手い男もモテる」とか「道具作りが上手い男もモテる」とか、もっと評価の軸が分散しても良さそうなものである。

一夫一妻だからこそ実現できる平等主義

 この「肉の獲得能力重視」の傾向はどこから来るのか。可能性として考えられるのは、現存する狩猟採集社会に見られる平等主義はヒト(ホモサピエンス)の社会に特有のものであり、人類史の中では比較的最近になって一般化した在り方なのではないか、というものである(人類史の概略については第7回を参照)。

 もっと古い人類種や、チンパンジーとの共通祖先にあたる霊長類は、より不平等で競争的な社会を営んでいたのではないだろうか。何度も述べているように、人類がチンパンジーとの共通祖先から枝分かれしたのは600~700万年ほど前であるが、チンパンジーには、所有欲や支配欲、身内びいき、オス同士の権力争い、集団間での闘争といったヒトとよく似た性質がはっきりと観察される。
 ということは、人類はホモサピエンスへと進化するはるか前からそうした傾向を持っていた可能性が高い(人類の祖先と現代のチンパンジーをどこまで同一視して良いのかについては議論の余地があるが)。

 ヒトの狩猟採集社会で徹底されている平等主義は、人類がもともと潜在的に持っている利己的で攻撃的な性質をできる限り抑えて、コミュニティの自滅を防ぐ文化的な知恵なのではないだろうか。

 ヒト(ホモサピエンス)はなぜこうした文化を実践することができるのか。色々な説明があり得るが、おそらく根本的な要因はヒトが(原則)一夫一妻の固定的な配偶形態を持つことにあるのだろう。ヒトは、配偶相手を特定の異性に限定することで男性間の性的な競合をおさえ、男性同士の協力を容易にする方向に進化したのである〈11〉〈12〉。

 チンパンジーは多夫多妻の乱婚的な配偶形態をとり、オスもメスも特定の異性との固定的な結びつきを持たない。そのため、オス同士がメスとの配偶機会をめぐって絶え間なく争うことになる。ヒトの男性間にも女性をめぐる対立は発生するが、チンパンジーと比べればその強度は低い。男性たちがそれぞれ特定のパートナーを得ることができれば一応は対立がおさまる。チンパンジーの場合はこれが一生続くのである。
 オスたちの性的な競合が永遠に続くチンパンジー社会では、オス同士が(ヒトの男性ほどには)高度で永続的な協力関係を築くことができず、したがって食料の平等な分かち合いや群れ全体での相互扶助も成立しないのだ。

 ヒトの祖先がチンパンジーと似たような多夫多妻の配偶形態を持っていたのだとしたら、そこから一夫一妻へと進化する過渡期において、女性が食料資源を継続的に提供してくれる男性を好む傾向を進化させた可能性はある。

 オスはメスに食料(特に肉)を提供して気を引き、他のオスを出し抜こうとする。メスはそうしたオスと優先的に交尾をする。次第に、オスは特定のメスに集中して食料を提供した方が交尾の機会を得やすくなり、そうでないオスよりも繁殖成功度が高まる。
 メスもそうしたオスと親密にした方が自分と子供への食料供給が安定し、そうでないメスよりも繁殖成功度が高まる。これが促進しあって一夫一妻的な配偶形態に近づいていく、というふうに。

チンパンジーにも見られる狩猟行動

 実際、チンパンジーにはそうしたプロセスの萌芽ともとれるような行動がみられる。チンパンジーは基本的に菜食主義であり、主食は木から採集される果実である。他には木の葉や花、昆虫も食べるのだが、1960年代以降の本格的な野外調査によってアカコロブスなどの猿や小型のレイヨウを捕獲して食べるという肉食の一面があることがわかった。栄養価の高い肉はチンパンジーにとっても好物なのだ(ただ、食料のうち肉が占める割合は1~3%であり、ヒトの狩猟採集社会と比べればはるかに少ない)〈13〉。

 狩猟行動には明確な性差があり、獲物の7~9割はオスによる狩りで得られたものだという。オスは集団で狩りを行うものの、人間が行う狩りのように効果的な役割分担や協力行動があるのかはよくわかっていない。
 大きな獲物が得られると、母親や兄弟といった血縁者だけに分け与えられたり(乱婚制のチンパンジー社会では父親は誰だかわからない)、優位なオスの機嫌を取るための贈り物として使われたり、といった身内びいきや打算に基づいた分配が行われる〈13〉。

 狩りの頻度がとりわけ高くなるのは、群れの中に発情期のメスがいる場合だという。オスは肉を使ってメスに交尾をもちかけ、メスもそれに頻繁に応じるらしい。また、最近の研究では、こうした肉と交尾の交換関係が特定のオスとメスの間で何年間にもわたって続くこともわかってきた〈13〉(といっても、繰り返すようだがチンパンジーは極度に乱婚的な生き物なので、お互いに別の異性とも交尾はする)。
 ヒトの男女に見られる一夫一妻的な絆は、こうした乱婚的な社会にも発生する、特定の異性同士のゆるやかな長期的関係を起源としているのかもしれない。

一応の結論 

 というわけで、ああでもないこうでもないと長々論じてきたが、女性が希少な資源の獲得能力が高い男性を好む傾向には、ある程度進化的な基盤があるのではないか、、というのが私の結論である。

 控えめな言い方になっているのは、前回から今回にかけての議論は私の独自の推論によるところが大きく、進化心理学の一般的な見解ではないからだ。
 進化心理学関連の書籍では、女性には経済力の高い男性を好む生得的な傾向があると示唆されることが多い。しかし、その割に(それが本当だとして)女性がなぜそうした性質を進化させたのかについては、あまり説得力のある説明を見かけない。また、「経済力」と言った場合、それは「所有する資源の絶対量」を指すのか、それとも「資源の獲得能力」を指すのか、あるいはその両方を指すのか、この辺を明確にした議論も見かけない。

 なので今回私なりにそれらを区別した説明を試みたわけだが、なにせ素人が本やネットで調べた情報を基に組み立てた独自見解である。どこまで妥当なのかはわからない。読者の方には「さしあたりの仮説」として受け止めていただければと思う。



〈1〉ジャレド・ダイアモンド『若い読者のための第三のチンパンジー —人間という動物の進化と未来—』秋山勝訳、草思社、2015、p.46
〈2〉古市剛史『あなたはボノボ、それともチンパンジー? —類人猿に学ぶ融和の処方箋—』朝日新聞出版、2013、p.38
〈3〉ジャレド・ダイアモンド『人間の性はなぜ奇妙に進化したのか』(文庫版)長谷川寿一訳、草思社、2013、p.150-151
〈4〉マルタ・ザラスカ『人類はなぜ肉食をやめられないのか —250万年の愛と妄想のはてに—』小野木明恵訳、インターシフト、2017、p.45
〈5〉前掲『人間の性はなぜ ~』p.151-156
〈6〉前掲『人類はなぜ肉食を ~』p.26-30、p.48-55
〈7〉前掲『人類はなぜ肉食を ~』p.42
〈8〉尾本恵市『ヒトと文明 —狩猟採集民から現代を考える—』筑摩書房、2016、p.144-148
〈9〉前掲『人間の性はなぜ ~』p.152
〈10〉『ハッザ族 太古の暮らしを守る』ナショナルジオグラフィック、2009年12月号
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/magazine/0912/feature05/_06.shtml
〈11〉前掲『あなたはボノボ、~』p.140-143
〈12〉フランス・ドゥ・ヴァール『あなたのなかのサル —霊長類学者が明かす「人間らしさ」の起源—』藤井留美訳、早川書房、2005、p.162-164
〈13〉クレイグ・スタンフォード『新しいチンパンジー学 —わたしたちはいま「隣人」をどこまで知っているのか?—』的場和之訳、青土社、2019、p.203-232

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