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【12】進化心理学で考える性差(4)男が惹かれる女とは(後編)

ヒトとチンパンジーの違い

〔前回の続き〕
 前回はチンパンジーのオスが中年のメスを好むのに対し、ヒトの男性には20代を中心とした若い女性を好む傾向があり、その理由は文化的な要因だけでは説明できないことを述べた。では、この傾向は何に由来しているのだろうか。

 チンパンジーはヒトに最も近縁な霊長類ではあるものの、第7回で触れたとおり、人類との共通祖先から分岐したのは600~700万年も前のことである。当然、生理的条件や生態はヒトと違う部分も多い。
 チンパンジーのメスがヒトの女性と決定的に異なるのは、閉経がないことである。というより、動物界では閉経がある種の方がむしろ稀であり、ヒト以外ではシャチとゴンドウクジラでしか確認されていないという〈1〉。

 チンパンジーのメスは15歳頃から子供を産み始め、健康なメスであれば40代になっても20歳の時とほとんど同じ程度の繁殖能力が保たれるそうだ〈2〉。野生での寿命は最長で50年ほどであり、死ぬ間際まで出産が可能だという。出産間隔は平均で5.5年なので最大で6人の子供を産むことになる〈3〉〈4〉。

 対して、ヒトの女性には閉経があり、生涯の中で妊娠・出産可能な期間が限られている。妊孕性(にんようせい:妊娠する力)は20代がピークで、35歳を過ぎると顕著に低下していく〈5〉。
 第8回でも述べたとおり、ヒトの出産間隔は(狩猟採集民では)平均で3.7年であり他のどの大型類人猿よりも短い〈6〉。また、他の霊長類では双子は極めて稀なのに対し、ヒトの場合は双子の出生率も高い〈4〉。つまり、生涯にわたってゆっくりと子供を産み続けるチンパンジーに対し、若い時期に集中して子供を産むのがヒトという種の特徴なのだ〈7〉。

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【追記(2021年9月)】
 最近の研究によると、チンパンジーが双子を産む確率はヒトよりむしろ高いらしい。飼育下の双生児出産記録を集計したところ、一卵性双生児の発生率は230分の1でありヒトとほぼ同じ、二卵性双生児の発生率は43分の1でヒトの2倍以上だった、という報告があるそうだ(ヒトでは二卵性双生児が産まれる確率は人種によって異なる)。
 他の霊長類については不明だが、チンパンジーに関しては「双子は極めて稀」という上の記述は当てはまらないようなので訂正する。

出典:クレイグ・スタンフォード『新しいチンパンジー学』的場和之訳、青土社、2019、p.179
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 また、チンパンジーが多夫多妻で乱婚的であるのに対し、ヒトは原則一夫一妻の配偶形態をとる〈8〉。男性にとっては、特定の女性と固定的な配偶関係を持つのなら、今後の出産可能期間が長い、つまり若い女性を配偶者にした方がより多くの子孫を残せることになる。

 さらに、これも第8回で述べたことだが、チンパンジーも含めてほとんどの霊長類では母親が一人で子育てを行うのに対し、ヒトには共同で子育てを行う性質がある。
 伝統的な狩猟採集社会では、きょうだい、祖母、夫に加えて同じコミュニティの非血縁者なども子育てに参加し、養育の負担を母親から分散させている。母親が若く経験不足であっても、周囲のサポートがあるので子供の生存率にはあまり影響がないと考えられる。
  
 これらのことから、ヒトの男性においては、出産・育児の経験値が高い女性よりも、若くて潜在的に繁殖能力が高いと思われる女性に性的な関心が向くよう、淘汰が働いたのではないだろうか。
 現代では30代後半や40代で出産する女性も珍しくないが、今よりはるかに乳児死亡率が高く、生殖補助医療もなかった石器時代の社会では、若く多産な女性への選好は今以上に強かったはずである。

ヒトの女性にはなぜ閉経がある?

 ヒトの女性になぜ閉経があるのかについて今のところ有力な説明は、人類学者のクリスティン・ホークスが提唱した「おばあさん仮説」と呼ばれるものである。

 ヒトの子供は他のどんな霊長類よりも成長に時間がかかり、親に依存する年数が長い。自立するまでに少なくとも十数年はかかる。もし女性に閉経がなくどんなに高齢でも出産が可能だとすると、子供がまだ独り立ちしていないうちに母親の寿命が尽きてしまう可能性がある。また、他の霊長類と比べてヒトの出産は母体にかかる負担が非常に大きく、母親が高齢になるほど出産時に死亡するリスクが高くなる。

 そのためヒトの女性は、生涯にわたって子供を産み続けるよりも、ある年齢を境に繁殖能力を消滅させ、それ以降は自分の娘の子供、つまり孫の世話を熱心に行うことで最終的な繁殖成功度を上げる方向に進化したのではないか、というのがこの説である〈9〉〈10〉〈11〉。
 実際、多くの狩猟採集社会で母方の祖母は子育ての重要な協力者であることがわかっており、子守りをするだけでなく、娘や孫のために食料調達を行うなど様々な支援を行うという。

なぜ容姿の良い女性に惹かれる?

 前回から引き継いだもう一つの疑問は、なぜ男性は女性の身体的魅力に非常にこだわるのか、である。どうやらこの性質は女性に若さを強く求める心理と深く関連しているようだ。
 
 ここまで論じてきたように、ヒトの生理的条件や生態から考えて、男性は配偶者選択において、相手の女性が若く健康で多産であることを何より重視するよう進化してきたはずである。
 しかし、年齢を確認する客観的な手段がない(どころか暦も文字もなく誕生の年月日すら曖昧だった)祖先たちの環境では、男性は女性の繁殖能力を外見から判断するしかなかっただろう。

 それゆえ男性は、若さや良好な健康状態を示す女性の身体的特徴、例えば豊かで艶のある髪の毛、皺がなく張りのある肌、腫れ物や吹き出物がない肌、などに惹かれる感覚を発達させたのではないかと考えられている。どんな外見を魅力的とみなすかは文化によって様々であるが、今あげた特徴については世界中のどの地域でも共通して好ましいとされているようだ〈12〉。

 女性の体形については、第10回で述べたとおり、スリムであることを好む文化もれば豊満であることを好む文化もあるが、くびれたウエストへの選好は多くの社会で共通して見られ、これはおそらく生得的なものではないかと思われる。
 くびれたウエストは、性成熟に達した女性の中でより若い個体であること、今現在妊娠していないこと、何らかの病気の兆候がないこと、などをわかりやすく示しており、男性はそこに性的魅力を見出す感覚を進化させたのではないかとされている(第10回を参照)。

平均顔より、もっと魅力的な顔

 ヒトが他人の年齢を判断するとき、とりわけ重要な手掛かりになるのは顔である。第9回と10回で、ヒトには平均的な顔立ちを魅力的と感じる性質があることを述べた。
 しかし、実は平均顔の魅力度には限界があることがわかっている。実在する女性の顔を何百人分も重ねていけば究極の美人顔が出来上がるのかと言えばそうでもなく、だいたい30人くらい合成したところで魅力度の評価は頭打ちになるらしい。

 第9回でとりあげた日本人を対象にした実験では、30人の女性の顔を合成した時点で魅力度の評価は5段階中3.55程度であり、それ以上は伸びそうになかったという〈13〉。
 被験者の多くが5点満点をつけなかったのは、「確かに綺麗だと思うけど女優の○○さんと比べると見劣りするかな… 」というように、より美人だと思う顔が比較対象として頭の中にあったからだろう。ということは、世の中には平均顔よりも美人に感じられる顔が存在していることになる。

 平均顔を超える美人とはどんな顔なのか。アメリカの心理学者マイケル・カニンガムは、これを探るために美人コンテスト優勝者の平均顔を作成し、一般人の平均顔と比較するという研究を行った(1986年発表)。最初から人々に美人だと認知されている人たちの顔を平均化し、通常の平均顔と比べてどんな特徴があるのかを調べたのである。
 イタリアでも似たような研究が行われている。スフォルツァらは、イタリアの18歳から30歳までの一般の女性71人と、美人コンテスト出場者の女性24人の顔面に50個の測定点を設置し、それらの間の距離を細かく測定した。その上で前者と後者でどこに違いがあるのかを検討してみた(2009年発表)。

 これらの研究の結果、美人だとされる顔には以下の特徴があることがわかったという。

額や顔の上部構造が大きい
目の上下幅・左右幅が大きい
頬の幅が狭い
正面から見た鼻の面積が小さい
下あごが小さい

 これは要するに、より子供に近い、幼型的な特徴を持った顔ということになる〈13〉(下の図)。

画像1

※ 越智啓太『美人の正体 —外見的魅力をめぐる心理学—』実務教育出版(kindle版)、2013、第5章-01、「図 5-01」を引用

 人間の顔は生まれてから成長するにつれて主に顔の下半分が大きくなっていく。成人して以降も年をとるにつれて、皮膚や皮下組織がたるむことで顔の下半分のボリュームが増していく。
 したがって、上半分が広く下半分が狭い顔というのは(実際に何歳であるかはともかく)若い個体である可能性が高いことを示していると言える〈13〉。ヒトは(各パーツの形が平均の範囲におさまっていることに加え)そうした特徴を備えた顔立ちの女性を、ほとんど自動的に「美人」とか「かわいい」とポジティブに認知する性質を持っているようだ。
 
 第10回で引用した『美しさの多様性』という記事を再度見ていただければ、各国の美人として紹介されている女性たちの顔は、だいたい上のような特徴を備えていることがわかるだろう。
 
 興味深いことに、幼型化による魅力度の上昇は女性の顔でしか起こらないらしい。ジョーンズは、標準的な顔の線画と、それをカージオイド変換(人の加齢をシミュレーションする数学的な変換)という手法で幼型化させた顔の線画を被験者に見せて、それらの魅力度を評定してもらう実験を行った。
 その結果、女性の顔は幼型化すると魅力度が上がったのに対し、男性の顔は幼型化するとむしろ魅力度が下がったという(1995年発表)〈14〉。
 
 この違いは、ヒトが進化してきた環境では、前述のとおり女性の若さには高い価値がおかれた一方で、男性の若さにはさほど価値がおかれていなかったことに由来しているのではないだろうか。
 結局、男性が持つ「美人」とか「かわいい」とされる顔への強いこだわりは、より若い女性を配偶者にすることで繁殖成功度をあげようとする心理から派生してきた性質なのだと考えられる〈14〉。

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【追記(2021年10月)】
 上記の推論が正しいとすると、現代では手段と目的が逆転した選好を働かせる男性がかなりいることになる。男性の中には、例えば25歳の美人ではない女性と、30歳の美人の女性のどちらかを選ぶとすれば、他の条件が同じであれば後者の方を好むという人が一定数いるだろう。
 つまり、相手の実年齢を知ってもなお、実際に若いことよりも「若い個体である可能性を示す幼形的な顔」の方に惹かれるのだ。
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 これは、はるか昔、相手の実年齢など知りようがない世界では、視覚的にわかりやすいシグナルが何よりも優先されていたことの名残なのかもしれない。おそらくヒトは男も女も、それくらい不完全な認知機能のもとに異性を選んでいるのである(だからこそ失敗も多いのでは)。

フランス人男性は年上好き?

 これまで述べてきた通り、男性が若くて容姿の良い女性を好む心理は、進化の過程で形成された生得的なものである可能性が極めて高い。ただ、その傾向の程度は文化によってかなり異なる。

 例えば、「フランスでは年上の女性がモテる」というのはよく言われることである。これは一面では事実であり、年上の女性を好む男性が日本と比べれば多いようだ。なんと言っても、現職の大統領であるマクロン氏の妻ブリジットさんは24歳年上である。

 とはいえ、それが多数派というわけではないらしい。フランス国立統計経済研究所の調査によると、フランスで2000年代に誕生したカップルのうち、女性が年上のカップルの割合は16%だという。
 全体の半数以上は男性が年上のカップルであり、残りは同年代同士とのことだ。女性が年上の場合でもその年齢差は2~5歳程度が大半で、女性が10歳以上年上のカップルは全体のうち100組に1組の割合だという(それでも日本と比べれば多いとは思うが)〈15〉〈16〉〈17〉。女性が年上で、かつマクロン大統領夫妻と同じくらい年齢差があるカップルはフランスでもかなり珍しいようだ。

 参照元の3件の記事を読む限り、「フランス人男性は年上好き」というのはやや言い過ぎで、「フランス人男性は、相手が外見的魅力と内面的魅力を両方備えた女性であれば、年齢を気にしない人が多い」というのが正確なところではないだろうか。
 
 そして、そのフランスにおいても、今後、女性が年上のカップルが多数派を占めるようになるとは考えにくい。ヒトの性行動は極めて多様で柔軟であるものの、ヒトも一定の生物学的な基盤に縛られた存在である以上、集団規模でみればその可塑性(かそせい)には限界がある、というのが進化心理学的な見方である。 



〈1〉『シャチに更年期? 閉経するまれな動物』ナショナルジオグラフィック、2013.10.21
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/8468/
〈2〉クレイグ・スタンフォード『新しいチンパンジー学 —わたしたちはいま「隣人」をどこまで知っているのか?—』的場和之訳、青土社、2019、p.174-175
〈3〉齋藤慈子・平石界・久世濃子編『正解は一つじゃない 子育てする動物たち』東京大学出版会、2019、p.25
〈4〉『人間とチンパンジーの子育ての違い』京都大学霊長類研究所 チンパンジー・アイ
https://langint.pri.kyoto-u.ac.jp/ai/ja/k/066.html
〈5〉『生殖医療Q&A Q22.女性の加齢は不妊症にどんな影響を与えるのですか?』一般社団法人 日本生殖医学会
http://www.jsrm.or.jp/public/funinsho_qa22.html
〈6〉前掲『正解は一つじゃない ~』p.25
〈7〉『どうして私たちは「若く見られたい」と思うのだろう』NIKKEI STYLE、2011.12.28
https://style.nikkei.com/article/DGXNASFK0801U_Y1A201C1000001/?channel=DF140920160919
〈8〉ジョン・H・カートライト『進化心理学入門』鈴木光太郎・河野和明訳、新曜社、2005、p.66-72
〈9〉ジャレド・ダイアモンド『人間の性はなぜ奇妙に進化したのか』(文庫版)長谷川寿一訳、草思社、2013、p.165-188
〈10〉前掲『新しいチンパンジー学』p.176
〈11〉前掲『正解は一つじゃない ~』p.26
〈12〉デヴィッド・M・バス『女と男のだましあい —ヒトの性行動の進化—』狩野秀之訳、草思社、2000、p.93-94
〈13〉越智啓太『美人の正体 —外見的魅力をめぐる心理学—』実務教育出版(kindle版)、2013、第5章-01
〈14〉前掲『美人の正体』第5章-03
〈15〉『フランスでは「年上女性がモテる」という幻想』東洋経済ONLINE、2017.2.7
https://toyokeizai.net/articles/-/156994
〈16〉『恋愛大国フランスの論理で「女が年上カップル」を考察する』COURRiER JAPON、2018.7.18
https://courrier.jp/news/archives/127678/
〈17〉『フランス人男性の恋愛と年の差婚(2)』フランスシャポー、2018.9.27
https://francechapeau.com/%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9-%E6%81%8B%E6%84%9B-%E5%B9%B4%E3%81%AE%E5%B7%AE-2/

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