西野カナは、もう会いたくて震えない
先日、宣伝会議の無料セミナーに参加してきました。きっかけは、このツイート。阿部さんのツイートは、ひとつひとつが力強いところが好きで、Twitterのリストに入れてよく見ていました。
阿部さんと白岩さんは、コピーライターは一握りの人たちだけなんじゃなくて、ことばを扱うみんなコピーライターなんだよ、ということを2時間の中で教えてくれました。その中でも興味深かったことを、いくつかピックアップしてまとめてみたいと思います。
◎ 名前をつけると、行動が変わる
現象や物事をことばで定義してしまうことで、それまでうまく言い表せなかったそれらを一言で表現できるようになる。それによって、ことばが自分の拠り所になり、行動が変わる。
その例えとして、「ライオン」と「LGBT」、「女子会」。なぜここでライオンが出てきたのか。開高健さんのことばを引用して、阿部さんはこう言いました。以下は、講演会で話したとされるライオンに関する記述です。
例えば言語とか文字とかゆうものが出来なかった、出来ていなかった昔、時代があって、その時ライオンという文字は出来ていなかったし、ライオンという言葉も出来ていなかったわけですね。するとライオンとは何かといいますと、強いて解説すると、強力な脚をもち、鋭い爪をもち、ものすごい牙をもっている、混沌とした恐怖の固まり。速くて、痛くて、鋭い、恐ろしい混沌の固まりなんですね。ライオンじゃなかったわけです。
ところが一度これにライオンという言葉をつくってあてはめてしまいますと、ライオンはどうなるかというと、人間の意識の中でかわってしまう。やっぱり依然として、鋭くて、速くて、恐ろしい牙をもっているけれども、ただの四つ足の獣にかわってしまうわけですね。ここで克服できたわけです。(「開高健講演録 『経験・言葉・虚構』まとめ」より)
漠然とした「速くて、痛くて、鋭い、恐ろしい混沌の固まり」を「ライオン」と名付けることによって、ライオンはこういう生き物だという概念ができて、共通認識ができる。そうして、ライオンが来たら逃げるとか、ライオンを見つけたら後ろに回り込む、というように、行動が生まれる。
この名付けによる共通認識については、最近だと「LGBT」も同じ。マイノリティーだと認識してしまい、自ら表明しづらかった風潮も、こうやって名前をつけることで公表しやすくなります。最近の調査によると、LGBTの数は、だいたい左利きの人の数と同じくらいなんだとか。「そのくらい身近なのか。」とわかることで、行動も起こしやすくなる、いわばインフラのようになれるところがことばのすごさだなと感じました。
「女子会」も同様に、女子会ということばがあることで、また次集まれる口実を見つけられたり、女子会と言うことで、お安くご飯が食べられるようになったり。ことばが先にあることで、拠り所が生まれ、行動を生みやすくなる。そして一度、そのことばが地位を獲得してしまうと昔には戻れないところも、ことばのすごいところだなと思いました。
“ ことばが最初に未来に到達する “
その通りだなと思います。
◎ 西野カナはもう会いたくて震えない
クリープハイプの広告宣伝担当もされている阿部さん。そこから「今の人々がどんな音楽をいいと思って聞いているのか」を調べるようになってから、iTunes上位の曲をすべてダウンロードして聞いている内に、西野カナさんの曲がトップによくいることに気づいたそう。2010年にリリースした「会いたくて会いたくて」。『会いたくて会いたくて震える』からはじまる歌詞が話題になったのは、実は5年も前のことでした。そのころ西野さんは、21歳。そのころは幸せになれなくてもがいている(多分)等身大の姿を歌詞に込めたんだ当時とは打って変わって、最近の歌詞はすでに彼氏がいて、仲良くしている様子が伺えるのだ、と阿部さんは言います。
2014年にリリースされた「Darling」の歌詞の中には、こんなことばがあります。
まだテレビつけたままで スヤスヤ どんな夢見てるの?
「Darling」では、すでに彼氏はいる状態。もう、会いたくて会いたくて震えていないんです。(→阿部さんが名づけたことば。あまりの的確さにタイトルにしてしまった)当時の西野さんにハマった人も、同じように年を重ねていく。当時は叶わない恋をしていた人でも、だんだんと恋愛観が変化していく。時代に合わせて、じぶんと時代を客観的に見つつ、半ば意図的に、温度感を変化させていくのがすごいなという話をされていて、なるほど納得。
ちなみに、阿部さんのお気に入りポイントは、『嫌も嫌よも好きのうちかな 今日もあなたの抜け殻を全部集めなきゃ』だそうです。
他にも、ベイマックスの吹替版で、クライマックスの場面でヒロが言った「I am satisfied.」を、「満足したよ」ではなく「大丈夫だよ」と意訳したことで、直訳では伝えきれない『もう一人で生きていけるよ』という言外のニュアンスまで伝えることができた話や、放置自転車で溢れて困っていた地域に「不要自転車です」という看板を立てたことで急激にその数が減った話など、いくつもの「ことばの力」で行動が変わる話をしてくれました。
今回のセミナーで、コピーライターとは、世の中の流れをつかみ、ことばで「!(=企て)」を生み出すプロなのだと分かりました。世の中の流れをつかむためには、今売れている商品がどうして売れているのか、コピーの裏に隠された企ての部分を考えてみることが大事。その中で自分が「いい」と思うものを考えていくことではじめて、誰にも思いつかなかったようなコピーがつくれるのだといいます。
日本語はだいたい使いこなせるからこそ、表面のところだけマネしてしまわないか、コピーっぽい言葉を考えてしまわないか、ということを阿部さんは何度も反芻しているのだそう。
阿部さんと白岩さんについてもう少し知りたい、という方がいたら、この2つの記事を読むと彼らの温度感が分かるかと思います。
▶ 糸井重里、若い作家と話す。
▶ 僕たちの仕事は仮説でできている
今回取ったメモ
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