【小説】ストラグル 第12話

3店舗を回り終わった後、カンはチョンソン組の事務所へ向かった
昼でも薄暗い町中にひっそりと事務所のビルがある
エレベーターで最上階へ行き、突き当たりの部屋に入ると韓国語で電話をしながらパソコンに向かっている女がいる
カンの上司であり、チョンソン組の総帥のジウだ
「カンか。どうした?」
ジウは電話を終えてチラッとカンを見たが、またパソコンに目を戻していた
ジウはカンを男として見ていない数少ない女だった
父親からチョンソン組を受け継ぎ総帥となったジウは、男勝りな性格で、実際、チョンソン組の誰よりも人を殺し、組織を守ろうと必死だった
カンは忙しそうなジウに紫音のママのことを手短に伝えた
「お前、ユタ組の時、海竜会から殺されたよな?」
ジウはパソコンから目を離さずに聞いてきた
ユタ組とは、カンがチョンソン組に入る前にいた組織で、カンはユタ組のカシラを務めていた
「山川組は海竜会に所属している。またお前を潰しにに来てるんじゃないか?」
「そうかもしれません」
「徹底的に調べとけ」
ジウは黒いストレートの長い髪を後ろでまとめながら話した
カンはジウの部屋を出ながら考えていた
もし俺が海竜会の立場なら、一度殺した男がまた現れた時、そいつは偽物だと判断するし、害がなければ勝手にやらせとけと放っておくだろう
殺したところで何の手柄もないから、今更もう一度殺そうなんてしない
なのになぜ山川組は俺に近づいてくる?
カンが自分のデスクへ向かうと、すぐ部下のグォンを呼んだ
グォンは190センチある大男で、目にかかるほど伸びた前髪から表情が見えにくく一見すると恐ろしい
だが、前髪の隙間から見える目を見ると20代前半の若々しさと、気弱そうなタレ目が印象を変える男だ
「調べてきました。新しく紫音のママになった女は田中香織、22歳、大学を中退して、まず山川組が持っているキャバクラで働き始めました。そこで4ヶ月ほど働いた後、山川組に気に入られて紫音のママにスカウトされたようです」
グォンは説明しながら香織の画像をタブレットでカンに見せた
紫音のママというから、てっきり30〜40代を想像していたが、意外と若くて驚いた
顔は上の下といったところか
着物だからわかりにくいがおそらく中肉中背で、夜の街には似合わないナチュラルなメイクをし、アクセサリーなど全く身につけていない
着物は一流だが、デザインが古いのを帯で誤魔化しているからきっと誰かから譲り受けた着物だろう
身なりに全く金をかけず、美人でもなく、貫禄もない
つまり紫音のママが務まるような女ではない
「なんでこんな普通の女を山川組は気に入ったんだ?」
「今、それを調べてるところですが、おそらく実績です。キャバクラの最終日は歴代最高の売上が出たそうです」
「はぁ?」
カンは思わずタブレットの画像を拡大した
どこかの監視カメラから引っ張ってきた画像は粗く、拡大すると余計にボケるが、それでも歴代最高を出す女には見えない
「この女、よく調べといてくれ」
カンはタブレットをグォンに返しながら言った
グォンが一礼してから部屋を出る背中を眺めながら、カンはため息をついた
厄介な奴が絡んできた

次の日、紫音の開店3時間前に、カンは車を紫音の近くに停めた
同伴のない日はだいたい1〜2時間前に出勤してくるだろうと思い早めに待機していたが、10分ほど経った頃に着物の香織が徒歩で現れた
カンは注意深く観察する
昨日見た画像と印象はほぼ同じだ
すると香織はカンの方向を向き、左右をキョロキョロとした
カンは慌てて車のシートに身を潜める
距離を取って車を止めたし、遮光ガラスだし、バレるはずがないのになぜこっちを見るんだ?
注意深く観察していると、香織は小さなバッグからビニール袋を取り出し、袋の中から何かを出して目の前にある植え込みに置いた
そしてニコニコしながら植え込みを見つめている
助手席の1センチほど開けた窓からニャーという鳴き声と「今日は寒いねー」という女の声が聞こえてくる
香織は野良猫にエサをやっているんだろう
野良猫にエサをやるような女が山川組のスパイなわけあるか
俺は何をしてるんだろう
カンはため息をつきながら香織を見る
飾らない、媚びを売らない、素直なあの笑顔、意外と気に入った
ああいう笑顔ができるから売上がいいのかもしれない
その後、用はないのにカンはほぼ毎日香織の出勤時間に合わせて紫音の近くに車を停めて香織を見るようになる
カンがホストをしている時は、客と同伴をしているのに別の客がストーカーをしてきてよく悩まされていたが、まさか自分がストーカーのようなことをする側になるとは思わなかった
もちろん話しかけたりはしない
ただ、ちくわと煮干しを交互に持ってきて、笑顔で猫に一言二言話してから店に入る香織を見るだけだ
それだけで、なぜか安心感があり、香織も頑張ってるから俺も頑張ろうと嫌な仕事でもこなしていけた
あの笑顔が毎朝見れたらいいのに、と少しだけ頭をよぎった

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?