【小説】ストラグル 第18話

カンはため息をつきながら車に乗り込んだ
ここから車で5分ほどのところにヤク中の女を住まわせているアパートがある
横浜の繁華街の一角に古びた地区があり、そこはホームレスの溜まり場になっている地区だ
カンは道沿いに座り込む浮浪者たちを轢かないように気をつけながら車を走らせて、アパートへ着いた
車を降りるともう悪臭がする
あの女の部屋からというより、この地区一帯が放っている悪臭だ
カンは靴にビニール袋を被せたり、手袋やマスクをした
そして女が住む103号室をノックした
だが返事はない
ドアノブをまわすと、鍵すら掛かっておらずすぐ開いた
部屋に入ると6畳一間の部屋は壁や床、キッチン、冷蔵庫、テレビなど全体的に茶色い
セピア色の世界に迷い込んだような感じだ
そして強烈な悪臭がする
部屋の隅に山積みになっているゴミのせいもあるが、きっと糞尿を壁や床、家具家電のすべてに塗りたくったのだろう
カンはビニール袋を被せた靴で部屋に入った
ワンルームだからさっと見れば分かるが、女がいない
ウジやゴキブリがわいているからカサカサと音がするだけだ
「おい。いるか?」
カンが声を上げると、風呂場からカタンと音がした
風呂場のドアを開けてみると、小さな浴槽に骨と皮だけになった女が体操座りしてカンをみていた
くたびれたTシャツに半ズボンで、肌も服も全体が茶色い
だが目だけがギラっと光っている
そしてカンをじっと見つめている
「さぁ、行くぞ。もう仕事は終わりだ」
カンが手を差し伸べると、女はゆっくりとカンの手を掴んで立ち上がった
「仕事、ない?」
女はよだれを垂らしながらしゃべった
今は少し話せるようだ
「ああ。お前の仕事は終わった。お疲れ様。ムショでゆっくりしろ」
女はギョロっとした目でカンを見て、歯のない口で少し笑って頷いた
「そう。たのしかった。ありがとう」
女はおぼつかない足取りで裸足のまま外に出て、カンの車の後部座席に乗った
「自殺なんかするなよ。また一からやり直せるから」
カンが運転しながら後部座席の女に話しかけたが、女は少し笑うだけで返事をせず、そのまま窓の外の街並みを見ていた
夕日で街は赤黒く色づき始めている

カンは河川敷に女を座らせて、カンが着ていたパーカーを女にかけた
そして警察の常連客に電話して、居場所を伝える
カンは車に戻り、遠くから女を観察していると10分もしないうちに警察はやってきて、女を連行して行った
カンはため息をつく
そしてタバコに火をつけて一服する
女をあんなふうにしたのは俺だ
だが女も望んだことだし、客がいたということは望まれた仕事だった
なのにいつも腑に落ちない
俺の中にまだ良心があるのかもしれない
カンは鼻で笑った後、車を出した
事務所へ戻り、部下に車の中の掃除をさせて、自分はシャワーを浴びた
馬鹿げた俺の良心を、こんな外道な人生を、香織に肯定してもらいたい
香織なら肯定してくれそうな気がする
カンは紫音に行くための支度をし始めた

紫音に行くと、香織はまた別の客を相手にしていた
この前とは違い、60代くらいの男を相手にしている
男は何か熱弁しているようで、香織はずっとうなずきながら聞いている
普通の20代のホステスなら、長い話の男を嫌って、顔には出さないが酒を早く注いだり、視線が別のところへ行ったりするが、香織は真剣に聞いていた
たまに質問をしているようで、それが男は嬉しくてまた熱弁を始めている
これは長くなるかもしれない
ハンが一人で飲んでいると、清楚な雰囲気の小柄な女がきた
「香織さんを待つんで、一人で大丈夫です」
「ママの指示で入りました。今のお客さん、話が長いらしいです」
あの状況でどうやって指示を出したんだ?
「香織さんはどうやってあなたに指示したんですか?」
カンが問うと、女はカンをじっと見つめながら答えた
「LINEで指示が来ることがあるんです。お客さんの話を調べるふりして、私らに指示することがあって。今のお客さんは歴史が好きな人だから、実際スマホで調べないと話についていけないらしいんです。それとお客さんの話をスマホにメモしときたいって」
女は笑顔で、おそらく香織の企業秘密をペラペラと話してくれた
確かにスマホでメモをとりながら話を聞いてくれるなら、客はうれしくてどんどんしゃべってしまうだろう
よく考えている
カンはよくしゃべる女の話半分で、香織のことを考えていた
「カンさんが韓国美人を連れてきてくださったんですよね。すごくキレイな人たちでびっくりしました」
さっきチラッと見えたが、今日は貸し出した3人のうち2人が働いているようだった
衣装とメイクでカンの店にいた時とは別人のようにキレイになっていたし、本人たちも紫音に合わせた振る舞いをしているため品がよく見えた
あいつらが俺の店に戻ったらよく稼ぐようになるだろう
「香織さんの教育が良いんでしょう。うちにいた時とは全然違いますから」
「そうですね。ママが来てから、この店も良くなりましたし」
「あなたへの指示もできて、全体も見れているようですね」
「そうなんです。それに、私のお客さんにワインが好きな人がいて、そのお客さん以外にワインを注文する人はいないのに、仕入れる種類を増やしてくれたんです。赤字じゃないかなぁと思うんですけどね」
カンはワインの棚に目をやると、たしかにクラブにしては種類が多かった
カンはホストの時にワインに詳しくなっていたから、マニアックな銘柄が多いことに気づいた
「たしかに、あなたのお客さんしか頼まないような銘柄が多いですね。一般向けじゃない」
「カンさんってワイン詳しいんですか?」
女の顔が輝いた
「まぁ少し」
カンは気まずそうにウイスキーを飲む
「新しいワインのお店がが近くにオープンしたんです。よかったら一緒に行きませんか?」
香織と出会う前なら行っていただろう
清楚で小柄な高級クラブの女を試すために
だが、カンはもう香織以外の女を受けつけなかった
「じゃぁ香織さんと3人で行きませんか?香織さんはあまり飲めないって聞きましたけど」
女は少し目を泳がせた後、カンをしっかり見つめて言った
「いえ、2人で行きませんか?」
香織に悪い印象を与えてしまうから、ここの女には優しく断らなければならない
「すいません。じゃぁまた別の機会でお願いします」
「そうですよね。すいません。ママは本当にお酒弱いんですよ」
女はさすがプロだった
嫌な顔せず、香織の酒が弱いエピソードをずっと話し続けた
「遅くなってすいません!嫌な仕事、片付きましたか?」
香織が話しかけながらカンの隣に座った
カンの世界が華やかになり、カンは色を取り戻す
あぁ、これを恋っていうんだな
カンは少し笑った後、言った
「しっかり片付けました。褒めてください」


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