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悩みのるつぼと関心領域とカウンターディスコース

朝日新聞の悩みのるつぼのコーナーが炎上していた。50代男性が「不正義や理不尽な行動を伝える新聞報道を見るたび、怒りに燃えて困っています。」と相談したものについて、回答者の野沢直子さんが「あなたがそこまで心配しているなら、その地に行って自分の目で確かめてくるべきだと思います。」(もう少し過激な表現もあったが…)として、(必ずしも現実が見れないのであれば)「世の中が酷くなるかどうかは誰にもわかりません。そんなことを嘆く前に、今自分が幸せなことに感謝して自分の周りにいる人たちを大切にしましょう。」と回答したことが物議を醸した。

主な論点としては
1.新聞社が現実を報道する意義を否定している
2.半径5mの幸せだけ見ればいいという論調
(サブの論点(というか文句に近いもの?)としては「悩み相談なのに寄り添ってない」「戦地に言って実際に戦えは酷すぎる」、「回答者は移民なのにトランピストってなんなん」、「冷笑主義的だ」などなどがあった)

この記事が出されてXは荒れていた。そもそもが読者層と真逆を行く主張であり、それを掲載する朝日新聞に対しての批判が殺到していた。そんな中で朝ポキの神田大介さんが真意が読み取れない油を注ぎ、さらにコメントプラスで藤田直央さんが冷笑を煽るようなコメントを残してさらに炎上することになった。

しかし、同時にコメントプラスで2つ目の論点について三牧聖子先生が映画「関心領域」を引き合いに出し、

私たちの「平穏」な生活は、何を見ないことによって成り立っているのか。誰かの犠牲を見ないことによって保たれる「平穏」な生活は、本当に「平穏」なのか。考えさせられる映画であり、世界に起きているさまざまな不正義や戦争に思いを馳せ、自らの「平穏」な生活を疑う相談者の方の誠実な悩みにも通じるものだと思う。

朝日新聞当該記事コメントプラスより

と書かれていたり、その意見に賛同する吉岡桂子記者から

体は行動に踏み出していなくても口で気の利いたことは言えなくても、心は動いている。とても大事なことだと思います。

同コメントプラスより

と言う言葉が引き出され、自分の関心領域の内に入れておくことの必要性と意義が語られていていて、それはすごく大事だなと思った。

併せて1つ目の論点についても意味深なポストをしていた神田大介さんがポッドキャスト内で取り上げていた事が非常に重要だなと思わされたものであった。

多分重要な論点としては
1.報道は現実の一部しか切り取れないので多面的に見ていく必要がある
2.新聞社が特定の意見のみに偏らずカウンターディスコースを担保することが大切
ってことだったと思う。
(当該ポッドキャストでは当事者になれることにフォーカスしていこう的な話もしていたけれど…)

パーソナリティーの2人は少し野沢直子さんの元の記事を好意的に解釈しすぎな気がしている感じはあったけれど、ポッドキャストの中で「一つの意見しか載せない新聞社の方がよほど危険」と言われていて、今回の記事がカウンターディスコースを否定する意見を載せないという選択をしない朝日新聞の姿勢の現れなのだとしたらそれは評価すべきなのかなと思ったりもした。事実、今回の炎上でみんなが正義感を振りかざす姿にちょっと熱狂的狂乱を感じてしまって嫌だなと思ってしまった事もあった…

最近考えていたことが思いの寄らない形で炎上していてまとめてみようと思ったけれど、ここまでつらつらと書いてきたこともある種の切り取りが発生していて必ずしも事実を全て伝えられているわけではないし、この問題についてのみならず原典に当たるのがいいのかなと思う。そんな結びで締めたい。



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