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小杉湯番頭 兼 イラストレーターの塩谷歩波さんに訊いた「余白のあるくらし 個性の時代の社会とのつながり」

銭湯の立ちこめる湯気の中では、年齢や立場に関係なく、誰もが裸の自分に戻ることができます。忙しい仕事や家事・育児、複雑な人間関係で窒息しそうになる日常に、銭湯は余白をつくってくれます。
2019年に発行された『銭湯図解』は、そんな銭湯の良さに共感する人たちの間で話題に。今回は、イラストやエッセイで銭湯・銭湯を囲むまちの魅力を発信している著者の塩谷歩波さんにお話を訊きました。
(インタビュー:山下PMC 広報担当)

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高円寺の銭湯・小杉湯の番頭 兼 イラストレーター
塩谷歩波さん(@enyahonami

1990年、東京都出身。早稲田大学大学院(建築専攻)を修了後、有名設計事務所に就職。体調を崩し休職していた頃、友人の誘いで銭湯が好きになり、SNSでイラスト「銭湯図解」の発信を始めたところ話題を呼び、メディアでも大きく取り上げられる。
その後、小杉湯の三代目の勧めもあり、小杉湯に転職。現在は、小杉湯の正社員として働くほか、アトリエエンヤを主宰し、イラストレーターとしても活躍中。また、銭湯を介して結成されたクリエイティブ集団「銭湯ぐらし」のメンバーとして、銭湯に入った後の食事や休憩、仕事をする場所として使える「小杉湯となり」の立ち上げ・運営にも携わっている。

銭湯図解とは?

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『銭湯図解』
銭湯の建物内部を「アイソメトリック」※という建築図法で俯瞰的に描写。著者の塩谷歩波さん自身が体験したお風呂やサウナの特徴、銭湯建築の意匠、さらに、お風呂上がりのビールやおつまみのおいしさまで、イラストとエッセイで銭湯の魅力をあますところなく伝えている。2019年2月、中央公論新社より刊行。イラストは塩谷さんが勤務する小杉湯の俯瞰図。
※アイソメトリック:立体を斜めから見た図を表示する方法の一つで、等角投影図を示す。

「設計者」から「作家」へ

──銭湯×イラストレーター×建築というキーワードに魅かれて『銭湯図解』を手に取りました。1カットのイラストにどのくらいのエネルギーを注いでいるのですか?
塩谷歩波さん(以下・塩谷)絵に関しては、自分が満足するまでとことんやってます。でも、あまり写実的になり過ぎると、伝わりにくくなることもあるので「誰のための絵なのか」「それを観てどう思ってもらうのか」という視点に立ち戻るようにしています。

──その視点は自然に身に着いたのでしょうか。

塩谷 子どもの頃から美術が好きでしたが、最初は描くこと自体が目的でした。はっきり意識するようになったのは、友人に銭湯の良さを伝えたいと思い立ち『銭湯図解』の発信をするようになってからでしょうか。建築を学んでいた影響もありますね。設計はコンセプトが重要になります。大学時代から「この建築はだれのためのものなのか」「なんのためなのか」ということをずっと言われ続けてきたので、自然と身に着いたのかもしれません。

──『銭湯図解』が話題になり、世間やメディアが塩谷さんに注目することについてどう感じていますか?
塩谷 びっくりしています。自分がメディアに出るなんて1ミリも思ってもいなかったので。今はメディアに出て、お話しすることにやりがいを感じています。これはやってみないとわからなかったことの1つです。
かつての私は「設計者」でしたが、今の私は「作家」です。イラストやエッセイ同様、メディアで話す内容、話し方、服装等の見た目も作家としての表現だと感じています。

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「銭湯は『ケの日のハレ』、日常の中の非日常。1週間のうち、今日はゆったりお湯に浸かりたい、家の近くでリフレッシュしたいという日にプチ贅沢する場所です」(塩谷)

建築の学びはいろんな業界で応用できます

──学生、設計事務所時代のことをおきかせください。
塩谷 元々、向上心が強く、始めると頑張り過ぎてしまうタイプです。一方で、自己肯定感は低く、大学時代は、学科の中の上位10%になかなか入れず落ち込んでいました。設計事務所に就職してからは、新米だったら出来なくても当たり前の仕事も 、出来ないことがものすごく悔しくて、ますます仕事に打ち込み、体調が悪くなる、というサイクルでした。そこで、いったん休職することになったのですが、その頃抱いていたのは「これまで積み上げてきたものがすべてなくなる」という感覚でした。

──そんな時に銭湯との出会ったそうですね。お湯につかっている時間のような余白を取り入れたことで、今の塩谷さんにつながる変化が生まれたのでしょうか。
塩谷 「もう建築家になるのは無理だな」と思っていた時に、銭湯に通い始め、魅力を知り、『銭湯図解』の発信につながりました。自分にとって本当に価値のあるものに出会い、道が広がったことは偶然だと思います。
建築の場合、中にいるとどうしても建築しか視界に入ってこない人が多いのではないかと思います。私を含め、建築家を志す人は、負けず嫌いで、自分が積み上げてきた世界から出ることに抵抗を感じます。建築以外の業界でどうやって生きていけばいいのかわからない、自分がやってきたことが他でも活きると思わない……。
でも、一歩、外に出てみるとそんなことはなく、建築を学んでいたからこそ、いろんな能力に長けているし、他分野でも応用できます。たとえば、いろんな人の声を聴いて、統括し、そこから上流概念にもっていくスキル。また、概念を形にする表現力、耐久力・持久力もあると思います。

作家として、自分の生活・感情も作品に昇華させています

──現在もご自身の心と身体の状態をSNSで発信していますが、内面を表現することに抵抗はありませんでしたか?
塩谷 自分の体験を作品に昇華させるのが作家であれば、不安や不調、感じていることを表現することは当然のことです。もちろん、最初は批判や炎上が怖い、という気持ちもありました。実際に発信してみたら、応援してくれる人の方が圧倒的に多く、同じ気持ちを抱いている人たちから反響がありました。
私の発信が誰かのために役立っているのを実感してからは、自分の感じていることは誰かのために表現するべきなんだ、作家として生きていくのがいいんだと確信しました。

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「銭湯ほどいろんな人が集まる場所はありません。情報発信の場、広告媒体としても機能し、定休日はイベントでも利用できます。ただ、お風呂に入るだけではなく、銭湯のもつ可能性を掘り下げていきたいです」(塩谷)

目先の目標を立てて、走りながら考えています

──塩谷さんのように、好きなことを仕事にするためには何が必要ですか?
塩谷 この仕事が収益化できるかどうか、他人からどう思われるか、頭でっかちに考えすぎて動かないとあっという間に数年たってしまいます。私の場合、そこは考えずに、やりたいことは全部発信しようと思っています。好きなことを仕事にするとはそういうこと。お金の問題ではなく、本当に好きだったら自然に手が動くし、衝動を抑えられないのでは?
私自身、以前は建築家になる、という長期的な目標に向かって頑張っていましたが、思う通りにはいきませんでした。だから、長期的な目標を立ててコツコツ考えることより、目先の目標を立てて、走りながら考えたほうが、実は堅実だと思うのです。その方が柔軟に動くこともできるし、失敗も経験しながら、自分のやりたいことがクリアになってくるのではないでしょうか。

──協力者の存在も大きいのではないでしょうか?
塩谷 私は恵まれていたのかもしれませんが、こんな風に短期的に走り続け、気持ちを大声で喚けば喚くほど、いろんな人が集まって助けてくれました。

──「仕事」である以上、プロに徹する必要があると思いますが、アマチュアとの境界線はなんだと思いますか?
塩谷 自分の中では、絵を発信している時点でプロだと自覚しています。描いていても、人に見せるのが恥ずかしくて、隠して、結局機会を失う人が多いのでは?「もっと勉強してから」と思っている間に時間は過ぎてしまうので、表現したいものは、恥ずかしくても、どんどん外に出したほうがいいですよ。出すことで、自分で振り返りができて、反省するし、人から反応があればうれしい。それに、何枚も出していると、上手くなっていくのが自分でもよくわかります。
人に見せることで、作品への責任が生まれ、人が見ている以上、ちゃんとしないといけない。そういう責任感が生まれることがプロなんじゃないかと思います。

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自分がどうあるべきか、その答えは探しています

──今は個性の時代と言われますが、自分らしさを失わずに社会と調和するのは難しいと感じたことはありませんか?
塩谷 子どものころから周囲に合わせるのが苦手でした。流行りの音楽・服の話……。カラオケに行けば「みんなが歌う曲をなんで私も歌わないといけないんだろう?」と。周りが楽しいと思っていることに、共感できない自分がいました。それは社会人になってからも変わらず、組織の中での立ち振る舞い方を押し付けられることに生き辛さを感じていました。
今思えば、大学の頃から、組織の枠組みで働くことに自分は合わないんだろうなと、なんとなくは気づいていたんでしょうね。

──小杉湯の正社員でもあり、フリーランスとしても活躍している現在はいかがですか?
塩谷 組織の中での個性の活かし方、自分がどうあるべきか、その答えはまだみつかっていません。小杉湯は、当初は3代目と私の2名でやっていたのですが、今は総勢30名に。人が増えると、引き締めないといけない部分も出てくるのは理解できますが、やはり、堅苦しい上下関係や同調圧力は苦手なので、正直に伝えています。
今後は完全にフリーランスでやるという道もあるのですが、「銭湯ぐらし」での活動等、いろんな人と一緒にやることの可能性も感じているので、そこは柔軟に考えていきたいです。

銭湯ぐらし

塩谷さんも参加する銭湯を介して出会ったクリエイティブチーム。社員全員が副業というユニークな形態。建築・デザイン・プロデュース・企業連携を中心に、音楽・アート・ツーリズム・施設運営など、さまざまな視点から豊かな「余白」づくりに取り組んでいる。

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安心・安全なセカンドハウス「小杉湯となり」

銭湯ぐらしが企画した「小杉湯となり」は、2020年3月にプレオープン。コロナ禍の影響もあり、当初の計画を変更し、月額定額制の会員制サービスに切り替えた。結果的に、休憩・食事・仕事・おしゃべり等の用途で、会員が日常的に利用できる安心・安全なセカンドハウスが実現。銭湯ぐらしのメンバーが考えていたコンセプトと施設のサービス提供形態がぴったりつながった。

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取材後記

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私は小杉湯のある高円寺からぎりぎり徒歩圏内に住んでいます。この辺りは銭湯が多いのですが、銭湯初心者、というよりまだ入門もしておらず、専ら家風呂派です。
でも撮影中、小杉湯の大きな富士山の絵を見ながら「ケの日のハレ」ってちょっといいかも、とぼんやり考えていました。浴室乾燥機フル稼働で、天井から大量の洗濯物がぶら下がっている日は、家風呂じゃなく、銭湯に行ってみようかなぁ、と。
取材の最後、記念に『銭湯図解』にサインをもらいました。役得。



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山下PMCは、日本初のPM(プロジェクトマネジメント)/CM(コンストラクションマネジメント)専業会社。現在、総事業費3兆円以上の施設建築プロジェクトを担当。100名の一級建築士をはじめとする、建築のプロフェッショナル集団です。 https://www.ypmc.co.jp/

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お客さまの「施設参謀」として建築プロジェクトのマネジメントを行う山下PMC。本マガジンでは、プロジェクトマネジャー一人ひとりの仕事への想いや、プライベートで夢中になっていること等をフラットに紹介します。

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