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ホットケーキを焼くのが私のとりえ

1枚目はなぜかいつも失敗する。
火加減が手探りで、まだトロトロなのにひっくり返したり、逆に気長に待ちすぎたり。2枚目からはコツを得てうまく焼ける。1枚目は私が食べて、2枚目以降を家族に食べてもらう。だからホットケーキはあまりおいしい思い出がない。

人生も1度目は手探りで終わる気がする。

しかも悟りを開くには数回どころの転生ではすまないらしい。ホットケーキの輪廻転生は簡単なのに。どうやら人生はhmと卵と牛乳を混ぜ合わせたものよりも複雑らしい。

そんなことを考えていると、頭の中でジョン・レノンのインスタントカルマが流れてきた。(どうか次回のホットケーキを焼くときのbgmにしてほしい)

「人は肩書きを失ったあとに残るものはなんだろうか」という、まるで定年退職をして家にずっといるおじいが考えそうなことが頭に浮かぶ。今までもっていた肩書きや取り柄が失われることもある。(会社での役職とか、「この人」の彼氏とか、コレクションしてる物や、お金など)そこにアイデンティティを重ねたり、プライドを感じることだってあるけど、それは私ではない。そういったものに依存せずとも私でありたい。

無職になり、社会人としての取り柄がなくなった私に残されたものは、ホットケーキを焼くことだけだ。私なりの家族への愛情表現。

ホットケーキを焼くことは私の取り柄であり、人生1度目のhmと卵と牛乳で作ったインスタントな悟りなのだ!


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