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No.96 『NEC』 落日燃ゆ

3月25日、NECのディスプレイ事業をシャープが買収すると発表した。2020年のこの日までディスプレイ事業をNECがグループ内に擁していたことは感慨深い。ハードからソフトへの事業構造の転換を進めるなかで、非コア事業の筆頭として真っ先に売却されていると考えるのが常識に思えるからである。

なぜ、ディスプレイ事業をNECは今まで内包していたのか。「売却の候補先が見つからなかったとか、条件交渉で折り合いがつかなかったからでしょ」。まあ、そうかもしれない。ただ、少し想像の羽を広げて考えてみると、ディスプレイ事業にNECは未練を残していた可能性がないだろうか。なぜなら、NECにとっては輝かしい歴史を持つ事業のひとつと思われるからである。

46歳の中年による昔話になるが、1990年代にPC用モニターの世界でNECはかつて非常な競争優位を誇っていた。液晶ではない。ブラウン管(CRT)の時代の話である。NECが自社の製品に冠したブランド『MultiSync』は、PC用モニターの代名詞として米国を中心に品質の面で高い評価を得ていた。あのサムスン電子にCRTの技術を伝授したのもまたNECであったと記憶している。

シャープに売却するNECディスプレイソリューションズの源流は、2000年に三菱電機と合弁で設立したNEC三菱電機ビジュアルシステムズ(NMビジュアル)だ。CRTの技術力では三菱電機もNECに負けていなかった。『ダイヤモンドトロン』のブランド名を覚えている人もいるだろう。当時はE I Z OやiiyamaにもOEM供給していたのではないか。PC用モニターの世界では、ソニーの『トリニトロン』よりもブランド力で勝っていたかもしれない。

三菱電機との合弁は2005年に解消したが、この5年間といえばCRTから液晶へ世の中が変化するまさに激動期であり、NECと三菱電機にとっては互いに切磋琢磨してブラットパネルディスプレイの技術力を高め合った幸福な時間であったと言えるだろう。

三菱電機が離れたNMビジュアルはその後、社名をNECディスプレイソリューションズに変更した。強みを持っていたPC用ディスプレイの世界は、かつての教え子らによって完全に支配され、2000年代には業績面でかなりの苦境を経験しているはずである。それでも、プロジェクターの子会社を取り込んだり、デジタルサイネージを新たに開発したりしてBtoBの領域を開拓し、浮沈の激しいディスプレイ業界をこれまでなんとか生き抜いてきたのではないかと思う。

「19年の業務用・商業用ディスプレイの世界シェアは、シャープとNECの合算で9%と世界シェア3位に浮上する」(日経新聞)。家電用途に比べれば、業務・商業用途はなんとなく安定感がありそうなイメージだが、この分野においてもコストと品質の両面でサムソン電子とLG電子にもはや勝てるとは思えない。沈みゆく太陽が地平に消えるとき、過去の輝きが一瞬でも蘇ることを願うのみである。

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